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竜杖球 ~騎手になれなかった少年が栄光を手にするまで~  作者: 敷知遠江守
第四章 騒動 ~代表時代(前編)~
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第21話 荒れる球場

「ぐあぁぁぁぁぁ!!」


 得点を決めた荒木の後方から獣のような雄叫びが轟いた。

 何事かと思い周囲を見渡すと、相手の守衛が幽霊でも見たかのような恐怖に満ちた顔で荒木の後方を見ている。

 ゆっくりと竜の向きを変え、後方に視界を移した。


 するとそこには、目を背けたくなるような光景が広がっていた。


 先ほど荒木の竜を竜杖で殴って来た選手が竜から落ちて地面でのたうち回っていた。

 その右肩には折れた竜杖が突き刺さってしまっている。その刺さった竜杖を中心に競技着がじわりじわりと赤く染まっていく。


 のたうち回って横を向いた時に、竜杖が体を貫通してしまっているのが見えた。選手の血で地面の草も赤く染まっている。かなりの血が流れている事が見て取れる。


「アンパイア! コール! アンビランス!!」


 ブリタニス語で救急車を呼べと原が叫んだのだが、審判は完全に頭が真っ白になっているようで、無言で落竜した選手を見続けてる。

 ククルカンの選手も審判に何やら叫んでいるが審判は呆然としたまま。


 慌てた荒木は審判に駆け寄り、審判の前でパンと手を叩いた。

 すると審判は荒木の顔を見てはっとなり、荒木に赤札を提示したのだった。


 その意味のわからない裁定に、瑞穂代表選手が一斉に集まって来る。

 だが、掛布と主将の原がそれを制した。


「コール! アンビランス! ミデアテリ!!」


 原が精一杯のブリタニス語で早急に救急車を呼べと審判に訴えかけた。

 すると相手の主将も審判に詰め寄り、全く同じ事を訴えた。


 審判は首を左右に振り、驚く事を口にした。


「ノ……ノ、プロブレム」


 「問題無い」と言う審判に相手の主将は審判の胸倉を掴み、「殺す気なのか!」と凄んだ。

 すると審判は相手の主将にも赤札を提示。激怒した原がその赤札を奪い、地面に叩きつけた。


 高橋と相手の選手がそれぞれ救護班を竜に乗せ、全力で負傷した選手に駆けつけた。

 主審の許可なく救護班が競技場に入った時点で試合は完全に壊れてしまった。


 負傷した選手の状況に高橋はかなり驚いた。

 出血によって気を失っており、体が痙攣しており、かなり危険な状況だったのだ。


 かなり最初の段階で石嶺は秋山を呼び仰木監督の下へ向かわせ、救急車を呼ぶように要請。「そんな勝手な事はできない」と仰木は言ったのだが、「審判の様子がおかしいようだから念のため」と秋山は強く要請した。


 それでも仰木は筋だけは通すべきだと、大会本部へ連絡し、そこから救急車を要請してもらった。

 これは本来は試合前の調整練習で選手が怪我をした時の手順である。だが仰木はその際に、今倒れている選手が危険な状況と伝えた。

 この段階でやっと大会本部は主審が正気を失っている事に気付いた。


 救急車を要請すると、大会本部の実行委員は連絡用の竜に乗り、すぐさま競技場へ向かい、主審の下へと向かった。

 選手に詰め寄られ「問題無い」を連呼する主審に、実行委員は即座に退場を命じた。

 さらに両軍の主将に「間もなく救急車が来るから、どうか落ち着いて欲しい」と伝えた。


 するとククルカンの主将は「ここにいる両軍の五人に赤札が出されているのだが、それはどうなるのか?」とたずねた。

 その言葉に実行委員はぎょっとした。


「少し規定を確認するから試合は中断とさせて欲しい」


 そう言って実行委員は両軍の選手に一旦競技場から出るように促した。


 事態が何もわからず、観客席から怒声が浴びせられている。

 紙のコップや応援の手拭いなど、次々に競技場に投げつけられている。

 さらに競技場に乱入しようとした人が警備員に取り押さえられている。


 このままでは大騒動に発展しかねないと感じた実行委員は大会本部へ連絡し、事のあらましだけを取り急ぎ放送してもらうように依頼。さらに試合再開まで少し時間がかかる旨も放送して欲しいとお願いした。


 負傷した選手は竜杖が突き刺さったまま、仰木が呼ぶようにお願いした救急車で病院に救急搬送されて行った。


 一旦控室に戻った選手たちだったが、戻ってすぐに協会職員から「観客が暴動寸前」という報告を受けた。

「どうしようもない」「大会本部の不手際」と仰木は冷静に言い放った。


 だがそんな仰木に苛立った掛布が席を立った。


「おい、荒木、彦野、来いよ。観客に挨拶に行くぞ。秋山、高木、お前らも来い」


 呼ばれた四人が立ち上がる。


「あほか! 今競技場に行ったら、観客にどついてくれ言うようなもんやぞ! あかんあかん! この後も試合はあんねんぞ! くだらん事で体力を使うなや! 怪我でもしたらどないすんねん」


 左右に首を振り仰木は掛布たちを制した。だが掛布はそんな仰木を睨みつける。


「下手こいたような運営やぞ。任せといたら観客に怪我人が出てまうやろうが! そしたら新聞に竜杖球の悪口が載る事になるやろが! そうなってみ。観客動員が下がってまうやんけ!」


 吠えるように言うと、掛布は乱暴に扉を開け控室を出て行った。

 荒木たちも掛布に次いで控室を出て行く。さらに新井も続いた。


「ええか。こっからは何があっても笑顔を絶やすなや。殴られても、罵られても、ずっと笑っとれ。ええな」


 真顔でそう言うと掛布は笑顔を作って荒木たちを見た。

 荒木たちもそれに倣って笑顔を作る。


 各々控えの竜に跨り、ゆっくりと競技場へと竜を歩ませた。


 競技場は完全に暴動の様相を呈してしまっている。

 あちこちで物が宙を舞い、観客が競技場に入り込んでしまい走り回っている。

 警備員を殴りつけている者もいる。

 競技場で喧嘩をしている者すらいる。

 その多くはククルカン人であり、瑞穂人女性の髪を引っ張って暴行しようとしているククルカン人も確認できる。


 掛布を先頭に、荒木たちは悠々と競技場を練り歩いていく。

 選手たちが出てきた事で、観客席はいくぶん落ち着きを取り戻したように感じる。

 それでもククルカン人は構わず大騒ぎしており、そんなククルカン人を瑞穂人が取り押さえようとしている。


 一人のククルカン人が駆け寄って来て、彦野の竜を蹴りつけて逃げた。すると新井が笑顔のままそのククルカン人を追いかけ、竜に乗った状態で後頭部を思い切り蹴りつけた。

 ククルカン人が警備員に取り押さえられたのを確認して、新井は元の隊列に戻る。


 さらに殴り合いの喧嘩しているククルカン人と瑞穂人のところに、荒木と高木で向かう。

 先に荒木が二人の間に竜を進ませる。


「観客席に帰りましょう」


 そう荒木が言うと、瑞穂人は大人しく頷いて帰ろうとした。だがククルカン人がその瑞穂人の背を蹴りつけた。

 再度喧嘩になりそうなところを、荒木が瑞穂人の奥襟を引っ張り、高木がククルカン人の背を蹴りつけた。

 そこに警備員がやって来て、ククルカン人を取り押さえた。


 掛布が観客席の応援団に近づき、拡声器を借りた。


「みんな、もう少し大人しう待っててや! 偉い人が色々どうするか考えてくれとるからな」


 そう掛布が声をかけると観客がどっと沸いた。


「やんちゃするようなやつはしばき倒してもええけども、やり過ぎたらあかんで。ほどほどにな」


 のんびりした口調でいう掛布に観客は笑い声と拍手で答えた。

 観客を落ち着かせるために、殊更ゆっくり喋っているらしい。


「みんな暇しとるやろ? そう思て、新しく代表に呼ばれた若いのを連れてきたったで」


 そう言うと、掛布は荒木たちを観客前に並ばせて、一人一人観客席に紹介していった。

 徐々に徐々に観客席は落ち着きを取り戻し、暴れていたククルカン人も警備員につまみ出されていったのだった。

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