第74話 彼女が燃え盛った原因
この世界に来てから1週間――その間に地球に帰る方法や情報が順調に見つかってる事で楽観的になっていた中、気にしないようにしてた問題を突きつけられて言葉に詰まる。
「その時は……」
もし今調べてる方法で帰れるのが2~3年後とかだったら、ダグラスさんの条件を飲んで彼の力を借りて帰る方が早いかもしれない。
というより――数年間も白の魔力が器に満ちる事を引き延ばせるとは思えない。
歓迎パーティーの時、彼は子づくりをそんなに急いでないように見えた。
だけど、昨日の彼は――彼の眼は、私と1日でも早くそういう関係になれる日を待ち望んでるように感じた。
この一週間で彼のその辺りの心境が変わってしまったのは事実だろう。
正式に求婚を受けてしまった今、引き延ばせても2、3ヵ月くらいが限界じゃないだろうか?
2、3ヵ月で地球に帰れたら、会社一つ無断欠勤でクビという傷こそ残るけどまだ立て直せる。
その期間の家賃水道光熱費の引き落としに耐えられるくらいの貯金もある。
だけど2~3年の行方不明は重い。
家賃以外にも年金、保険、税金――年月が重なれば重なるほど、帰りづらくなるのも事実だ。
もし仮に彼の条件を飲んで、2人の子どもを産んだ後――何の問題もなく地球に帰る事ができるようになった時、私は、今の私と同じ事が言えるだろうか?
「……アスカさん?」
思考がそれていた所を、アンナに引き戻される。
「その時は……その時じゃない? 私だって、何年もこの世界に長くいたら流石に適応していくわよ。実際、『帰れるのは40年後です』って言われても困るから今もっと早く帰れる方法を必死で探してる訳だし」
結局、そうとしか言えない。
いくらこの世界で生きていけないと言っても、地球で生活を立て直せる間に帰れそうになかったら、この世界で生きていくしかない。
「2、3か月……半年……1年以内に帰れるかもしれない。少なくともその可能性が無くならない間は、私はこの姿勢を貫くわ」
「……そう、ですか」
アンナはそう言ったきり俯いて黙り込む。
よし――こっちの流れに持っていくチャンスだ。
「……後、優里も言ってたけど、私も好きじゃない男の事でアンナと険悪になるのは嫌よ。アンナの返答を伝えた後は一切アシュレーと話さないようにするから、アンナの返事……聞かせてくれない?」
ようやく話を本筋に戻す事が出来てホッと胸をなでおろしながら、アンナの言葉を待つ。
「……私、怖いんです。私も、アスカさんの言う通り、アシュレーに裏切られるのが怖い。今、アスカさんに言われて、私より先にアシュレーが死ぬ可能性もあるんだと気づいて、凄く怖い……」
先程のような強気の態度から一転、弱音を吐きだしたアンナはポツリポツリと語りだした。
「それに……ここ数日、嫉妬する気持ちやカッとなってしまう気持ちにつられて、自分が自分でなくなってしまいそうな感覚があって……でも、アシュレーの傍にいたら落ち着いて、心地よくて……これが魔力の影響なんだろうなって事も、何となく分かってました」
ベッドのシーツを握りしめるアンナの手に、グッと力がこもる。
「でも、段々、アシュレーと離れたくないのが魔力のせいなのか、そうじゃないのか分からなくなってきて……!」
全身を震わせて、必死の形相で呻くアンナの目がどんどん潤んでいく。
その気持ちは少し分かる。アンナ程じゃないとは言え、あの魔力に飲まれる感覚は私も体験してるから。
「でも、それでも私、アシュレーの傍にいたいんです……!! 何が壊れてもいい、この感情が嘘でもいい、彼の傍に、一番近くにいたいって思ってしまうんです……!!」
涙を零し、苦しそうに言葉を吐き出すアンナを見て、思う。
(ああ、私はここまで狂おしく想える程、彼の事が好きだっただろうか?)
頭に過ぎるのは、ここに来る直前にフラれた恋人の事。
「好き」だったのは間違いない。好きだったからこそ、失恋が辛かった。
彼の別れを告げる言葉に傷ついた私は間違いなく、彼に恋をしていた。
心に空いた穴の中には、確かに愛と呼べるものが詰まっていたはずだ。
でも――アンナがアシュレーを想う程、激しい恋じゃなかった。
彼の為に理性を失えるくらい、誰かを傷つけても構わないと思えるくらい、彼に恋い焦がれた事は無かった。
自分の人生を守る事を優先出来るくらいの、自分の心と体を守れるくらいの、穏やかな恋だったし、それが無くなっても生きていける程度の愛だった。
その愛を、大切にして生きていける自信はあったのだけど。
彼はこの穏やかな恋に飽きたんだろうか?
それとも、アンナのように激しく身を焦がすような恋に溺れたんだろうか?
今更それを考えても、もうどうにもならない――そして、私が大切にしてた恋がアンナの恋に劣ってるとも思ってない。
ただ、抱いた恋や愛の種類が違っただけだ。
ただ――そこまで想える人間に出会えた事を少しだけ羨ましい、と感じる自分の心に、そっと蓋をする。
「……アシュレーやアシュレーの家族の傍にいれば、アンナの中にある魔力は安定するんだって。子ども産んで器の中の魔力が空になった時、答えが出るんじゃない?」
魔力の影響で燃え上がってるだけなのか、本当に狂おしく想う程の恋をしているのか――アンナの本当の気持ちが分かるのは、彼の子どもを産んだ時。
「……それで、もし、私がアシュレーの事が好きじゃないってなったら? 途中でアシュレーが心変わりしたら……?」
アンナは弱弱しく呟く。
嘘でもいいと思っている感情が本当に嘘の感情だった時に出す答えは、きっと私とアンナで違う。
「だから……その時は、その時じゃない? アシュレーの事が好きじゃなかったら、また別の出会いを探せばいいし、この世界で恋以外の楽しみを見つけてもいいし……あ、もし私がこの世界にいる間にアシュレーが心変わりしたら一緒に殴りに行くから教えてね?」
「今もさっきも、その時はその時って……アスカさんって結構いい加減ですよね?」
「未来の話なんてそうとしか言えないでしょ?」
アンナは呆れたように苦笑いしている。
その眼にもう敵意を感じない。ホッとしながら苦笑いを返す。
「しかも、何でアスカさんがアシュレー殴りにいくんですか……?」
「だってアイツ、アンナにプレゼントしたいとか、婚約リボンの渡し方とか、キスした後どうしたらいいかとかまで私に聞いてきたのよ? ありえなくない? 人にそこまで聞いておいてあっさり心変わりされたら、流石に一発殴りに行きたくなるわよ」
本当は全部バラしたかったけど、明日のアンナの誕生日にアシュレーがサプライズしようとしてる事だけ伏せておく自分はつくづくお人好しだと思う。
「……そう! それです!! アスカさん、アシュレーに何言ったんですか……!?」
「え?」
突然アンナの目が見開き、両肩を掴まれ詰め寄られる。
「アシュレー、いつも別れる時にキスで終わるんです……! 部屋に誘ってもいつもキスで終わるから、昨日、勇気出して何故か聞いたら、『だってアスカが駄目って……』って呟いて去っていって……その前の、一昨日のやり取りだって何話してたか聞いても頑なに教えてくれなかったし、私、頭が真っ白になって……!!」
「ちょっと待って!? 私そんな事言ってない!!」
突然の問題発言と濡れ衣に、私の頭も真っ白になる。
「でも、アスカさん絶対何か言ってます……! アシュレーが嘘をつくはずありません!」
確かに、アシュレーが嘘をつくとは思えない。何かを誤解してる可能性が高い。
誤解があるとしたら一昨日の――あの雨が降る中でのやりとりだ。
アンナに詰め寄られ、必死に思い返す。
プレゼントの話、婚約リボンの話の後の、キスの話。
あの時、アシュレーは確か――
――地球の女は口づけした後、どうすればいいんだ? そのまま抱いていいのか?――
――わ、私まだ一度も抱かれた事ないから、無理矢理は駄目って事くらいしか――
――思い当たる節は、これしかない。
「……私、キスをした後そのまま抱いていいのかって言うアシュレーに対して、無理矢理は駄目って事くらいしか分からない、みたいな事は言ったわ……あいつ変に素直なところあるでしょ? だからそれを律儀に守ってるのかもしれない」
私の言葉に、アンナは愕然とする。
「え……じゃ、じゃあ私がはっきり『抱いて』って言わなきゃ駄目なんですか……?で、でも女性が自分の部屋まで誘ってるんですよ……? 普通、察しませんか……?」
弱弱しく紡ぎ出す言葉には全力で共感する、けど。
「普通は察するけど、アシュレーだから……あ、でも、あいつ、今のアンナの魔力量だとまだ子ども作れない、って言ってたから今の時点ではっきり誘っても駄目だったかも」
それでも、その時は『だってアスカが』なんて言葉は出さなかっただろう。
「そ、そうなんですか……」
追い打ちをかけてしまったのだろうか、アンナはガックリと肩を落とす。
ようやくアンナが私に食って掛かる理由が分かった。一昨日、私がアシュレーに引き留められる構図の誤解が解けていなかった事に加えて、昨日アシュレーからそんな風に言われていたなら、魔力の影響がなくても心穏やかじゃいられなかっただろう。
「でも、今の状況だとアンナから誘うしかないわよね……壁ドンとか床ドンとか、強引なシチュエーションが無いって、ちょっとさみしいわよね……」
嫌がってるのを無理矢理――とは全く違う、いわゆる好きな人や憧れの人に一度はされてみたい、ちょっと強引な胸キュン展開もアシュレーの中では『無理矢理』のうちに入ってしまってるのかもしれないと思うと、人の夢を潰してしまったかのような罪悪感に襲われる。
「い、いえ、私はけして強引にされるのが好きって訳じゃ……」
「でも……自分から抱いてって言うの、勇気いるでしょ? 私が変な事言ったばっかりに変な状況になっちゃってごめんね、アンナ……!」
深々と頭を下げて謝る。いや、これだけで私の気が収まらない。
椅子から立ち上がり、速やかに床に土下座する。
「ぷっ……」
アンナの吹き出す声に顔を上げると、アンナがお腹を抱えて笑っている。
「やだもう、アスカさんって、本当に不思議な人! ふふふ……!」
久々に、アンナが明るく笑う姿を見られた気がした。




