第34話 金融危機
「国際試合なのに途中で終了なんて事があるんですね。お客さんだって金払って観に来ているのに、何かちょっと後ろめたいというか、何と言うか」
帰りの飛行機の中で荒木がそんな感想を漏らした。
荒木の隣は落合、その隣に彦野が座っている。
「ああ。でも、スンダとアオテアロア、アウラク、ティルチュルなんかだとたまにあるんだよ。ダトゥ戦では聞かないけどな」
竜は全速で走ると時速十五里から十八里(約六十から七十Km)の速度が出る。
その為に規定も竜と人の安全をかなりまで配慮したものとなっている。
蹴球や闘球では雷雨でも試合続行する事があるが、竜杖球は雷鳴が聞こえた段階で試合は中断と決められている。
これは、雷が鳴ると竜が暴れてしまうからである。
ただでさえ雨で視界が悪くなって危険なのに、竜の制御までできなくなったら最悪の場合死者が出てしまいかねない。
ただ、国によってはスンダ連邦のように雨季にやたらと雷が鳴るという地域はある。
日程は決められており、天候はある程度予報されている。それならばそれまでに全力出して、駄目そうなら早々に諦めるという戦略なのである。
相手の国は短い時間で勝ち点三を貰えるし、スンダ連邦の方はどうせ勝てないならなるべく失点を抑えたい。その意見の総意が頻繁に途中終了という結果になっている。
その落合の説明を聞いて、彦野が首を傾げた。
「その話、良く聞くんですけど、引き分けてる時ってどうしてるんでしょうね」
落合は読んでいた新聞を折り畳んで膝の上に置いた。
「一応、中断は最長三時間って決まってるよ。ただなあ、一回の中断の最長が三時間だからな。過去に何度も中断を交えて、八時間くらい試合終了までにかかった事があるって聞いた事あるよ」
竜は夜目があまり効かないので基本的には試合は昼間に行われる。
競竜だと夜の競争もあるのだが、その場合は競技場を照明で煌々と照らしている。競竜はそこまで激しく竜同士をぶつけ合う事は無いし、竜杖も持っていないからそれで安全が図れる。
だが竜杖球は危険な競技であり、なるべく日中に試合を行う事になっている。
そこまで説明すると落合は二人に新聞を指差した。
「ところでお前ら、前に言った『紅蓮社事件』って覚えてるか? 国際的な詐欺事件が発生したってやつ。あれがだいぶヤバい事になってきてるみたいだぞ。数日ぶりに新聞見たんだけど続報が出てて、ランカシャー瑞穂が破綻申請したんだそうだ」
そう言って落合は二人を見たのだが、二人とも口では「へえ、そうなんですね」などと言っているのだが、完全に相槌の状態であった。
落合は無言で新聞を丸めて、そんな二人の頭を叩いた。
「お前ら、社会人らしく少しは経済記事も読めって言っただろうが! お前らの給料に直接関わる事なんだぞ! 全くもう……」
呆れ口調で言った後で、落合は二人に状況を噛み砕いて説明した。
――超巨額の投資詐欺を働いた紅蓮社が倒産した事で、そこに投資をしていたブリタニスのランカシャー・グループが経営危機に陥り、慌てて投資の回収を行った。そのせいで各国で中小企業の資金繰りが悪化、倒産が相次いでいる。
その影響は国際市場に如実に表れており、紅蓮社が倒産してから世界の株式市場で軒並み株価が大暴落している。
瑞穂も例外では無く、投資引上げにより現在中小企業の倒産、連鎖倒産が始まっている。それに伴って平均株価は連日の大暴落。
倒産による失職だけでなく大量解雇も発生していて、ここ一月で失業率は急上昇。急速に景気が悪化している。また犯罪に走る者も出て治安も悪化している。
最悪な事にこの事態を引き起こしたのが瑞穂の会社という事で、一時的に国際的な信用を失ってしまっており、海外で取引中止が相次いでいるらしい。
その関係で貿易が不調。原油価格が高騰しており、このままだと燃料価格に影響がでてしまう。
燃料価格というものは物価に直結しているので、ありとあらゆる物の値段が跳ね上がってしまう事になりかねない。
景気が悪いのに物の値段が上がれば、当然人々の生活が苦しくなる。人々の生活が苦しくなれば消費が冷え込み、さらに景気が悪化するという悪循環に陥る。
人々の生活に余裕が無くなれば、生活に不必要な出費から切られて行く事になる。
その際たるものは娯楽産業。つまり、今後竜杖球の各球団は今まで以上に経営に苦しむ事になっていくだろう――
ここまで解説してやっと荒木も彦野も現状を理解したらしい。
二人とも焦燥しきった顔をしている。
「それって、俺たちの給料が減っちゃうって事ですか? まずいじゃないですか!」
焦り切った声で彦野が言った。
「だから最初からそう言っている」と落合が冷静に指摘。
「もしかして、一人当たりの竜の頭数が減ったりとかしちゃうんですか?」
その荒木の質問は、落合としては少し想定外の質問だったらしい。
普通はまず自分の契約がどうなるとか、年俸がどうなってしまうかとか、そういった事を真っ先に心配するものだと指摘。ただ、その後で腕を組み少し無言で考え込んだ。
「うちらが購入するのは競竜を引退した竜たちだ。よほど良い竜じゃない限りその値段は処分価格だからな。荒木の心配するような事は起きないと思う。だけど、総じて竜の売値は安くなるだろうから、個人でやってる牧場はちょっと大変になるかもな」
竜主の集団である会派には生産を行っている所もある。そういう所では竜の販売額というのはあまり景気には左右されない。
だが、競りによって売値が決まる個人牧場は、競りが不調で安く買われてしまったり、売れ残ってしまったら牧場経営が立ち行かなくなってしまう。
恐らくだが、そういった牧場は一時的にどこかの会派の傘下に入るか、廃業して一家離散という事になるのだろう。
落合の説明の中に『一家離散』という単語が出て、荒木は咄嗟に美香の事を思い出した。さらにその美香を庇って牧場を薄雪会の傘下に入れた土井夫妻の事も。
「たしか、各竜杖球の球団は会派と提携してやってるんですよね。うちも雪柳会の支援でやってるって聞きましたし。その会派に影響が無いなら、なんだかんだでそこまでうちらに影響無かったりしませんかね?」
そう荒木は言うと、彦野が言われてみればそんな気がすると同調した。
稲沢球団は紅葉会という上位会派の支援でやっているらしく、確かに紅葉会にそこまで影響が無ければ自分たちに影響は少ないかもしれないと。
「まあ、確かに会派の経済基盤は盤石だろうからな。他の球技に比べればな。だけど、どうやらこの影響で紅蓮製鉄が海外の取引を見送られているらしく、このままだと火焔会が危ないかもって記事には書いてあったな」
ただ、会派をまとめる協会である竜主会はこういう時には団結してあたる。
問題は全会派で共有して対処が竜主会の指針の一つであるから。そうする事でこれまで瑞穂の経済の軸だけは揺るがなかった。
「だけどなあ、いくら会派が頑張っても、皇国中央銀行がそれ以上の最悪の判断をしたらどうなるかはわかんないぞ? 景気が悪化してるっていうのに金利の大幅引き上げしてみたりとか平気でするポンコツだからな」
落合が言った最後の部分は、荒木と彦野の理解力を完全に超えてしまっていて見事な愛想笑いになっていた。
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