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竜杖球 ~騎手になれなかった少年が栄光を手にするまで~  作者: 敷知遠江守
第四章 騒動 ~代表時代(前編)~
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第23話 出頭命令

 試合の翌朝、朝食片手に新聞を読んでいた何人かの選手が驚きで奇声をあげた。

 何事だと周囲の選手に問われ、これを見ろと言って新聞を渡す。

 そして渡された選手がまた驚きで奇声を発する。


 最終的にその流れは荒木の所にも来た。

 代表に招集されてから荒木は掛布、落合と仲が良くなっており、そこに彦野を交えた四人で朝食を取っていた。その席に新井がこれを読んでくれと言ってやってきた。

 新井が手にしていたのは競報新聞。


『竜杖球瑞穂代表、最悪の不祥事 荒れたククルカン戦』


 そんな文字が表題として踊っていた。

 そこに使われていた写真にも非常に悪意を感じる。荒木が日本人の観客の奥襟を掴んでいる場面である。


 あの時、競技場にまで入って来て暴れていたのはほとんどがククルカン人であった。自国の代表選手が血を流したのを見て変に興奮して暴れ出したのだ。

 試合の後で聞いた話では警備員も何人かが病院に搬送されたらしい。

 あの時掛布さんたちが出てきてくれなかったら、ククルカン人によって何人死者が出たかわかったものではないと警備員の管理職の方に御礼を言われた。


「『荒木選手が敵のケハチェ選手に大怪我を負わせ、それによって球場は大暴動に発展した』か。相変わらずここの新聞は、曲解に曲解を重ねた記事を書くもんやな」


 反吐が出ると言って掛布は新聞を落合に渡した。


「『またもや荒木選手の素行不良が瑞穂の国益を損ねる事になった』か。国際競技大会の時もそうだったが、この新聞、何か荒木に恨みでもあるのかな? ちょっと荒木に対する中傷が執拗すぎるように思うんだよな」


 そう言って落合は新聞を彦野に渡した。彦野も新聞を読んで「なんじゃこれ?」と呟いた。


「荒木、お前の方はこういう事をされる覚えって無いんか? 例えば、この新聞の記者と昔揉めた事があるとか、記者会見で言い合いになった事があるとか」


 掛布に聞かれ、荒木はこれまでの事を記憶を辿ってみた。


 最初に問題になったのは、国際競技大会の代表に選考された時の会見だろうか。

 自分より前に小早川が会見となり、小早川が暴れた事で大荒れとなった。それを受けての自分の会見であった。


 あの時、荒木が抜けたら見付球団はお終いだと言って煽った記者がいた。

 だがその時は自分ではなく、広報部の田口部長と言い合いになっている。その後は日競新聞の猪熊に煽られて退出させられていた。


 確かにその後で、自分は記者たちに対し煽ったような事を言った。

 だが、その場にはもう競報新聞の人はいなかったはずと荒木は掛布に言った。思い当たるのはそれくらいだと。


「ああ、あん時のあれか。俺も岡田たちと見てたなあ。そやけども……あれでこないしつこく中傷されるもんやろうか? 忘れとるだけで他にも何かあるんちゃうの? 学生時代においたしてもうた娘がこの記事書いてるとか」


 掛布がじっとりした目で荒木を見る。同じような目で落合も見ている。


「いやいや。そんな無いですよ。俺は高校時代は竜杖球一筋でしたから」


 そう荒木が言うと、掛布と落合が同時に「嘘を付け」と指摘した。



 次の試合は来月、スンダ連邦への遠征となる。

 選手たちは会議室に呼ばれ、仰木監督から次戦に向けて一言二言話をされ、その後連盟の職員から事務連絡を受け一旦解散となった。


 ところが、荷物をまとめていた荒木の元に連盟の職員が血相を変えてやってきた。

 連盟の職員に促されるままに荷物を持って会議室へと向かう。

 すると、そこには仰木監督と背広の男性が先に来て椅子に腰かけていた。二人とも表情は極めて暗い。


 背広の男性に座るように促され席に着くと、少し遅れて掛布が会議室にやってきた。

 掛布が席に着いたところで、背広の男性が荒木と掛布に自分の名刺を差し出した。


 そこに書かれていたのは『瑞穂竜杖球連盟 総務部監査課課長』という肩書と板倉という名前。


「お二人に対し在瑞ククルカン大使館が出頭を要請してきています。大会本部から我々連盟も報告は受けています。さらに映像でも確認しました。お二人が問題だとは我々も思ってはいません。思ってはいませんが……」


 『呼び出し』ではなく『出頭』。

 つまりは、今回の件に対し、ククルカン大使が激怒しているという事である。ここで行かなかったら、それは国際問題に発展しかねないという事にもなる。


「で、大使館へ行って何をすれば良えんです? 腹でも詰めぇ言うんですか?」


 掛布は冗談で言ったつもりだった。

 だが、板倉が黙ってしまった事で、ククルカン大使がそれに近い事を言ってきたと察する事ができてしまった。

 仰木も驚いて板倉の顔をまじまじと見る。この感じだと仰木もただ単に先方が怒っているとしか聞かされていなかったのだろう。


「冗談やないで! この二人はな、怪我したククルカンの選手を病院に運ぶために審判に詰め寄ったんやぞ! そんで試合中断の間、暴れとったククルカンの観客を整理しとったんやぞ! それを大使館に行って死んで来いやと! ふざけるのも大概にせい!」


 拳で机を叩きつけて仰木は激怒。

 だが板倉も沈痛な面持ちで三人から視線を反らし続けた。


「昨晩の出来事を、国際竜杖球連盟も問題視しておりまして。瑞穂とククルカン、双方に何かしらの懲罰を課す事を検討しているという報も入ってきています。ですので穏便に済ます為に……」


 一昨年までならこんな事にはならなかったのにと板倉は瞼を閉じて首を横に振った。



 ――瑞穂竜杖球連盟という国内の竜杖球を束ねる組織がある。

 もうずいぶん昔の話になるのだが、渡辺三郎という人物がその瑞穂竜杖球連盟の会長に就任した。

 渡辺は連盟の傘下の団体として瑞穂竜杖球職業球技協会を設立。そこの初代会長に就任した。


 その後連盟と球職業球技協会は長く渡辺が会長を続けて来た。

 理由はいくつもあるのだが、権力を持った人物が舵取りをしないと企業の意向に左右されてしまい、特例を認めさせられるからというのが大きかった。

 それと新しい事を始めると必ず報道が中傷報道をしてくるので、それから組織を守るためというのもあった。


 だが昨年、突如として渡辺は連盟の会長を降りてしまった。

 あくまで噂の範疇ではあるが、長年会長として君臨した渡辺は、徐々に絶対権力者のようになってきてしまい、周囲が渡辺におもねる者ばかりになってしまっていたらしい。

 外向きには渡辺は、組織固めが終わったからと言っていたのだが、内向きには報道の中傷報道が無くなってきたと判断してと言っていた。


 渡辺の後は全く異なる外部の人材に連盟の方の会長を引き継いだ。

 それが武田富三郎という人物で、競竜の雷雲会という会派の会長の一族である。


 この人物が就任してから、競報新聞が露骨に連盟を批判するような記事を書き始めた。

 武田会長の就任初年度には例の荒木に対する中傷報道が発生。結局武田会長は渡辺会長の手を借りて、何とか事態を収めたというような状況であった――



「こういう場合、そう言われても普通は会長が出向いていくもんとちゃうんかいな。自分が可愛いからて、言われるままに下のもん差し出すとか。どないなってんねん」


 ちくちくと文句を言う仰木に、板倉はただただ焦燥した顔で汗を拭くしかなかった。

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