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竜杖球 ~騎手になれなかった少年が栄光を手にするまで~  作者: 敷知遠江守
第四章 騒動 ~代表時代(前編)~
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第38話 景気後退

 景気悪化に歯止めがかからない。

 以前、落合が懸念していたのだが、景気が非常に悪化しているというに、皇国中央銀行は金利の大幅引き上げを発表した。



 ――皇国中央銀行の総裁は佐野という人物で生え抜きの人物である。

細身で常に血色が悪く、受け口で、頭頂部が薄くなっている事から、市民の間では『カッパ』と渾名されている。


 瑞穂皇国では各国によって税制が定められており、東国、西国で切磋琢磨している関係でなるべく今の生活で税金の安い方へと市民は流れる傾向がある。

 そのため、極端な重税を課したりすれば別の国に流れてしまう。そうなれば結果的に税収が減り、行政に影響が出てしまう事になる。

 西国は都市部にやや厳しく地方に優しい税制、東国は都市部も地方も同じような税制を敷いている。北国、南国は中庸だが、北国はやや東国寄り、南国はやや西国寄り。

 四国ともに強めの累進課税制度を採用しており、全体というくくりで見れば市民の負担率は大差無い。


 中央政府である連合議会にも大蔵省という経済の機関があるのだが、ここは外国との関税交渉のような対外交渉が主な職務となっており、そこまで国民全体に影響を及ぼす事はできない。


 そんな大蔵省より、断然経済に影響力を持っているのが通貨の発行量を左右する事ができる皇国中央銀行。


 皇国中央銀行は一人の総裁と二人の副総裁によって意思の決定がなされている。

 毎回の慣習として、大蔵省からの出向者、皇国中央銀行の生え抜き、総理大臣の推薦の三人がこの役職に就いている。

 現在だと大蔵省からの出向者は井上副総裁、総理大臣の推薦は松方副総裁。


 この三人には特徴があり、大蔵省からの出向者は頻繁に金融引き締めを口にする。

 大蔵省の役人は公務員であり景気に関係無く給料が貰える。その金額が固定である以上、周囲が貧しくなれば、相対的に公務員は豊かになるという考えらしい。


 皇国中央銀行の生え抜きはやたらと金利の引き上げを口にする。

 これは極めて簡単な話で、金利を上げるとお金を借りている人は利子を多く払わないといけなくなり、結果的に銀行の収入が増えるという寸法なのである。


 総理大臣の推薦者は金融緩和を口にする事が多い。

 金融緩和とは貨幣の流通量を増やしたり、金利を引き下げて、景気を刺激する政策の事。景気が刺激されれば市場が大きくなり、結果的に税収が増える事になる。

 景気が悪くなれば、生活が苦しくなり、与党は選挙で苦戦する。その与党の意向を汲んで政策を口にするのだから、自然と景気が良くなるように金融緩和策という事になる。


 この三人から一人総裁が選ばれるのだが、歴代の総裁の多くは総理大臣の推薦者である。

 当たり前の話ではあるのだが、大蔵省の出向者と皇国中央銀行の生え抜きは民意を反映していないと考えられるからである。


 ところが、内閣で失政が続いたりすると内閣の支持率が落ち、こうした人事にも意向が反映できなくなる。

 今の木曾内閣はとにかく外交面での失敗が多く、支持率低下に歯止めがかからない。その結果、『銀行の代表』佐野が総裁になってしまっている。


 佐野の金利上昇の発表の後、株価は大幅下落。

 瑞穂の景気悪化は底が見えない状態となってきてしまったのだった――



「景気が悪くなってるんだなって実感しますね。女子竜杖球の職業球技戦、延期検討だそうですよ。球場の建設が間に合わないんですって」


 代表の合宿に向かう為、荒木と若松は高速鉄道に乗っている。

 その車内で新聞記事を指差して荒木が言った。


「連合政府が馬鹿でも、東国政府はちゃんとしてるだろうからな。減税策打ち出したり、老朽化した橋やら水道管やら治したりして何とか対策してくれると思いたいがなあ。じゃないとうちらの給料が……」


 そう言って新聞に視線を落とす若松。

 そんな若松を横目に荒木は「給料か」と呟いた。


「お前、まさか俺には関係無いとか思ってるんじゃねえだろうな? 言っとくがな、お前はうちの球団でも一番の高給取りなんだぞ? お前を他所に買ってもらって、その金で別の選手をってな事だってあるんだぞ?」


 若松の指摘に荒木の顔が一気に青ざめた。


「あの……それって幕府球団に放出されるかもって事ですか?」


 若松の袖を引き、すがるような目で荒木がたずねる。


「さあなあ。幕府だって不景気のあおりは受けてるだろうからなあ。売却先は外国だったりしてな。なんにしても、そこはお前の判断次第だよ。俺がどうこう言える事じゃない」


 つまりは給料を取るか、環境を取るかという事なのだろう。

 そこから暫く二人の間に会話は無かった。


 それに若松が気まずさを感じたらしい。別の話題を提供してきた。


「どころでさ、代表監督って誰になるんだろうな。報道もあれやこれやって名前出してるけど、とりあえず名前を挙げてみましたって感じじゃんか」


 荒木が今読んでいる日競新聞も数人の名前が挙げられている。有力なのは国際競技大会で指揮を執った金田と、前回急遽指揮を執った権藤では無いかと書かれている。


「日競新聞は金田さんか権藤さんかもって書かれてますけど、朝見た放送だと北府球団で優勝経験のある上田さんじゃないかって言ってましたね。仰木さんが指導者してた時の監督らしいです」


 そう荒木は言うのだが、監督選びはかなり難航しているという事だけは察せられる。前任者の仰木があんな辞め方をしたのだから当然といえば当然なのだろうが。


「聞いたか? うちの関根さんにも打診があったらしいぞ。『馬鹿も休み休み言え!』って断ったんだって。出陣式の時に営業の相馬部長がそう言って笑ってたよ。ようは全然受けて貰えないんだろうな」


 そう言う若松の読んでいる競技新報には稲沢球団で監督をしていた近藤の名が記載されている。

 ただ、日競新聞と競技新報ではちょっと書き方が違っていて、日競新聞では『有力とみられる』と書かれているのに対し、競技新報は『取材の結果ほぼ間違い無い』と書かれている。


「どんな方でも良いですけど、仰木さんみたいに気の短い人はちょっと……」


 荒木がそう言って、若松が笑い出したところで列車は裾野駅に到着した。

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