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竜杖球 ~騎手になれなかった少年が栄光を手にするまで~  作者: 敷知遠江守
第四章 騒動 ~代表時代(前編)~
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第32話 雨季

 監督不在。

 いかんともしがたい不安を抱えて、瑞穂代表はスンダ連邦の地に降り立った。



 ――スンダ連邦は瑞穂の友好国ダトゥ王国のすぐ西の国である。

 国土の多くが海によって隔絶されており、ムラユ、ジャワ、スマトラ、トゥンガラ、ティモールの五つの州によって成り立っている。首都はジャワ州のスンダクラパ。


 かつて中央大陸西部の国々が船で世界を我が物顔で行き交っていた時期がある。

 斧刃大陸を越え、デカンを越え、彼らは太平洋に出ようとしていた。

 ところがそこから先は、まるで蓋でもされているかのように大小の島があちこちにあり、そこで停滞を余儀なくされてしまった。


 当時この辺りの島々では王国が乱立している状況で、お互い侵略を繰り返していた。


 中央大陸西部の国バターフ王国はこの地域の西の玄関口ともいえるスマトラ島のアチェという地域にあった王国を武力征服。そこを足掛かりに周辺の王国を次々に征服していった。


 この辺りの小国は島に小さな港を無数に作っており、海上交易が非常に盛んであった。

 完全に征服者気取りのバターフの連中が、各地で暴虐の限りを尽くしているという情報は、海上交易網にて瞬く間に地域一帯に広がっていった。


 だが、話に聞く限りでどう考えても自分たちだけではどうにもならない。

 そこで王国たちは互いに同盟を組んでバターフに対抗する事となった。とはいえ、敵は技術力が高く、自分たちだけでどうこうできるとは思えない。仮に追い払えたとしても、犠牲が増え過ぎれば、次の国が侵略に来た時にはもう抗えない。

 そこで彼らは共闘してくれる国を探した。ただ、問題はどの国に依頼するかだった。

 同盟内は揉めに揉めた。その間も、バターフ王国の侵略は続いていく。


 そこで三つの王国が盟主となって周辺の王国と手を組み、それぞれが共闘相手と交渉。

 ジャワ島を拠点とするスンダ王国は西のデカン王国と、北のダトゥ王国は北の瑞穂皇国と、東のウェハリ王国は南のアナング王国と。


 要請を受けた三国にもそれぞれ思惑はあった。

 瑞穂とアナングは、この地域が征服されてしまったら次は自分たちだという危機感があった。デカンは今まさにブリタニスの侵攻を受けているところで、ブリタニスとバターフの共闘を阻止したいという思いがあった。

 こうして三国がそれぞれ大艦隊をこの地域に派遣した。


 だが、バターフ艦隊はとにかく数が多く、まずデカン艦隊がアダマン海海戦で大敗を喫してしまった。


 援軍として駆けつけた瑞穂艦隊はアナング艦隊を見て絶句。

 瑞穂艦隊は止級の竜に曳かせる自走式の大型帆船ばかりだったのだが、アナング艦隊は全てが櫂船、しかも小舟ばかりで大砲も積んでいない。


 総合的に見た戦力比較ではどう考えてもバターフ艦隊が圧倒している。

 そこで瑞穂海軍の総参謀長は作戦を練った。


 アナング艦隊は最初単独でバターフ艦隊に向かって行った。

 だがその戦力差はまさに象と蟻。ただし、アナング艦隊は櫂船の小舟。小回りだけは効く。

 アナング艦隊は大砲の標的にならないように散開し、逃げるふりをしてティモール島の西、サヴ海へバターフ艦隊をおびき寄せた。


 まんまと誘い込まれたバターフ艦隊は、スンバ島の北で待機していた瑞穂艦隊の待ち伏せを食う事になった。

 バターフ艦隊はサヴ海で瑞穂艦隊の集中砲火を受ける事に。さらに退却したくてもアナング艦隊が出口を封鎖。

 なんとかサヴ海を脱出した艦隊もデカン艦隊の待ち伏せを受け、壊滅的な被害を被る事になった。


 このサヴ海海戦以降、この地域はスンダ、ダトゥ、ウェハリの三か国により分割統治される事になった――



 瑞穂代表はジャワ島の東部マジャパイト空港に降り立った。

 ここで一泊し、翌日に会場である西部のスンダクラパへと向かう事になっている。


 飛行機から降りた瞬間に熱帯地域特有の湿気を多分に含んだ熱風が選手たちの肺に入り込む。

 思わずむせ返りそうになる。

 十二月だというにこの暑さ。

 空港内は空調が効いているはずなのだが、入国窓口に向かっただけでじんわりと額に汗が流れる。


 先月から雨季に入っているらしく、空港から一歩外に出たら土砂降りの雨であった。

 結局、この日は宿泊所へ向かい、観光にも行けず、ただただこれでもかと降り注ぐ雨を窓の外に見ただけで終わってしまった。


 翌朝も雨。

 宿泊所の方の話によると、まだこれでも序盤なのだそうで、年明けくらいから本格的な雨季に入るのだとか。

 すでに舗装されていないところはあちこちがぬかるんでいる。

 スンダ連邦といえば、美しい海岸、常夏の楽園という印象だったのだが、どうやらそれは夏場だけのお話らしい。せっかく持ってきた水着だが、どうやら一回も足を通さずに持ち帰る事になりそう。


 ざあざあと降り注ぐ雨、地に落ちた雨粒が霧となって視界を悪くしている。

 そんな中、瑞穂代表は輸送車に乗り込み、高速道路をひたすら西へと向かった。


 途中の景色は、山、熱帯植物の林、そしてぐちゃぐちゃの畑。


 スマラン、バンドンで一旦休憩し、首都スンダクラパに到着。

 スンダクラパもやはり雨。


「こう雨ばかりだとなあ。体にカビが生えそうだわ」


 空調の良く効いた宿泊所の休憩所で南国果実の盛り合わせをつまみながら荒木は愚痴った。

 鳳梨が思ったより酸っぱかったようで顎に皺を寄せている。


「おかしいなあ。常夏の楽園って聞いてたのにな。水着のお姉さんが一人もいないってのはどういう了見よ。こうさ、腰の横を紐で結んでるだけの際どい水着のお姉さんがいるって聞いたのによぅ!」


 頭の後ろで手を組み、彦野が藤の椅子にもたれかかる。口には甘芭蕉を食べた際の爪楊枝を咥えている。

 椅子が藤特有の軋み音を奏でた。


 荒木も周囲を確認してみるのだが、先ほどから目に入るのは瑞穂代表の関係者ばかり。

 当然全員おっさん。

 荒木たちもそうなのだが、全員暑いからと胸のボタンを大きく外してシャツを着ている。しかも下は膝丈のズボン。胸毛やら脛毛やらが目に入り気分が滅入る。


「このぐにゅっとした固い寒天みたいなのはなんだろう?」


 見た目は完全に寒天なのだが、噛み続けると何か粕のようなものが口に残る。

 イカそうめんに食感は似ているだろうか。


「椰子の果汁を発酵させたもんとか言ってたな。俺もさっき食べたけど、いつ飲み込んで良いかわかんないから避けてる」


 そう言って彦野は芒果を爪楊枝に差して口に入れた。

 荒木も芒果を口にして、ぼうっと外の雨を眺める。


「明日もまた雨なのかねえ。この高温と湿気で竜が体調崩さないと良いけど。そうだ、後で蹄鉄を雨天用に打ち直しておかないとな」


 すると二人の席に落合がやって来た。

 高橋と飲みに行こうという話になったんだが一緒にどうかというお誘いであった。

 彦野も荒木も暇をしている。二つ返事で了承であった。


 ところが落合は二人の返事そっちのけでじっと果実盛りを凝視している。


「お前ら……まさかそういう仲なのか? それって普通は恋人同士が愛を語らいながら食べるやつだぞ」


 慌ててお品書きを見るのだが、悲しいかなスンダ語が読めない。

 何となく目に入った若い夫婦が食べているのを見て旨そうだと頼んだだけだった。

 だが、確かによくみたら爪楊枝の先が桃の形をしている。


「ち、違っ……違いますよ! 落合さん! これはこいつが勝手に……」


 慌てて彦野が言い訳を始める。それを落合がニヤニヤしながら愉悦の表情で見ている。


「何言ってんだよ、彦野! お前があれが旨そうだから頼もうって言ったんじゃねえか!」


 荒木の抗議も落合はニヤニヤして聴いている。

 挙句の果てには、ごゆっくりと言って、甘芭蕉を一つ摘まんで帰って行った。


「最悪だ……稲沢帰ったら絶対みんなに言いふらされる……」


 彦野の顔は見た事もない絶望感に溢れていた。

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