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竜杖球 ~騎手になれなかった少年が栄光を手にするまで~  作者: 敷知遠江守
第四章 騒動 ~代表時代(前編)~
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第36話 初詣

「友達と一緒に初詣に行ってくる」


 日付が変わると、そう言って荒木は家を出た。

 正月くらい家族で一緒にという母、友達って女友達じゃないでしょうねと訝しむ姉、夜にはちゃんと帰って来いという父、そして、お年玉をくれた祖母。

 そんな家族を尻目に、荒木は若松一家と合流して東隣の袋井市の法多山へ向かった。


 正月という事で着物姿を想像したのだが、残念ながら美香は長めのスカートにニット、その上に赤のコートという姿。ただし、髪型だけは長めの髪を丁寧に編んでおり、時間をかけたという事が察せられる。


 そんな美香の隣の子供席では双葉がぐっすり寝ている。

 美香の話によると、一応遅くまでは頑張って起きていたらしい。だが一緒にお風呂に入ると、あっという間に寝てしまったのだとか。


 運転席は若松。美香がこっそり教えてくれたところによると、酒を飲もうとしていた所を、初詣はどうするんだと言って広岡に怒られてしまったらしい。


 その広岡は三列目に座っている。

 隣には赤ちゃん席が置かれ、息子の柳司ちゃんがぐっすり眠っている。


 車は見付球団の事務所を越えて、さらに太田川も越え、原野谷はらのや川も越えた。

 車内は真っ暗。子供たちを起こさないようにと皆無言。

 頭上は一面、輝く星々。ただただ内燃の音だけが車内に奏でられ、車の照明だけが暗い夜道を照らしている。


 徐々に前方に小笠山おがさやまという小高い山が見えてきた。見えてきたといっても濃紺の夜空に漆黒の影が映っているという感じだが。


 非常に好運な事に比較的寺に近い駐車場が空いており、そこに停める事ができた。

 まずは広岡が柳司を抱っこする用の鞄のような物に寝かせ、そのまま肩紐に両腕を通した。

 鞄に柳司の足を通さないといけないらしく、その際に目が覚めてしまったようで「ふえふえ」と声を発して泣き出してしまった。それを「よしよし」と声をかけて広岡があやす。

 美香がその抱っこをする用の鞄を興味津々で見ている。


 一方の双葉は若松が抱っこしている。

 こちらは完全に熟睡で若松の服に涎が垂れてしまっている。


 そんな六人で法多山の混雑した参道を歩いていく。

 駐車場から山門である仁王門まではそれなり距離があり、さらにそこから本堂までもかなり距離がある。

 途中まではそれでも緩やかな坂道なので問題は無い。

 団子屋を過ぎたあたりから、突然急な階段を何段も昇る事になる。それが広岡には苦行だったらしい。


「ねえ、荒木君。双葉の方を荒木君が抱っこしてくれないかな。柳君をあの人に抱っこしてもらうから」


 階段を見ただけで広岡が泣き言を言い出した。

 良いですよと二つ返事で返すと、すぐに若松から双葉を渡された。


 当然の事ではあるのだが、若松と広岡では体格が全く異なる。その為、若松が背負うためには肩紐を伸ばさないといけない。

 その作業を階段の下の長椅子を借りて行っていた。


 すると双葉が周囲の雑音に起きてしまったのだった。

 目が覚めたら見知らぬ場所にいて、見慣れない人に抱っこされている。小さい子にとってこんな恐怖は無いであろう。

 荒木の事は何度も見ているはずなのだが、起きてすぐに双葉は大泣きしてしまった。

 しかも子供の泣き声というのは伝播する。柳司も泣き出してしまったのだった。


 広岡が柳司をそのまま抱き抱えてあやす。その横で若松が双葉をあやす。

 別に荒木は何も悪くは無いし、失敗もしていないのだが、何となくバツの悪いものを感じていた。


 一通り泣くと双葉は頭も起きてきたようで、荒木が抱っこしても泣き出さなくなった。それどころか美香が「明けましておめでとう」と声をかけると、少しはにかんでおめでとうと返事をした。

 抱っこしている荒木も「明けましておめでとう」と声をかける。すると双葉は恥ずかしがって荒木にぎゅっと抱き着いて顔を背けた。


 双葉は自分で歩くと言うのだが、参拝者が多いので一人で歩かせるのは危険という事で、手水舎まで荒木が抱っこし続けた。ただ、そこからは双葉は抱っこを嫌がった。

 そこで荒木と美香で左右の手を繋いで三人一緒に本殿に向かう事になった。

 その後ろには若松夫妻が続く。


 参拝の順番待ちをしている間、双葉は嬉しそうに美香に話しかけている。

 美香はうんうんと笑顔で相槌を打っているのだが、あまりにも話に取り留めが無さすぎて荒木には相槌を打つ機会すらわからない。

 たまに荒木の方を向いて賛同を求めてくるのだが、「そうだね」以外の言葉が見つからない。


 やっと荒木たちの順番になった。

 荒木、美香で横並びになってお賽銭を投げ手を合わせる。

 すると双葉が荒木のズボンをちょんちょんと引く。両手を広げて抱っこを要求してきた。

 疲れたんだろうと思い、抱っこして帰ろうとすると、双葉が足をばたつかせて荒木の腹を蹴った。


「ふたばも、おまいりするの! だっこしてて!」


 頬を膨らませて憤る双葉。

 苦笑いする荒木。

 くすくすと笑う美香。


 一旦双葉を降ろして、後から抱っこをしなおした。

 その隣で広岡と若松が参拝を始めた。



「さっきお御籤の結果ってどうだったの?」


 厄除け団子という小さな団子が五つ連なった餅を一本一本別けて口にしながら、荒木がたずねた。


「中吉だったよ。雅史君は?」


 美香も一本一本別けて食べている。


「俺は吉だった。中吉と吉ってどっちが良いんだろうね?」


 美香もそのあたりの事は知らないしらく首を傾げた。


「大吉、吉、中吉、小吉、末吉の順って言われているけど、場所によるみたいよ」


 そう広岡が教えてくれた。

 広岡は団子を三本まとめて頬張っており、口の端に餡子が付いてしまっている。

 よく見ると隣の双葉も同じ場所に餡子が付いている。

 それを見て、荒木と美香が同時に笑い出した。

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