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竜杖球 ~騎手になれなかった少年が栄光を手にするまで~  作者: 敷知遠江守
第四章 騒動 ~代表時代(前編)~
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第39話 新監督の挨拶

 翌日、朝食を取り終え部屋に戻ろうとする選手たちを職員が引き留めた。

 そのまま会議室へ向かって欲しいと職員は案内。


 先頭で会議室に入った西崎が、すぐに部屋から飛び出して扉を閉めた。

 焦燥しきった顔で無言で首を横に振る。


「このまま大人しく部屋に帰ろう。この部屋は入っちゃ駄目な部屋だ。中にやくざがいる……」


 そう西崎が言うと、島田も何かを察したらしく帰ろうと言い出した。


「え? まさかほんとに近藤さんなのか? 嘘だろ? 代表監督で近藤さんはマズいだろ……」


 そう言って新井が顔を強張らせると、西崎はぶんぶんと勢いよく横に首を振った。


「違う、違う! あんな鉄砲玉なんかじゃない! もっと上の――」


 そこでバンとけたたましい音をたてて勢いよく扉が開かれた。


「おう、西崎。久々に会ったというに、俺の顔を見るなり逃げ出すたあ随分じゃねえか。あん? あの腕白小僧が代表選手とはなあ。仰木も大胆な人選をしたもんだ」


 そこに立っていたのは、黒い色眼鏡をかけた短い頭髪の男性であった。

 顎に少しだけ剃り残している髭が何とも威圧感を感じさせる。顔の皺の感じからすると仰木より上か、同じくらいの年齢。


 涙目になっている西崎の肩を男性がぽんぽんと叩くと、西崎は硬直し、背筋をピンと伸ばした。


 男性はつかつかと島田に近寄り、口元をにやりと歪めて「元気にしていたか」と声をかけた。


「お、大沢さんこそ、お元気そうでなによりです。今日は、どうされたのですか? 遥々こんなところに」


 島田は普段はどこか飄々とした雰囲気を醸す選手である。

 そんな島田があそこまで乾いた笑い方をするとは。


「あん? おめえらの監督を引き受けたからここに来たに決まってるじゃねえか。何寝ぼけた事言ってやがんだ」


 その一言に最年長の落合の表情が凍り付いた。



「あの方はどなたですか?」


 荒木がたずねると、石嶺は非常に嫌な顔をした。隣では彦野も聞き耳を立てている。


「大沢監督だ。前の北府球団の監督だった方だよ。気の短さと手の出る早さなら近藤監督といい勝負だ。前任があんな辞め方してるのに、なんでそれより気の短い人が来るかなあ」


 石嶺としてはかなり小声で言ったのだろうが、どうやら聞こえたらしく大沢がつかつかと近寄ってきた。


「おお、石嶺じゃねえか。おめえも久々だな。で、今何を言ってやがったんだ? 不満があるなら直接言ってこい。俺は影でごちゃごちゃ言われるのが一番嫌いなんだよ」


 そう言って大沢が石嶺の肩にぽんと手を置いた。

 石嶺の額からつっと汗が垂れる。


 すると、ふと荒木と目が合った。


「お前さんが荒木か。お前さんの事は監督を受けた際に色々と聞いたよ。色々とな。最初に言っておくがな、俺は報道なんぞに屈したりはしねえから。お前が報道と揉めても、俺は全力で報道と戦ってやる。だからお前も戦え」


 大沢がじっと荒木の目を見つめる。

 何か返答をしなければと思うのだが、山で熊にでも遭ったかのような恐怖に、何も思い浮かばない。


「一緒に報道と喧嘩しようぜって言ってんだよ。あいつら黙らせるにはな、それしかねえんだよ。関わったら面倒、関わったらやばい、そう思わせるしかねえんだよ」


 大沢の目力が強すぎて、睨まれているようにも感じる。

 だが、口元は微笑んでおり、これでも精一杯愛想良くしているのだという事が察せられる。


「もし、そう思われたら、報道はどう出てくるんですか?」


 やっと出た言葉がそれだった。

 すると大沢はふんと鼻を鳴らした。


「手の平を返してお前をヨイショしてくる。気持ち悪いくらいにな」


 そう言って大沢は豪快に笑い出した。

 選手たちが遠巻きにその光景を見ている。


「まあ良い。後でじっくり話そうや」


 そう言ってから大沢はくるりと後ろを振り返った。

 選手たちが一歩後ずさりする。


「それと落合。主将はお前にやってもらう。今の話聞いてただろ。お前も荒木と共に戦え」


 「返事はどうした?」と聞く大沢に落合は渋々承諾。

 すると大沢は選手を一人一人見て行った。

 最後に荒木の隣の彦野を見てから正面に向き直る。


「良いか! お前たちは戦う集団なんだ! 戦う集団というものはな、何者にも屈してはならん! それは相手選手だけじゃねえ。報道もそうだ。連盟もそうだ。なんならお国もだ。お前たちの前に立ちふさがる奴は全員敵だ!」


 大沢の怒声が廊下に轟く。

 一旦言葉を区切った大沢が幾人かの顔をちらりちらりと見る。


「どいつもこいつも腑抜けた面しやがって。まあいい。一月もしたら全員闘士の顔になるように指導する。嫌になった奴は直接俺に言いに来い!」


 選手たちは全員気圧されて無言。

 そんな選手たちを見て大沢がため息を漏らす。


「俺は今からちょっくら報道に挨拶してくるからよぅ。その間、権藤のいう事聞いて、大人しく練習しとれ。それが終わったら呑みに行くぞ」


 『それが終わったら』は恐らく昼の三時くらいだろう。

 「そんな時間から呑みに行くのか?」と篠塚がたずねた。


「何か問題でもあるのか? 俺たちはこれから一つの部隊にならなきゃいけねえんだ。そのためにはそれなりに時間が必要だろうが」


 かっかっかと笑う大沢に、皆絶句であった。

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