第22話 試合再開
掛布たちが観客の前で愛想を振りまき続けた事で、観客席は完全に落ち着き、さらに徐々に盛り上がりをみせた。
その一方で、なかなか大会本部からの次の放送が無く、顔には出さなかったが掛布たちはかなり焦り始めていた。
ちらりと時計を確認すると、すでに観客を静めに出てきてから三十分以上が経過している。
その間、全く放送が無いのだ。
これだけの長時間、何も場内に放送が無いとなったら、もし掛布たちが出て来ていなければ、間違いなく彼らは暴徒と化していただろう。
どういうわけか場内の実況放送もだんまり。
「なんや本部の奴らずいぶんと遅いな。何をとろとろしとんのやろうな。みんなとりあえず、応援歌でも歌っとこうか! 応援団よろしゅう!」
掛布に促されて、応援団が拡声器を使って応援歌を歌うように合図する。
太鼓を叩くと、観客が一斉に手拍子を始めた。
笑顔に焦りを乗せて掛布が後方を振り返り大会本部を見る。
大会本部には五人の人物がいるのだが、五人が五人とも何やらばたばたと慌てている。
まだ少しかかりそうというのが掛布の印象であった。
応援歌でも間が持たなければ、あとは竜杖を持って来て練習風景でも見せるしかなくなってしまう。
応援団も少し不安そうな顔で掛布を見ている。
荒木たちも一緒に応援歌を歌っているが、時折不安そうな顔で掛布を見ている。
正直そろそろ限界が近い。
応援歌を歌い終わるのを待っていたかのように、放送室から案内が行われた。
掛布たちは口に人差し指を当て、観客に静かにするように促す。
「皆様大変お待たせいたしました。これから大会本部から発表があります。ご清聴をお願いします」
放送員からの案内が行われると、観客席が少し騒然となった。
ところがご清聴をというわりには、なかなか大会本部からの放送が無い。徐々に観客席が苛立てきてしまった。
掛布たちが両掌を観客席に向けて静まるように促す。
集音機がごそごそと音を立てる。
「皆様大変お待たせいたしました。やっとこの試合の裁定が決まりましたのでお知らせいたします」
まず試合は前半二一分時点からの再開となる。
主審は心神喪失と判断し、副審が主審を務める事とする。
前半二一分の荒木選手の得点、これは有効とする。
それ以降に出された大量の赤札、黄札は、これを全て無効とする。
今回の事はこれまで想定されていなかった事例であり、後日正式に国際規約として追加をする方向である。
「ご来場のお客様におかれましては、真にご迷惑をおかけいたしました。間もなく試合再開となりますので、それまで御着席の上お待ちいただけますよう、よろしくお願いします」
大会本部からの放送が終わると、観客席から拍手が沸き起こった。
それを見て掛布たちは一安心で競技場から去っていった。
数分後、試合は再開となった。
荒木の得点で試合が中断したという事になったため、ククルカンからの打ち出しで再開となった。
だが、ククルカンの選手たちは、長い試合中断で完全に集中が切れてしまったようで、明らかに精彩を欠いている。
あっさりと掛布に球を奪われると、原、高橋、荒木の三人が一斉に前進を開始。
掛布から原へ球が渡り、さらに原が荒木に向けて球を打ち出す。
相手の後衛二人は自分も病院送りになりたくないと考えているのか積極的に荒木を守備に来ない。
荒木は簡単に後衛二人を振り切り、竜杖を振り抜いた。
試合再開からすぐの失点に、ククルカンの選手たちは意気消沈。
前半終了間際に荒木はさらに一点を追加。
三対〇で中休憩に入った。
「後半、掛布を交代する。これは懲罰や。お前らが行った事で観客が静かになった。行かへんかったら暴動になって取返しがつかへん事になったかもしれへん。それは俺も認める。そやけど、俺の許可を得んと勝手に行ってもうたんは許さへん」
真顔で掛布の目をじっと見ながら仰木は通告した。
掛布は完全に覚悟のできた納得の顔をしている。
そんな堂々とした掛布の態度に仰木は明らかに残念そうな顔をした。
後半は掛布に代わって篠塚が出場する事になった。さらに前半で落竜している高橋も高木に交代となった。
後半に入っても、ククルカンの選手たちは精彩を欠いたままだった。
高木と篠塚が入り、全体の竜の速度が上がった事もあり、仰木の目指す流れるような攻めを実践練習するような状況になった。
後半七分に荒木が、十一分に高木が、さらに十九分にも荒木が得点を決めた。
そこで荒木に代えて西崎が投入された。
ククルカンもほぼ同時に選手を交代。
だがそこからも状況は変わらず、瑞穂の一方的な試合となった。
試合終了間際に西崎が得点し、最終的に七対〇という圧倒的な点差で試合終了。
試合が終わる際には両軍の選手が一列に並ぶのだが、そこに掛布の姿は無かった。
仰木が出る事を許さなかったのである。
試合後、呑みに行こうと言った原に新井、島田、高木、荒木、彦野が手を挙げた。
「これ恐らく掛布さんは離脱だな。村田さんも離脱だろうし、監督、だいぶ計画が狂っちまっただろうな」
酒が入ると島田がそう言った。
国際大会というのは最初に出場選手を登録しないといけない。
大会期間中、選手は限られた機会にしか変更ができない。その限られた機会というのは、一次予選の直前、予選の中間、一次予選と二次予選の間、大会直前。
ただ、怪我などで選手が出れなくなる時というのはある。そういう突発的な事象に対処するために『予備選手』というものがいる。今回であれば若松たちの事である。
ただし、予備選手もあくまで交代で、離脱はいつでもできるが、補充は予選の中間と大会直前にしか行えない。
前回国際競技大会の予選で荒木が抜けた際、連盟は荒木をそのまま予備選手にしておいた。予選の中間で予備選手だった北府球団の星野と荒木を交代した。そのせいで荒木を出せと言われる事になってしまった。
「しかし、村田さんもツキが無いよな。やっと掴んだ瑞穂代表の先発だってのに。たった一試合でさよならだなんてなあ。しかも年齢的に次は絶対無いだろうし」
普段なら絶対に新井はこんな事を言わなかっただろう。
だが、念願の背番号六だと嬉しそうな顔で酒を飲んでいた姿がつい数日前の出来事なのである。
さすがに皆その時の笑顔を鮮明に記憶している。
なんとなく皆が弔いかのように無言で麦酒を喉に流し込んだ。
「今日は反省会じゃなく打ち上げですよ。村田さんや掛布さんの話よりも、七対〇で勝ったみたいな話をしましょうよ」
原にそう促され、新井も島田もそれもそうだと言って静かに笑った。
「しかし、七対〇って。毎年うちらは一次予選から皆勤賞だけど、これまでそんな点差で勝ったって聞いた事無いよな。何となくだけど、もしかしたらもしかするかもな」
高木が嬉しそうな顔で言うと、そこから飲み会は徐々に盛り上がっていった。
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