第31話 次の監督は?
東国戦を二位で終えた見付球団。
選手たちは来年の出陣式までお休みとなってしまった。
だが、荒木はその前に年内最後の試合が残されている。
その試合に臨むため、若松と二人で裾野市へ向かった。
わずか一戦、それも勝利した事で辞任した監督など聞いた事が無い。
そして、辞任する際にはっきりと省庁や連盟に問題があると仰木は言い切った。
報道は当初こそ競報新聞の堀内記者の煽動で荒木を悪者にして瑞穂代表から追い出す方向で筋書きを描いていた。
ところが仰木と掛布の記者会見によって、その目論みは大失敗に終わってしまっている。
それどころか、外務省のとんでも無い実態が明るみになってしまった。
朝食の新聞にとんでもない記事が載っていた。
ククルカンの大統領が天皇陛下への謁見を要請してきたという記事である。
外務省は内務省に外国からの要請であるからと受諾するように要請した。
ところが内務省がそれを突っぱねたらしい。
表向きの拒絶理由は『彼の国の大統領は政府に抗議した者を虐殺したと聞く。人道を蔑ろにするような者は陛下の謁見相手としては相応しくない』というもの。
だが恐らくは裏の話として、外務省の不手際をこっちに擦り付けてくるなという反発があるのだろう。
――外交は連合政府にとって役割の最たるものであるである。
多くの省庁は各国に同様の機関が存在している。治部省は治部局があるし、大蔵省は大蔵局がある、兵部省ですら兵部局がある。
逆に言うと、各国に無くて連合政府にしかない部署はたった二つしかない。外務省と内務省の二つである。
この国の黎明期、天皇陛下による親政が行われていた当時、それを実行する貴族たちによる閣僚機構があった。それが内務省の大元である。
各省庁は全てがこの内務省からの独立、またはその派生。
つまり、内務省というのは瑞穂という国ができた最初からある非常に歴史の深い部署という事になる。
現在の主な仕事は皇室の世話と皇室行事の執行、それと外国の王室との社交。
内務省はあくまで外交といっても王室や帝室との懇談のみに限られており、実際の外交はほとんどが外務省が行っている。
ところが、ややこしい事に瑞穂皇国の国家元首は天皇陛下で、総理大臣は天皇の総代、国の首班にすぎない。
そのため、相手国が国家元首との会談を望んだ場合、外務省と内務省との折衝という事になる。
外務省が謁見を要請する事も多いのだが、多くの場合内務省はそれを拒否している。
そもそも天皇陛下に政治的な権限は無いのだから、相手の謁見目的は自らの権威付けしかない。ようは失政隠しか権力闘争目的。
そのため、内務省の拒否する理由はだいたいいつも同じで、『人道を無視する者は陛下の謁見相手としては相応しくない』というもの。
特に今上陛下は社会主義国の指導者や軍事政権の指導者とは一切関係を断っている。
こんな状況なので外務省と内務省は大昔から非常に仲が悪い――
「若松さん、こんな状況で来年四月のククルカン遠征ってどうなっちゃうんでしょうね」
海苔の佃煮をご飯に乗せてそれを口に運んでから荒木はたずねた。
若松が荒木の膳を見て苦い顔をする。
なめこの味噌汁、ほうれん草のお浸し、たけのこのきんぴら、海苔の佃煮、里芋と人参の煮っころがし。どうみても競技選手の朝食では無い。
「どうだろうな。国際竜杖球連盟がどういう裁定を下すかだろうな。ククルカンだけに非があるっていう裁定にならないと、普通にククルカンでの試合になるだろうな。そんな事になればここにいる奴らの何人かは……」
そう言いながら若松はたけのこのきんぴらを取り上げ、そこに自分の膳から鶏むね肉の香草焼きをどかりと置いた。
荒木の顔が固まる。
「逆にククルカンだけに非があるってなったらどうなるんです?」
若松が膳に置いたお皿から付け合わせの乳草と赤茄子だけを食べて荒木がたずねる。
それを若松がじっと見ている。
「程度によるだろうな。軽ければ第三国での開催。悪質だと思われれば不戦敗って事もあるかもな。ただ俺も新聞でその辺りを気にしているんだが……うちの連盟の馬鹿が初期報道の内容で国際連盟に報告しちまったらしくってな。ちょっとまずいかも」
そう言いながら、若松は荒木が箸を付けようとした里芋と人参の煮っころがしを膳から奪った。
「ちょっと、若松さん! それ今食べようとしてたんですけど!」
そんな荒木を若松がぎろりと睨む。
「お前、関根監督に言われた事、もう忘れているのか? どうせあれだろ? 家ではすっかり好きな物しか食べなくなってるんだろ! 肉を食え、肉を! お前だって競技選手だろうが!」
ここまでのやりとりをじっと見ていた岡田が、ついに堪えきれずに笑い出してしまった。
「若松さんも大変っすね。こんなとこにまで来てまでそれやと。そやけども荒木みたいなんも珍しいっすね。普通はみんな肉ばっか食わんと野菜も摂れ言うて怒られるもんですけどね。こういう人ほど、尻に敷いてくれる女性と一緒にならへんとね」
誰か良い娘はいないのかと岡田がたずねた。
荒木も若松も同じ女性を思い描いている。若松が荒木の膳を見て吐息を漏らした。
「ちょっと……難しいかもしれんな。だってよ、岡田。この皿見てみろよ。肉だけこうやって残すんだぞ。周りの付け合わせは綺麗に食べて。俺はこんな食い方するやつ初めて見たよ」
「うちの五歳の娘だってこんな酷い食い方はしない」と呆れ口調で言う。
だが荒木は知っている。双葉ちゃんは緑豆が苦手で避けて食べており、最後にこれ以上食べられないと言って、残ったおかずで隠している事を。
口を尖らせ子供のように不貞腐れる荒木を見て、岡田は笑い出した。
「それはともかくとして、新しい監督が誰になるかって、若松さんたちは聞いてます? 俺、掛布さんの代わりに予備から編入したもんやからその辺の話、全然まだ聞けてへんのですけど」
第二戦に臨むにあたり、代表辞退した掛布と負傷で離脱した村田の代わりに、西府球団の岡田と南府球団の北別府が予備から急遽編入となっている。
恐らくこれまで岡田は自分が編入されるなど思ってもおらず、予備選出を満喫していたのだろう。
「残念だけど、まだ公表にはなってないな。俺も噂だけは何人か名前を耳にしたよ。稲沢の近藤さんとか北府の上田さんとか。実際名前が流れるくらいだから連盟からそういう打診はあったんだろうな」
荒木は何か聞いてるかと若松がたずねた。
だが、荒木は若松が言った近藤や上田の話すら知らなかった。
その後、次の監督はいったいどんな方になるんだろうと三人で言い合った。
その日練習があったのだが、仰木監督の下で指導者をしていた権藤という人物が練習を指揮した。
しかも、翌日にはその権藤も練習場に現れなかった。
こうして新たな監督の発表の無いままスンダ連邦に向かう日を迎えてしまったのだった。
飛行機に乗り込んだ荒木たちは、その畿内で連盟の職員から報告する事があると急に言われた。
いくら金が無い竜杖球連盟といえど、さすがに選手たちを一般客と同じ席には座らせない。そこはちゃんと一般席よりも少し席の広い上級席を確保している。
上級席と一般席は壁で仕切られているので、よほどの大声を張り上げなければ飛行機の内燃の音で聞こえない。
そんな中、連盟の職員が言ったのは、実はまだ次の監督が決まっていないという衝撃の事実であった。
「今回は指導者の権藤さんに臨時で指揮を取っていただく事になりました。不安だとは思いますが、連盟も全力で後任候補を探していますので、まずは目の前の試合に集中していただけますよう」
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