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竜杖球 ~騎手になれなかった少年が栄光を手にするまで~  作者: 敷知遠江守
第四章 騒動 ~代表時代(前編)~
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第25話 一触即発

 ククルカン大使館の玄関前で大使と一般の瑞穂人が会談するという何とも奇妙な事態になってしまった。


 机と椅子を庭から運び込んで来て、チェレス大使、通訳、秘書官、仰木監督、掛布、荒木の六人が一つの机を囲んで座っている。

 飲み物も出されてはいるのだが、仰木たちは手を付けようとすらしない。


 大使館の中というのは外国扱いであり、大使館の許可がないと密入国になってしまう。そのため、各国の大使館の職員は敷地の外で遠巻きに見ている。


「単刀直入に言う。昨晩の騒ぎを正式に謝罪していただいたい」


 チェレス大使の言った事を通訳が訳した。

 すると仰木が鼻で笑った。


「何や勘違いしとるようやけど、謝罪するんやったらあんたらの方やで。そもそも選手に暴力振るってきたんはそっちやし、観客を装い暴動起こしたんもそっちや。あえて言うわ。馬鹿も休み休み言えや」


 仰木の顔を見て、通訳が硬直した。

 チェレスが早く訳すように強く指示し、通訳が渋々訳す。

 するとチェレスは激怒し机を拳で叩いた。かなり激しい口調で言った事を通訳が訳した。


「そもそも、そちらには開催国としての責任というものがあるはずだ。それがあんな事になったのだから、謝罪するのは当然の事なのではないのか? それとも国際問題にしたいのか?」


 通訳はかなり言葉を選んでいるようだが、どう考えてもそんな穏やかな言い方では無いだろう。

 仰木がチェレスをじろりと睨む。


「国と国との問題言うんやったら、外相か外務次官を呼んだらええやんけ。それをやってもうたらほんまに国際問題になるてわかってるから、こうして一般人呼びつけて憂さを晴らしとんのやろ。卑怯者が。恥を知れや」


 先ほどもそうだが、仰木は極めて穏やかな口調で言っている。訳さなければ、まさかそんな事を言っているなど誰も思いもしないであろう。それがために通訳の顔が強張っている。


 だがチェレスに訳すように強く言われ、再度渋々訳した。

 チェレスの顔が赤く染まり、腰に吊っている拳銃に手をかけた。それに呼応して遠巻きにしていた軍人たちが一斉に銃口を向ける。


 すると大使館を取り囲んでいた外国の報道たちが一斉に写真を撮り始めた。

 チェレスもまずいと思ったのか、軍人に向かって銃口を下げるように指示。


「ふん。未開の野蛮人が。少しは文明いうもんを学んでから大使館を建てえや。人としての基本いうもんがなってへんねん。こいつらの母親は躾いうんはせえへんのやろうか?」


 その掛布の呟きに、通訳が少し青ざめた顔をし慌てて首を横に振った。


「それは言ってはいけません! この国の人たちは母親を馬鹿にされる事を病的に嫌います。今のあなたの発言は射殺されても文句の言えない暴言なんです!」 


 チェレスは訳せと言っているらしいが、通訳はそれを無視し、掛布を宥めた。

 だが、掛布がそんな通訳を睨む。


「はあ? お前何を言うとんのや。こいつらは言いたい放題、やりたい放題しても問題ないが、俺らは発言に気い付けいやと? そない不平等な事があるかいな。それと殺されてもしゃあない暴言なん、この世には無いわ、ぼけ!」


 掛布が背もたれにもたれかけて居丈高に言うと、通訳は酷く怯えた顔をした。

 「もう知らない」とぼそっと呟く。

 そんな通訳にチェレスが腰の短銃を突き付ける。静かに唸るような声で通訳するように命じた。


 観念したかのような顔をし、通訳は掛布たちに背を向け、先ほどの発言を訳した。

 それが聞こえた軍人たちが一斉に近寄り、銃口を仰木たちに向けた。


 ここまで静かに聞いていた荒木が椅子から立ち上がり、ぎろりとチェレスを睨む。

 軍人が一斉に荒木に銃を突き付ける。


「殺るならさっさと殺れよ! どうせ引き金を引く勇気すらないんだろ? 銃がなければ威圧する事もできない腰抜けが! だったらさっさと国に帰れよ。母ちゃん、母ちゃんって泣きながら帰れ!」


 それを通訳が訳している途中でチェレスが荒木の顔を殴りつけようとした。

 だが荒木は暇さえあれば道場に通って古武術を習っている。

 その伸ばされた腕を左手で上に払い、右手で喉に手をかけ押し込んだ。

 チェレスが尻もちを付き、こほこほと咳込む。


 チェレスが何かを叫んだところで、大使館前に黒塗りの車が到着。

 扉が開くと一人の背広の男性が駆け込んできた。

 何かをチェレスに言い、男は何度も何度も頭を下げた。手を差し伸べチェレスを立たせるとその前に立ち、くるりと荒木たちの方を向いた。


「貴様らは自分のしでかした事がどういう事かわかってはんのか! これは国際問題になるんやぞ!」


 わあわあと喚きたてるように言う男性を掛布がぎろりと睨んだ。


「誰や、あんた? 何者なんか知らんけど、偉そうに言う前に、何があったかを聞いたらどうなんや? その上でどっちが正しいか判断したらええやろ」


 低く威圧するように喋る掛布に背広の男は一瞬怯んだ。

 だが、すぐに男は背広の襟を正した。


「外務省で課長をしている望月や。正しいとか間違うているなんて、この際どうでも良えねん。お前たちは大使に手をかけたんや。それが大問題や言うてんのや!」


 わなわなと肩を震わせながら望月は荒木を指差した。

 すると、仰木が立ち上がり荒木の前に立ちふさがった。


「ほんまにそれが問題なんか、あっこにおるスタンリーさんいう人に聞いて来いや! あの人が一部始終を見てくれとんのやからな。お前ら官僚って生き物は自国民の発言より外国の発言のが重要なんやろ? おら! さっさと聞いて来いや!!」


 その仰木の剣幕に荒木だけじゃなく掛布も驚いて仰木に視線を移した。

 確かに普段から少し口調の荒いところはある。だがここまで怒っている仰木を二人は初めて見た。


 仰木の威圧に屈し、望月はブリタニス大使館の職員の下へ行き状況を聞いた。

 かなり色々と聞いているらしく、荒木たちは銃口を突き付けられたまま待たされる事になった。


 それまでは白い雲の隙間から高く澄んで空が覗いていたのだが、徐々に雲が増えてきて雲行きが怪しくなってきている。それに合わせて気温が下がり、少し肌寒くなってきた。


 ブリタニス大使館の職員に望月はぺこぺこと頭を下げ、悠々とした態度で荒木たちの前にやってきた。

 そして、先ほど同様チェレスの前に立った。


「ここまでの経緯は全て聞いた。さっさとこの方たちに跪いて謝罪の言葉を述べえ。それが済んだらさっさと居ね! 後はきっちり私が大臣に報告しておく。ここはな、貴様らみたいな者がいて良い場所と違うんや」


 あんまりな望月の言いように荒木が激昂。だが、それを掛布が制した。


「で、俺たちはどうなるんや? 回答次第では何時間でもここにおるしかなくなるけども」


 そうたずねた掛布の目は、まるで汚物でも見るかのような軽蔑した目であった。

 その態度に望月が苛つき、額に青筋を走らせる。


「貴様らはククルカンとの関係を悪化させたんや! 国益を損ねたんや! 外務省としてお前たちを提訴する事になるやろ。覚悟しときや!」


 望月の偉ぶった言いように、掛布は苛立ち拳を握った。

 だが、その掛布を仰木が制す。


「お前みたいな木っ端役人のいう事なん聞こえへんな。聞いて欲しかったら竜杖球連盟を通して言う事や。おら、ぼさっとしとらんで、さっさとせい!」


 仰木の啖呵は掛布とは迫力が違う。

 望月は渋々どこかへ連絡を入れた。



 それから三十分ほどそのまま無言で睨み合う時間が続いた。

 その後、大使館に竜杖球連盟の車がやってきて、連盟の職員がぺこぺこと頭を下げ仰木たちを連れて行ったのだった。

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