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竜杖球 ~騎手になれなかった少年が栄光を手にするまで~  作者: 敷知遠江守
第四章 騒動 ~代表時代(前編)~
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第40話 恐怖の会見

 練習の合間に記者会見の様子を見てみると、会見場が尋常ではない緊張に包まれていた。

 記者たちも新たな監督が大沢だという事を漏れ聞いているようで、何か変な質問をしてしまったら会見が荒れる、最悪の場合乱闘になる、そう思っているらしい。


「函館球団の監督時代、記者の胸倉掴んでどういう意味だって問い詰めてさ、記者が恐怖で失禁したって事があったんだぜ。そりゃあ怖えよな。あの迫力を間近で受けたらさあ」


 会見の中継を見ながら西崎がボソッと呟いた。

 全員無言。顔が強張っている。


「知ってるか、西崎。あの人が監督やってた時、周りがうちらの事なんて言ってたか。『組事務所』だぞ。連盟もよくもまあ、あの人に声がかけられたもんだよ。……まさか自薦じゃねえだろうな?」


 島田がそう言って西崎と顔を見合わせる。


「いったい、どんな人があの人と交渉したんでしょうね。だって契約やらなんやらってやったんですよね? どんな雰囲気だったんでしょうね」


 西崎がそう言ったところで大沢が会見場に登場した。


 先ほどの恰好そのままで現れた大沢は、どこからどう見ても反社の人のそれ。

 その圧倒的な威圧感に記者たちに戦慄が走る。


 足を広げ、背もたれにもたれかけ、腕を組んで座る大沢。およそ監督の就任会見の雰囲気ではない。


 連盟の職員が大沢を記者たちに紹介する。気のせいか声が震えている気がする。記者たちも無言。


「この度、代表監督に就任する事になった大沢です。前任の仰木からこうしていきたかったという話は聞いています。俺はそれに共感して監督を引き受ける事にしました。強い瑞穂代表。それを実現してみせる」


 そこで大沢が目の前の水を口に含んだので、連盟の職員は質疑応答に移ろうと「それでは」と言いかけたところで大沢が咳払いをした。

 連盟の職員がびくりとして恐る恐る大沢を見る。


 大沢は少し姿勢を前に倒し、顔を集音機に近づけた。


「俺はどんな事があっても監督として選手を守る。いかなる手段を用いても選手たちを守ってみせる。選手たちを貶めようする奴はどのような奴だろうと俺は許さない。例えそれが国でもだ。俺はあいつらと共に戦い抜いてみせる」


 ぎろりと記者たちを睨み、大沢はゆったりと背もたれに身を委ねた。


 改めて連盟の職員が記者たちに質問を促した。

 だが、大沢の迫力に気圧されて誰も手を挙げない。


 そんなしわぶき一つ聞こえないシンと静まり返った会場で、一人の記者がゆっくりと手を挙げた。

 顎が角張り、鼻の下には薄い口髭、そしてよれよれの背広。腕章には『日競新聞』の文字。


 集音機を手にすると、男は椅子から立ち上がった。背筋をピンと伸ばして小さく咳払いを一つ。


「日競の猪熊です。ここにいる皆が今聞きたい事は三点だと思います。ですので僭越ながら代表して俺が。一点は主将と中心選手の名。二点目は基本戦術。三点目は代表としての目標。定番の質問で申し訳ないですが」


 猪熊が着席すると、大沢は口元を歪めて猪熊をじっと見つめた。


「猪熊、猪熊な。覚えた。まず主将は落合だ。村田が抜けて奴が最年長だからな。中心選手はちと置いておく。二点目も置いて三点目。目標は本戦優勝! ……と言いたいところだが、差し当たっては本戦出場だな」


 そこで大沢は一旦言葉を区切った。

 話し始めてから記者たちにが一斉に手帳に鉛筆を走らせたからである。

 ある程度書き終えたのを見て、続きを話始めた。


「俺は前任の仰木の代役だと思っている。だから基本戦術は仰木の戦術を踏襲する。ただどこまで俺自身が理解できてるかはわからない。だから多少は俺流になるだろう。そして中心選手だが……」


 そこまで言うと大沢は記者たちを左から右に眺め見ていった。最後に視線を中央の猪熊に戻す。


「中心選手というか、切り札といった方が良いかな。それは荒木雅史だ。これは俺が認めたんじゃねえ。敵が認めてるんだ」


 そこで写真機の音が一斉に鳴った。

 発光器が瞬き、大沢が少し苛っとした顔をする。

 大沢はさらに発言を続ける。


「仰木も言っていたが、国際競技大会の時にアルゴンキン遠征後に荒木があんな目に会わなければ普通に瑞穂代表は本戦出場ができてたんだよ。それだけの強さがあったんだ。金田も悔しそうにそう言ってたよ。瑞穂代表を潰したのは競報新聞を始めとするお前ら報道だ!」


 その発言に会場が一斉にざわついた。

 そんな雑然とした記者たちを、大沢は机を一叩きして黙らせる。


「何度でも言ってやるよ! お前らが足を引っ張ったせいで、国際競技大会は本戦に行けなかったんだよ! そして今度はあろう事か国が足を引っ張ってきた! だから! そんな有様だから俺に声がかかったんだよ!」


 大沢が記者たちを睨み付ける。

 一番前に座る記者の顔が恐怖で真っ青になっている。

 その隣の記者が真っ青な唇を震わせている。


 そこからお互い沈黙を続けて時が過ぎた。


「他に質問のあるやつは? おい、誰もいねえのかよ。時間が限られているんだぞ? さっさと手を挙げやがれ! お前らだって仕事で来てるんじゃねえのか!」


 そう言って大沢が煽ったのだが、結局誰も手は挙げなかった。

 これ以上は無駄な時間と感じた大沢は、そこで会見を切り上げ、舌打ちし退出してしまったのだった。



「おっかねえ……」


 中継を見ていた彦野が泣きそうな顔でそう呟いた。

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