第七話 認識
「本当に来たんだ、入学通知書……」
操太は、自宅の机の上に置かれた封筒を見ながら、絞り出すように呟いていた。そして、天井しか見えないのだが、まるで遠い空でも見るかのように天を仰いだのだった。
「現実逃避していないで、これからどの様に動くつもりなのか、聞かせてもらおうか」
実は、この部屋にいるのは操太一人ではなかった。和室の中央に置かれた机には操太を含めて、三名が席についていた。
空栗家現当主である空栗壮真、その妻である空栗夜ツ葉は、操太を前に、その問いに対する返答を黙って待っている。
「どうするもこうも、都来莉が仕組んだ事を、僕がひっくり返せるわけないでしょ」
空栗家も一型家同様に古き家柄であり、本家と分家には明確に意識の差があった。そして操太は、空栗家の分家から本家へと養子縁組された子である。
本家の人間になったとはいえ、本家当主とその婿養子では、普通はそこに超えることのできない壁があってもおかしくない。
「まぁ、そうだな!」
「そうよねぇ、こうなったら仕方がないか!」
「軽ぅ……なんでそんなに笑顔なのさ……」
しかしこの三人の間には、そう言った類の壁は一切存在していなかった。何故なら、事故死した操太の両親と空栗家現当主夫妻は、夫婦揃っての親友同士であったからだった。
壮真と夜ツ葉には、壮真の二つ歳下に双子の兄妹を授かっていたが、操太の両親が亡くなったとの一報を得た時には、即座に操太を本家の養子に迎える様に動いた。
空栗家に連なる家系であるものの、分家の息子を本家の養子に迎えることは異例中の異例である上に、本家には既に跡取りとなる子もいたのだから、そもそも操太を養子にする理由がない。
しかし、それでも夫妻はそれを強行した。分家の身でありながら、本家の操り師を凌駕する才能を操太が持つ事を見抜いていた二人は、このまま操太が他の分家へと引き取られた場合には、使い潰されるか政争の道具として扱われ、最悪の場合は殺されるであろうことを、揃って予期していた。
そしてそれ以上に、本家と分家の身分を超えた友情を育んだ親友のたった一人の忘れ形見を護りたいと強く思ったからだった。
親友の訃報を受け取ってからの二人の行動は、とても早かった。夜ツ葉は、すぐさま操太の身柄の確保に走り、壮真は当時の当主である実父に対し、当主の座を譲るように迫った。
当主の座を〝お願い〟した訳ではなく、渡せと強引に迫ったのだ。まだ三十代半ばであった壮真では、実父である当主からその地位と権力を得ることが出来なければ、間違いなく操太を本家の養子に迎えることは不可能であったからだ。
元より操太が頭角を現すまで、操太の実父と壮真は繰り師の腕前が、歴代最高という評価を分け合っていた程であり、柔らかい物腰とは裏腹に本家の長として必要な政治力を備えていた。
壮真の父とて、その実力を認めていたが、あまりにも性急に事を運ぼうとする息子に苦言は呈しつつも、その要求自体は拒否する事なく、スムーズに隠居する事を決断した。
後に先代空栗家当主である空栗壮矢は、壮真からスムーズに当主の座を明け渡してくれた事に対し礼を述べられた際には、こう返したと言う。
〝拒否したら、お前は即座に私を殺していたのだろう?〟
その言葉に、躊躇することなく壮真は、微笑みながら頷いただけだった。一切否定する事なく、それを肯定したのだ。
「空栗家としてさ、勇者養成学園なんてところへの入学もそうだけど、そもそも都来莉との婚約を破談に出来ないの? これ、結構お家の一大事だと思うんだけど」
「親友の息子が、婚約したんだぞ? お祝いの言葉以外に発する事が、あるだろうか?」
「否! ないわね! 婚約おめでとう!」
「なに、その無駄に連携してくる夫婦芸……」
実際のところ、言葉通りに祝うしかない状況ではあった。
いくら操り師の家系の元締めである空栗家であったとしても、一型家とは家の規模から格といったものまで、比べられるものでないほどの差がある。
一型家の本分が人形作りであり、それを操る一族として、ある意味では他の一族よりも深い縁があるとは言えるが、現代においては一型家において空栗家の存在は、それほど関係性としては重要視されていない。
そんな状況において、一型家の姫が、操太を婚約者とすることを自身のして一族を敵に回しかねない正式な契約書を用いてまでして、強行したのだ。
誰がどのように見てもと、間違いなく都来莉は操太を異性として愛情を向けていると、普通は気づくだろう。
ただ一人、当の本人が朴念仁なのが悪い。
壮真も夜ツ葉も、都来莉の想いを、本人を差し置いて操太に伝えるほど野暮ではない。だからこそ、想いは一致している。
「ただ、腹は立つな」
「ただ、腹が立つわね」
「そうなんだよ、今回に関しては流石に都来莉のわがままが過ぎ……」
「お前に腹を立てているんだ! 馬鹿野郎!」
「貴方に腹を立てているのよ! このおバカ!」
「ハモリで怒られた!? なんで!?」
都来莉の直属の従者である路次から、今回の事の詳細を聞かされている二人は、それはもう都来莉が気の毒でしょうがなかった。
そして、二人は操太の実力を誰よりも知っている。
さらには、操り師としても非常に優秀な二人は、操太のすぐ後ろに背後霊のように佇んでいる見慣れない魔導人形が、自分の想像を超えるモノなのだということも、操り師としての本能が告げている。
何故なら、操太がソレを連れ帰ってきてからと言うもの、屋敷の敷地内にソレがいると言うだけで、二人の背中は冷や汗で濡れない日などなかったのだから。
「操太、お前も立派なもう漢だ。責任の取り方は、わかってるな」
「責任をとるような事を、全くしてないんだけど?」
「貴方、誠意ってなにかしらね」
「いや、だから誠意を示さなければならないこと、何もしてないんだけど?」
「そんな異常な程に重い想いが詰め込まれた人形を渡された時点で、十分に責任取らなきゃならん案件だバカタレぇ!」
「貴方、このままだと近い将来刺されて死ぬわよ! 覚悟決めて、漢をあげてきなさいよ!」
「えぇ……」
操太は、しっかりと育ての親からも、婚約と入学の件に対して了承を得たのだった。
そして、運命の日は訪れる。
「はぁ……なんで操り師が、人前に出なきゃいけないんだよ」
勇者育成学園入学式において、操太は盛大にため息を吐いていた。
「こんな貧弱者は、真っ先に俺様が脱落させてやるよぉおおお!!!」
入学早々に、学園の生徒に絡まれたからだった。