第47話 栗山の結婚
アウラク戦の後、荒木と若松は小田原空港で飛行機に乗り府内空港へ。そこから西海道高速鉄道に乗り霧島へ、さらに乗り換えて鹿児島へ向かった。
ほぼ一日を移動に費やし、本格的に始まった薩摩合宿に合流する事になった。
最初の練習時代が終わり、その打ち上げでの事。見付球団の選手たちは、いつもの『居酒屋 よかにせ』で酒宴にふけっていた。その中で今年の新人の話になったのだった。
今年の新人は例年と同じ二人。
一人は西村直泰という先鋒の選手。
もう一人は古田弘記という守衛の選手。
「確か、今年の新人の西村って、荒木と同じ福田水産だって言ってたな。出陣式で『目標は学校の先輩の荒木選手です!』なんて言ってやがって。で、どうなんだ? 初めて後輩ができた気分は?」
伊東にそう話を振られ、荒木は少し気恥ずかしさを覚えた。
ここにいる多くの選手は見付球団に先輩や後輩がいる。いないのは若松、荒木、栗山の三人くらい。
大卒の若松、栗山はともかく、高卒の荒木からしたら待望の後輩であった。
「そうなんっすよ! 見付球団の練習場を使わせてもらえる事になったってのに、これまでずっと郡予選の決勝止まりで。俺の時以来、久々の東国予選出場って聞いて俺も応援に熱が入りましたよ!」
昨年の夏、荒木は久々に福田漁港で浜崎先輩と再会している。
その後見付駅前の呑み屋に呑みに行ったのだが、そこでも二人は母校の東国予選進出の話で盛り上がっていた。結果は準決勝で惜しくも敗退してしまったのだが、それでもよく頑張ったと実に酒が進んだ。
「出陣式の時に挨拶に来られて恐縮しちゃいましたね。俺の時の武上先生って方がまだ顧問やってくれてるらしくって、それで色々と指導してもらったって言ってましたよ」
荒木の口から『武上』の名が出ると、急に栗山の態度がおかしくなった。
荒木は色々と聞いているからあえて何も言わなかったのだが、皆はそうでは無い。
何人かは栗山の態度に気が付いた。
広沢が「どうかしたのか?」とたずねると、栗山は露骨な作り笑顔で首を横に振った。
「何でもない」と口では言うものの、どう見ても何かあるという態度である。
そんな栗山を「何があるんだ?」と秦が問い詰めた。
最初は誤魔化していた栗山だったが、小川、若松、杉浦に立て続けに問い詰められ、ついに観念してしまった。
「実は……その荒木さんの恩師の由香里さんと今度結婚する事になりました」
それを聞いた小川たちは素直におめでとうと言い合ったのだが、二人ほど、ガタっと席を立って驚いている。
栗山はバツの悪そうな顔をしてその二人から顔を背けた。
「お、お前……女子大生の三女と付き合ってたんじゃねえのかよ! なんでそれが武上先生と付き合う事になってるんだよ。どうなってるんだ、お前の倫理観は?」
荒木の指摘に、皆が一斉に驚愕の声を上げた。
中でも一際大声を上げたのが池山だった。だが池山の驚きは他の人たちとは全く違う驚きであった。
「う、嘘だろ、おい。だってお前、ちょっと前に幼馴染の次女とヨリが戻ったとかって言ってたじゃねえか! じゃあその時には三女と付き合ってたのか? で、なんで最終的な相手が長女なんだよ! 一体何があったんだよ、武上姉妹とお前の間に」
池山から顔を背け続ける栗山。
そんな視線の先でじっとりした目で見続ける八重樫。
さらに目を泳がせるが、どこにも泳ぎ着く先が無い。
ついには栗山は観念してしまった。
――昨年の夏、栗山は武上家の三女の咲楽と偶然再会する事になった。
元々栗山は学生時代に次女の杏子と付き合っており、その流れで咲楽とも面識があった。
荒木が知っているのはそこまで。
ある日、咲楽と二人で仲良くしているところを杏子に見られた。
栗山と杏子は喧嘩別れしたわけではなく、進学によって関係が自然消滅しただけ。そこからごく自然に杏子と会う機会が増えて行った。
気が付けば咲楽とは疎遠になり、杏子との関係が始まってしまった。
池山が知っているのはそこまで。
そこは学生時代には愛を語り合った仲。すぐに恋は再燃し、あっという間に高校卒業からの時間を取り戻していった。
ところが……
杏子に招かれ家に行った栗山は、そこで長女の由香里と再会。
由香里は中身はかなり子供なところがあるのだが、見た目は綺麗系。その差に栗山は徐々に魅かれてしまった。
良くないとは思いながらも、『先生との禁断の一夜』という状況に抗えず……
一回だけ。
栗山自身はそう思っていた。
だが、杏子と付き合いながらも由香里とも関係を持つという背徳感に、栗山は徐々に熱中してしまっていた。
その結果……
由香里が妊娠した――
爽やかな雰囲気と甘い笑顔に、皆、栗山の事を極めて真面目な人物だと思っていた。
だが、どう考えても今栗山が話した内容は印象からは程遠いもの。
皆口を開けて言葉を失ってしまっている。
「広沢といい、お前といい、なんでそう欲望に忠実かねえ。お前、結婚するも何も、今後はどうする気だよ。妹二人とも関係持っちまったんだろ? 今後気まずくなるとかは考えないのか?」
その八重樫の指摘で改めて事態の深刻さに気付いたようで、栗山は頭を抱えてしまった。
「荒木、お前もいい加減身を固めろよ……」
若松の指摘が心に刺さった。
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