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竜杖球 ~騎手になれなかった少年が栄光を手にするまで~  作者: 敷知遠江守
第四章 騒動 ~代表時代(前編)~
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第33話 雨の中の試合

 守衛が伊東、後衛が秋山と新井、中盤が落合、原、岡田、先鋒が北別府。

 それが代行の権藤が発表した先発選手であった。


 球場は雨季でぐちゃぐちゃ。

 こういう状況では仰木監督の求めていた速さを活かす戦術は使えない。だからこれまで同様に確実に篭に持ち込んで決めるという戦法でいくしかない。

 仰木が選んだ選手に、どう考えても仰木の戦術に合わなそうな選手が含まれていた。その際たる選手が落合であった。掛布もそういう類いの選手であった。恐らくは仰木はこういう事態も想定して選手を選んでいたのだろう。

 そして前回掛布を使っていたのは、いきなり付け焼刃で新戦術では色々とボロが出るだろうから、過渡期のような起用をしたのだろう。



「つまり俺たちは今日は出番無しって事かな?」


 補欠席で空を見ながら隣の席の高木が呟いた。

 『俺たち』と言うからには、荒木も含まれているのだろう。


 かろうじて雨が上がり、暗灰色の雲の隙間から太陽が顔を覗かせているが、競技場はまだいたるところに水たまりができている。


 そんな二人に高橋が面白い話を聞いたと言って話を始めた。


 ――聞くところによると、今回の会場スンダクラパ国立球技場は、一昔前は雨季は水田と言われるほどに水はけが悪かったのだそうだ。


 ある時に隣のダトゥと試合をする事になった。

 当たり前の話だが、ダトゥも雨季の時期は球技場は雨でぐしゃぐしゃ。その為、ダトゥでは雨季は芝の保全のために北のルソン州のマイニラ球場を使用していた。

 ところが、雨季の真っ只中にも関わらず首都のサンダカン王立競技場で試合をするという。


 スンダ代表一行は非常に驚いた。

 三日連続の豪雨にも関わらず、競技場は所々に水たまりがあるという状況だったのである。

 降り注いだ雨水はいったいどこに消えてしまったのか?

 その問いにダトゥの連盟の職員は笑って答えた。

 瑞穂に頼んだらたった一週間の工事でこの通りだと。


 スンダの連盟は帰国後すぐに瑞穂の連盟に連絡を取り改装をお願いした。

 どんな事をやっているのかと興味津々で見ていたのだが、驚いた事に競技場を地面と平行に何筋も穴を掘り、そこに穴の開いた管を埋めただけ。


 てっきり最新の設備を導入してくれるのだと思っていた。こんな事で改善なんてされるわけがない。自分たちは詐欺にあったんだ。そうスンダの連盟では言いあっていた。

 当時、スンダは瑞穂とはそこまで良好な関係では無く、どちらかというと疎遠に近かった。スンダはよく中央大陸東部の国々に同様の手口で詐欺を働かれていて、瑞穂も同様だと考えたらしい。


 そして雨季になった。

 これで水がはけていなかったらダトゥもろとも賠償を請求しようと言い合っていた。

 そんなスンダの連盟の人たちが見たのは、ただぬかるんでいるだけの競技場であった。


 そこからスンダは積極的に瑞穂と友好関係を築こうとしてくれて、今では瑞穂の友好国の一つとなっている――



「へえ、そんな事があったんですね。ダトゥと同じくらい、ここ瑞穂語が通じますもんね。うちではダトゥ語もスンダ語も話せる人ほとんどいないのに」


 ちょうど荒木がそう言ったところで、北別府が得点を決めた。

 補欠席の面々が立ち上がって沸き立った。



 どうやらスンダとはかなり実力差のようなものがあるらしく、試合は少し一方的な展開になってしまっている。

 本来ならスンダの選手たちの方が、このぐちゃぐちゃ状態の芝生での試合に慣れているはずである。実際、瓢箪大陸の国々はスンダやダトゥを少し苦手にしている。

 だが、瑞穂には梅雨があり、その時期にも試合をしている選手たちからしたら、そこまで苦にはならないらしい。

 一点目からそこまで時間がかからず北別府が二点目を叩き込んだ。


 二点目が入ってから、徐々に上空の雲が厚くなり、ぽつぽつと雨が降り始めた。

 一度雨が降り始めると、雨足はあっという間に強くなっていく。気が付けば補欠席から観客席が視認できないくらいの土砂降りの雨となった。


 試合が止まったところで、審判はいつもの白い球から天候が悪い時用の橙色の球に交換。


 雨が降ってから球が見づらくなって、瑞穂側は原や岡田ですら空振りする場面が見受けられたが、球が変更になってからはそのような場面は無くなった。


 こうして二対〇で前半戦を折り返した。



 中休憩で、今後雨がどうなるかわからないので、交代は先鋒を北別府から西崎に代えるだけに止めると権藤は通達。

 実際、外は集中豪雨。

 観客席も雨が降り始めたら蜘蛛の子を散らすように屋内に退散している。


 前半に出場した選手たちは皆びしょ濡れで、かなり疲労の色が見て取れる。

 口数も少なく、頭や肩に布を乗せて俯いている。その姿は、とてもではないが勝っている側の姿とは思えない。


「残り時間きっちりと点を取って、大手を振って瑞穂に帰ろうや!」


 そう言って権藤が士気を上げようと試みるのだが、残念ながら選手たちの返事は力無かった。



 各人竜に乗り込み、大雨の中、競技場へと向かって行く。

 観客席側の原と新井、遠くの篭前にいる石嶺の姿は、もはや雨で全く視認できない。


 これから試合が始まるという時に、少し遠くから雷鳴が聞こえた。


 すると審判が両手を交差し、試合の一時中断を指示。

 選手たちが一斉に補欠席に戻ってきた。


 このままだと雷鳴で竜が暴れかねないという事で、竜を屋内の竜舎へと一旦収めた。


 選手たちも一旦控室に戻った。



「くそっ。俺はいったい何しに出てったんだよ。濡れ損じゃねえか」


 戻って来るなり西崎が愚痴った。

 「もう少し早く雷が鳴ってくれていれば」、そう言って何人かが失笑する。


 そこに大会委員の一人がやってきた。

 なにやら連盟の職員に話して足早に去って行った。


「えっと、今報告がありまして、外が雷雨になったため、後半開始を遅らせますだそうです。それと、このまま雷雨が続くようであれば、後半開始だけして、そこで強制終了という処置も検討しているとの事でした」


 荒木と彦野が今どれだけ雨が降っているんだろうと控室を出ると、降り注いだ雨が流れて来ていた。

 見れば補欠席にも雨が降り込み椅子がびちゃびちゃに濡れている。


 雷鳴が轟く度に竜たちが呼応して嘶き、非常に賑やかな事になっている。


「こりゃ止めかもしれんなあ。前半はこっちが一方的だったし、得失点考えたら向こうもここで止めの方が良いって言ってくるかもな」


 ざんざんと降り注ぐ雨を遠巻きに見ながら高橋が言った。



 案の定というか、スンダの方からこれで中止にしようという打診があり、瑞穂の連盟も権藤と協議して受け入れる事にした。

 大会委員の裁定で、後半一分、天候不順により続行不能で試合終了となった。

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