第80話 8日目の朝
8日目の朝は自然と目が覚めた。体を伸ばしつつ窓の向こうを見やると、雲が空を薄く覆っている。
雨が降るかもしれないな――と思ったところでドアをノックする音が響き、筋トレが始まった。
20分程の筋トレを終えた後軽くシャワーを浴びて、身支度を整える。
クラウスに会う事を意識した白のブラウスに薄灰のベスト、グレーのズボン、そして髪を括る白のリボン。
「帰ってきたらすぐリボンを替えますね。クラウス様に会う時はともかく、普段は婚約リボンを身に付けておかないと……」
そうセリアに説かれながら鏡台の上に置かれた黒の婚約リボンを見やる。
やっぱり何か微妙に禍々しい圧を発している。
後でそれを身に付ける事を億劫に思いながら、身支度を終えて部屋を出ようとした時、セリアが持っている白い紙袋が視界に入った。
「セリア、その紙袋何が入ってるの?」
「昨日アスカ様が着ていらした服です」
覗いてみると、綺麗にたたまれた薄灰のワンピースが入っている。
セリアは私が授業を受けてる時以外、朝から晩までほぼ私につきっきりなのにそれ以外の時間でこういう細かい仕事をこなしてるのは本当にすごい。
「セリアは今からドレス探すんだっけ……?」
『はい。要はここを出る時のドレスが皇城のドレスだと周囲にバレなければいいのです。ドレスルームにあるドレスは多くのメイドが目にしてますから、倉庫に収められてる物の中に良い物がないか探してみます』
待ち合わせ場所である皇城前に向かいながらセリアの予定を確認すると、テレパシーで返ってきた。
人通りが少ない通路でも万が一聞かれる事がないように、という配慮だろう。
「……そう言えば、何であんなに皇城にドレスがあるの? ツヴェルフの為とはいえ、数が多すぎるでしょ?」
ここに来た日のパーティーに出る前に見たドレスの山を思い返す。
皇族の女性がたくさんいる訳でもなさそうなのに、何であんなにドレスがあるんだろう?
『あれらのドレスは、これまでのツヴェルフの為に貴族達が贈ったものです。ツヴェルフが亡くなる際、子息が引き継がなかった遺品は全て皇家に寄付される事になっていますので。ドレスルームに入りきらないドレスや装飾品は、全て倉庫に収められています』
なるほど――そういう理由ならあれだけ大量のドレスが収められてるのも納得できる。
誰かの遺品、と言われるとあまり良い気しないけど。
『もし倉庫に歴代のセレンディバイト公がツヴェルフに贈った黒のドレスが1つでも保管されていれば、寵愛ドレスとして代用できるかもしれません』
予想通りやっぱり色は黒に限定されるようだ。
そしてセリアがお腹に手を当てている様子を見て、チクりと胸が痛む。
私は婚約破棄される事は無いと思ってるし、赤っ恥かいてもいいと思ってるけど、セリアは色んな可能性を考えて胃を痛めつつ、私にあまり心配させまいとしてる。
そんなセリアの胃痛を和らげる言葉が思いつかないまま城の前に着くと、既に白馬車が止まっていた。
昨日城に送ってもらった時と同じ御者にホッとしつつ、セリアから白い紙袋を受け取って馬車に乗り込む。
「おはよう」
「ピィ!」
クラウスと、クラウスの横に座ってるピィちゃんが同時に挨拶する。
「おはよう。ピィちゃん元気になったの? またちょっと大きくなったわね」
クラウスに向かい合うように座り、ピィちゃんに笑顔を向ける。
遺跡で会った時は片手に収まるくらいだったのに、今は両手でギリギリ持てるくらいに大きくなってる。
今持ったら遺跡の時よりずっと重みを感じそうだ。
「そう言えば……セリアがピィちゃんの事、クラウスが飼ってる魔鳥じゃないかって言ってたんだけど……魔鳥って糞とかしないの?」
「それ言われて気にするところ、そこなの? ……大丈夫だよ。こいつは普通の鳥とも魔鳥とも違う。食事も排泄もしない」
少し呆れたような顔をしたクラウスが説明してくれる。
鳥とも魔鳥とも違う――そもそも魔鳥ってどんなのかも知らないけど――となると、ピィちゃんは一体何者なんだろう?
「へぇ……あ、もしかしてペイシュヴァルツみたいな使い魔なの?」
主人に仕える使い魔、と考えるとピィちゃんがクラウスに纏わりつくのも理解できる。
「使い魔……?」
「違うの?」
怪訝な眼差しと疑問形の問い返しを受けて率直に聞き返すと、クラウスは軽いため息をついて肩をすくめた。
「……まあ、ペイシュヴァルツみたいなもんだよ。こいつも」
「やっぱり……って事は、ちゃんとした名前もあるの?」
「ピィちゃんでいいんじゃない?」
興味無さげに返すクラウスにちょっとイラっとしたので力説する。
「駄目よ。ちゃんとした名前あるなら、そっちで呼ばないと。ねぇ、ピィちゃん?」
「ピィ!!」
私に同意するようにピィちゃんがけして大きくない両翼を広げて大きく鳴いた。
「……ヴァイス」
「……え?」
「ラインヴァイスが、そいつの名前……」
小さく動いたクラウスの口に聞き入るように耳を寄せると、渋々と言わんばかりの表情で呟く。
「へぇー、ラインヴァイス! カッコいい! じゃあ改めてよろしくね、ラインヴァイス!」
ピィちゃん改め、ラインヴァイスは名前を呼ばれてちょっと照れているように見えた。
「ところでクラウス、何で今までラインヴァイスの事言わなかったの?」
「だってそいつ、醜いし……弱いし、何もできないし……」
「……そっか」
けして醜いとは思わないけど、ペイシュヴァルツと比較すると、乗れそうにないし戦えそうにないしで圧倒的力不足な印象を受ける。
あっちは超有能な使い魔を持ってるのに自分は――と思うその気持ちは、素直に理解できた。
落ち込むクラウスに合わせるかのように、ラインヴァイスもしょぼんとしている。
「……クラウス、ラインヴァイスはきっと今、成長期なのよ。この間会った時より大きくなってるし、色だってちょっぴり薄くなってるし。まだまだ望みはあるわよ」
「そうかな? 言われてみれば少し大きくなった気はするけど……」
「でしょ? 大きくなるって信じなさいよ。私も信じるから」
クラウスはじっとラインヴァイスを見据えて呟く。
普段あんまりラインヴァイスを見てないんだろうか? 明らかに大きくなってるのに。
「……あ、そうだ、これ昨日借りた服」
手に持っていた紙袋をクラウスに手渡すと、クラウスはそのまま自分の横に置く。
「……指鳴らしてパッと消さないの?」
そう言えば魔法教本にこの魔法も記載が無かった。
あの人もクラウスも簡単そうに使ってるけど、これも上級魔法なのだろうか?
「あれはそこそこ魔力を使うし、制約もあるからね。持ち運びの邪魔にならない物には使わないよ」
「あの魔法ってどういう仕組みなの? 遠くの物を引き寄せるの?」
「勝手に付いてくる見えない収納棚から出し入れする感じかな……遠くから引き寄せてる訳じゃない」
クラウスの説明は予想してた物とは少し違ったけど、そういう仕組みなら身を隠したい時に使えるかもしれない。
「……それって、人も収納できる?」
「生死を問わないなら可能だけど」
残酷な話になる事を嫌ったのだろうか? クラウスは少し表情を曇らせて、話題を変えた。
「アスカ、昨日色々あって君に話しそびれたんだけど、一昨日皇城の書庫の奥の部屋に入って分かった事がある……今日は眠気、大丈夫?」
「大丈夫よ」
昨日は夜更かししなかったから、全然眠くない。
それにとても大事な情報が手に入りそうな時に寝てなんていられない。
気合いを入れてクラウスを見つめる。
「まず、ダグラスが君に伝えた事は間違ってはいない。だけど、君に意図的に伝えてない事がいくつかある……まず、当時のツヴェルフ達をル・ターシュに転送したのは今の神官長だ。40年前に地球から召喚したのもこの人だ」
「え……」
40年も前の事だから、てっきり別人だとばかり思っていたけど――まさか塔で出会った年配の男性だったとは。
「そしてル・ターシュからは3年に1度、ツヴェルフを召喚していたらしい。周期が変わってなければ次に召喚・転送できるのは、約1節後……緑の節の5日。そこを逃したら次のチャンスは3年後になる」
1節は地球の1ヶ月――思ったより早いチャンスに、強い希望が芽生える。
この世界に召喚されて、厄日が続いて、神様なんていないと思ってたけど、私のあまりの不運を見かねて手を差し伸べてくれたのかと思わせるくらい、私の脳内に眩しい光のシャワーが降り注ぐ。
1ヶ月で地球に帰れるなら、仕事はともかく貯金はそこそこのダメージで済む。
ここでいくら汚名をかぶろうとも、恥をかこうとも、1ヶ月の我慢と思えば甘んじて受けられる。
帰れるんだ――――地球に。




