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竜杖球 ~騎手になれなかった少年が栄光を手にするまで~  作者: 敷知遠江守
第四章 騒動 ~代表時代(前編)~
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第48話 卑劣な攻撃

 三月に月が替わり、アオテアロア遠征となった。

 薩摩郡では練習試合が佳境を迎えており、どの球団もそこに主力選手が投入できない事に不満たらたらであった。


 特に見付球団は荒木、若松の二人を抜かれてしまい、はっきりと戦力低下が見て取れる。

 対戦相手は南国でも下位の小笠原球団であり、何とか勝ちはした。だが、荒木と若松が使えず、こんな事で開幕戦は大丈夫なのだろうかと広報部の田口部長が文句を言いまくっている。


 実際、開幕戦の入場券の売れ行きが悪いらしい。

 ただこれは見付球団に限った話では無く、どの球団も同じらしい。

 さらに言うと竜杖球に限った話では無く、曜日球技も全体的に同じような状況らしい。

 急激な景気状況の悪化に、遊行費を削る家庭が増えてきているという事であろう。



 ――今回の遠征先であるアオテアロア人民共和国は社会主義国である。


 かつて共産革命が全世界で猛威を振るった事がある。

 今ではそれを世界中で主導していたのが大金人民共和国という、かつて大陸東部にあった大国である事がわかっている。


 当時、社会主義革命で熱心に陣営を増やしていた国が大金以外にもう二か国あった。

 一つは中央大陸北部のノブゴロド人民共和国、それとアオテアロア人民共和国。


 まず資本主義という考えが先にあり、それに対抗する考えとして現れたのが共産主義。そのせいで、資本主義の否定から入る共産主義というのは、そもそも理論が破綻してしまっている。


 本来の共産主義というのは、小さな政府、協同組合による職業の安定化、ゆりかごから墓場まで支援する手厚い社会保障制度が骨子である。企業に税をかけ、その富を国民に還元し、富の平準化を図るのが本来の共産主義の姿のはず。

 ところが現代の共産主義国家は、企業を国有化してそこで国民を強制労働を強いてしまっている。富を国民で分ちあうはずが、共産党が全てを吸い上げ、指導者が皇帝のような絶対権力者になってしまっている。


 当然、そんな社会体勢に不満を抱く者は少なくない。

 それに対応するために共産党は徹底した監視社会を構築し、軍と官僚によって全国民を監視、管理するという体制を取っている。全体主義、国粋主義、そういった悪しき統治体制を多分に取り入れ、国民を奴隷として扱っている。


 そんな統治体制のせいで、共産主義というのは新手の宗教国家と周囲の国々からみられていた時期がある。考えようによっては、信者から布施を巻き上げて教団の幹部だけが良い生活をし、信者に清貧を強いる宗教と、共産主義国家が行っている事は全く同種かもしれない。


 現代に続く絶対王政の国、それが共産主義国家というものかもしれない――


 

 その全体主義の悪しき体制を色濃く感じさせるアオテアロアに、瑞穂代表一行は向かった。

 前回、国際競技大会の時に訪れた時もそうだったのだが、空港を降りてすぐに輸送車が用意されおり、軍隊の先導で宿泊所へと向かう。輸送車とはいうものの、窓には金網が貼られほぼ囚人護送車のそれ。

 こういうところからも国粋主義的な悪しき香りを感じさせる。


 当然のように宿泊所前にはずらりと軍人が並んでおり、銃を構えている。

 宿泊所に着いた段階で、アオテアロアの連盟の職員が警告した。


「宿泊所から一歩でも無断で外へ出たら命の保証はできません」


 げんなりしながら部屋にいけば、窓硝子にも鉄格子がはめられていた。


 普通は練習の風景というものは、対戦国の報道は撮影しないものである。それが公正というものであるし、道徳というものである。

 だが、そこは共産主義国家。道徳なんて言葉は存在しない。そんな事はお構いなしに撮影するし、練習場に足を踏み入れ、今のはどういう意図の練習かと取材してくる。もちろん記者も公務員なので、記者とは名ばかりの間諜かんちょう(=スパイ)にすぎない。


 そんな状況に大沢監督の怒りは爆発寸前であった。



 試合当日の朝、多くの選手が腹痛と発熱を訴えた。特に彦野、岡田、西崎の症状が酷い。連盟の職員も腹痛で倒れているし、大沢もどうにも腹の調子が良くない。

 どうやら、食事に何やら細工をされていたらしい。


 そんな中、たった二人だけが変わらず元気であった。

 一人は荒木。もう一人は秋山。

 大沢は腹を押さえながら、二人に昨晩何を食べたのかとたずねた。

 秋山は、共産主義国家というのはそういう国粋主義的な所があると聞いていたので、そもそもこちらに来てからずっと生野菜しか口にしていない。それすらも、飲み水で洗い流してから食べている。食事は固形栄養食を持参している。

 荒木はそもそも肉も魚も苦手である。食べろと口酸っぱく言う人がいなければ普通に肉など口にしない。


 昨晩の献立は牛の熟成肉の一枚肉であった。という事は熟成どころか腐った肉を提供されたという事であろう。

 味がおかしいと言ってあまり食べなかった者もおり、比較的症状の軽い者もいる。

 荒木、秋山の二人以外は、そういった症状の軽い者で先発を組まなければならなくなってしまった。


 守衛は石嶺、後衛は秋山、新井、中盤が高橋、高木、篠塚、先鋒が荒木。この七人で挑む事になった。

 荒木も秋山も他の選手を見て、恐らくは選手交代は無いだろうと感じている。

 竜房に向かうと、選手とは対照的に竜は元気いっぱいであった。とりあえず竜に細工がされていなかった事に安堵。


 アオテアロアは国際競技大会の予選では最下位に沈んだ国である。それだけに選手自体は大した事は無い。

 そんな腹痛を訴えている選手ばかりの状況にも関わらず、試合内容は一方的なものとなっていた。

 前半終わった時点で荒木は三得点をあげており、一方のアオテアロアは無得点。


 中休憩に入ると選手たちは真っ先に便所へ向かうという有様であった。


 後半は選手たちの中でも限界が近かった新井が原と交代。

 篠塚が後衛に入り、篠塚の守備位置に原が入った。

 相手は後衛の選手と中盤の選手を一人づつ交代。


 より攻撃的な布陣になったせいか、後半はさらに一方的な試合となり、荒木は四得点の大活躍。

 七対〇で瑞穂代表は勝利。



 瑞穂代表はその日のうちに飛行機でダトゥに脱出。そこで全員医師の診断を受け少し療養してから瑞穂に戻る事になった。

 なお、選手たちの病名は食中毒であった。

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