第45話 戦後のごたごた
「審判を買収して勝ちを購入するような国とは試合はやれない。こちらの品位が汚れる」
アウラク代表の監督は記者会見にて声を荒げた。
さらには「この事は国際竜杖球連盟が責任を持って調査をするべきだ」と述べた。
「こういう道徳心の無い国は何度も同じ事をする。必ず次戦も審判を買収して勝ちを購入してくるだろう」
そう言って怒りを露わにした。
それを聞いていた多くの者が驚いたであろう。彼らが『品位』と『道徳心』という言葉を知っていたという事に。
瑞穂の連盟は、負け犬が癇癪を起してなにやら吠えているという風に感じていた。特に気にする必要もないと思っていた。
ところが代表が帰国した後で、アウラクの連盟が本当に国際竜杖球連盟に提訴をしてしまったのだった。
何を血迷った事をしているのだと連盟の武田会長は思っていた。
試合の内容を見ればアウラク代表が反則行為を繰り返していた事は明白。こちらから言わせてもらえれば、何で審判はそれを指摘しないのだと逆に審判の買収が疑われる。国際竜杖球連盟が少しでも調べればわかる事と武田は考えていた。
そのせいで、これという対応を行わなかった。
ところが、瑞穂竜杖球連盟に対し国際竜杖球連盟の監査が入る事になった。
結果的には不正は見つからなかったという報告がなされた。
それに対し武田会長は、「我らの潔白が証明された」と記者会見でにこやかな顔で発言したのだった。
「はあ。監査が入った時点で負けだって事がなんでわかんねんだろうな。潔白がどうとかじゃねえんだよ! 疑惑に真実味があるって思われた時点で、これから俺たちはそういう目で見られ続けるんだよ! 何で連盟は選手の足を引っ張る事ばかりするんだろうな!」
記者会見で大沢監督が吠えた。
こんなに興奮して血圧は大丈夫なのだろうかと心配になるくらい顔が真っ赤であった。額にも何本も筋が立っている。
記者会見の会場は大沢の凄まじい圧に耐えているような状況であった。
そんな雰囲気の中、日競新聞の猪熊は果敢にも挙手して質問の機会を得た。
「日競の猪熊です。俺も同様に感じています。一点気になるのですが、明らかに反則行為を繰り返していたアウラクの方が連盟に提訴したというのが、我々にはどうにも解せません。監督はそこにどのような意図があるとお考えですか?」
意図も何も普通に考えれば単に権利を行使したにすぎないだろう。
だが大沢はそこで少し考えて、少し口元をにやけさせた。
「猪熊、お前面白い質問しやがるな。なるほど意図か。今から言う事はあくまで推測の範疇だから記事にするんじゃねえぞ。まかり間違っても海外に報じたりするんじゃねえぞ」
そう言って大沢は猪熊の顔を見て悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「俺はこういう事じゃねえかって思うんだ。本当はアウラクの奴らが審判を買収してたんじゃねえかってな。俺たちはそんな事しねえし、やり方も知らねえ。だからこそ、そういう行為ってのは効くんじゃねえかって思うんだよ」
大沢はそこで一旦話を区切って猪熊にどうかとたずねた。
猪熊がなるほどと相槌を打つ。
「ところがだ。俺たちがあんまりにもしつこく抗議するもんだから、審判も無視できなくなっちまった。結果として公平な判定を行うようになり、買収が無駄になっちまった。その怒りをこっちにぶつけて来てるんじゃねえかってな? どうだ、俺の推理は?」
大沢の得意気な顔を見て、猪熊は鼻を鳴らした。
「面白いですね。国際竜杖球連盟だって、まさか提訴してきた側が不正しているなんて思わないかもしれませんもんね。それが演劇の台本ならちょっと見に行っても良いかもって思います」
猪熊の冗談に大沢は大声をあげて笑った。
会場からも愛想笑いの笑い声がおきる。
「だから言ってるだろ、猪熊。あくまで俺の推測だってよ。まあ記事にするのは良いわ。だけど海外に向けて報道はするんじゃねえぞ。何かの手違いで流れちまったのは仕方ない。だけど故意でやるんじゃねえぞ、わかったな」
そう言って大沢は上機嫌で記者たちを眺め見た。
その大沢の態度は、ようは手違いで海外に流せと言ってるのである。
記者たちの顔は強張っていた。
「大沢監督が指摘した通りですよ。こういうのは疑惑に対し少しでも真実かもと思われた時点で負けなんですよ。我々は連盟の下の協会なので、武田会長に強く進言する事はできませんが、個人的には今回の事は憤りを隠せません」
大沢の後に開かれた職業球技協会の渡辺会長の言葉がそれであった。
「大沢監督はアウラクが自分たちの不正を隠すためにああいう態度に出たんじゃないかって言っていましたが、渡辺会長はどのようにお考えになりますか?」
記者からそう質問され、渡辺は無言で考え込んだ。
なるほどと小さく呟いた後で、ふんと鼻を鳴らした。
「私だったら同じように提訴しますね。こういう疑惑があるって。じゃなきゃ公平じゃないですもんね。一方的に殴られてたって拳闘は勝てない。こっちからも拳を出さないと。これはあくまで私ならという事ですけどね」
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