第73話 好きな人を語る時は
「……ねぇ、セリアからアンナに説明してくれない?」
アンナの部屋の前に着くまで、彼女といかに穏やかに会話を終えられるかを考えた結果、それが最善の方法だと結論付ける。
「それは構いませんが、私達は主がいない場所で主以外のツヴェルフと会話する事は原則禁じられていますので、アスカ様には傍にいて頂かないといけません」
「……分かった」
嫌なルールだなと思ったけど、私が頼まれた事なのに全部セリアに任せて自分は部屋の外――なんて訳にもいかないわよね。
ノックして応答を確認した後、部屋に入るとベッドで身を起こし、ジャンヌから水を貰うところだったアンナと目が合う。
「アスカさん……?」
良かった。落ち着いてはいるようだ。
「アンナ様、僭越ながら申し上げます。ネーヴェ様によると、アンナ様にこれ以上アシュレー様の魔力が注がれるとマナアレルギーを発症される可能性が高いとの事です。そこで……」
セリアが一礼して説明を始めたのに、アンナは私の方を凝視している。
「アスカさん……嬉しいですか? 私が、マナアレルギーになったら」
「何で? 私、アンナが苦しむのは嫌よ」
なるべく黙ってようと思ってるのに、アンナは黙ってる事が難しい言葉を言ってくる。
その問いに対して素直な気持ちを述べても、アンナの顔が綻ぶ気配はない。
「慰めは結構です……どうせ私なんて地球でも、この世界でも、役立たずなんです……」
さっきは叫んで、今はいじけて――アンナの機嫌を取るのがちょっと面倒臭くなってきた。
「この世界ではアシュレーに愛されてるじゃない」
「でも、マナアレルギーになったら、もうアシュレーに会えない……!」
「その事なんですが、アシュレー様から『自分が傍にいれば魔力が安定するからアンナ様に自分の家に来てほしい、アンナ様は今後どうされたいのか確認してきてほしい』と言われまして……」
セリアはアンナの不安を払拭する言葉を分かりやすく伝えてるのに、何故かアンナは私から視線を外さない。
「……それをどうして、アスカさんが伝えに来るんです? 先に手を出した私がこうなったから、アシュレーは仕方なしに私と子づくりするって事ですか……? 勝利宣言しに来たんですか……?」
何で今のセリアの説明でそんな発想になるんだろう――という疑問より前に、面倒臭いという思いが先行する。
「あー、もう……!! アシュレーは自分が説明してアンナに気を使わせたくないし、そもそも辛そうなアンナ見ちゃうとさらっちゃいそうになるんだって! だから自分に着いてきてくれるかどうか聞いてきて欲しい、ってたまたまその場にいた中で会話した事がある私に頼んだけよ!」
「えっ……」
「アスカ様、落ち着いて……!」
ここでセリアの制止に心落ち着ける事ができてれば良かったんだけど――私の中に溜まっていた言葉がついに喉からあふれ出る。
「この際だからハッキリ言うけど、私はアシュレーの事なんて眼中にないの!! 私的に年下は無いのよ!! 私は人に甘えられるより甘えたい方なの!! あんな手がかかりそうな奴は無しなの!!」
「じゃあアスカさんは今、誰が<有り>なんですか!?」
「そ、それは……!!」
今、思わず『この世界にいる男は皆<無し>よ!!』と叫ぼうとした。
だけどセリアがいる場でそれを言うのはマズい。危ない、危ない。
「わ、私が今、誰を有りと思ってるかなんて、アンナに関係なくない!?」
「人の好きな人を無しって言っておいて自分の好きな人を言わないのは、酷いと思い
ます……!」
「ええー……」
アンナの怯まない眼差しに、余計な事を言ってしまったと後悔する。
勢い余って出た言葉で墓穴を掘ってしまった。
チラとセリアを見ると(だから止めたのに――)と言わんばかりに眉を顰め、目を閉じて天井を仰いでいる。
これ以上のトラブルを避ける為にも、とりあえずあの人の名前を出すべきなんだろうけど――それでアンナは納得するんだろうか?
じゃあ何で他の男に声をかけるのか? その人の何処が好きなのかとか追及されると面倒だし――何より、私はここで嘘をついていいんだろうか?
「……とりあえず、セリアもジャンヌも席外してくれない?」
メイド二人を振り返ると、二人ともきょとんとした顔で私を見つめている。
「何でです?」
「……地球の女は好きな人について語る時、人払いするルールなのよ。私が呼ぶまで部屋の外で待っててくれる?」
取ってつけたような勝手なルールを作り出し、半ば部屋から押し出すように無理やりメイド達を退室させた。
アンナと二人きりになったところでアンナの横に椅子を持って来て、座る。
「アンナ……今、私達が地球に帰る為に色々動いてる事知ってるでしょ? だからこの世界で恋なんてしてられないの。誰が好きとか言ってる場合じゃないのよ」
外に漏れ聞こえないように、小声でアンナに囁く。
「……恋なんて、ですか」
しまった。
今恋している人間が「恋なんて」って言われたら、確かにいい気はしない。
「ごめん、アンナが恋してるのを馬鹿にしてる訳じゃないの。私、この世界に来る直前に好きな人が出来た、ってフラれてて……そのせいか、今はあんまり恋とか興味無くて……」
なかなか適当な言葉が思いつかず、結局、恥と弱みを晒す。
「そういう割に色んな男の人に絡んでますよね?」
「またその話に戻っちゃう訳……?」
神官長、ダグラスさん、アシュレー、リチャード、クラウス、ネーヴェ、レオナルド――この世界に来てから言葉を交わした事のある異性を思い返していく。
神官長はともかく、他はアンナの言う通り、高い爵位の特に容姿が優れた他の人の婚約者候補ばかりと関わってしまってるのは事実だ。
「私が他の騎士や兵士から避けられてるの、アンナも見た事あるでしょ……? その中で声をかけてくるのがたまたまそういう人達だってだけで、さっきみたいに私が率先して絡みに行ってるように言われるの、本当に心外なんだけど?」
ここでまた言い合いになったらアシュレーの依頼はこなせない。
こそこそ話す私に合わせているのか、アンナもそれほど声を荒げないのが不幸中の幸いだ。
「でも、嫌だと思ってないから仲良くなさるんでしょう? 地球に帰るならこの世界の男の人に関わらなくてもいいじゃないですか。本当はアスカさんも恋がしたいのでは? 心の底では彼氏に裏切られた心を癒してくれる人を探してるんじゃないですか?」
「それは無いわ」
アンナの質問に反射的に答える。
「どうしてそんなに強く言い切れるんです……!?」
「こんな所で恋に落ちて、その人に裏切られたらどうするの? 地球なら……日本ならまだ一人でも細々と生きていける。でもこの世界は魔物がいたり有力貴族がいたり、悪意のある人間に絡まれたり……その上、人から魔力貰わないと魔法はおろか魔道具一つまともに使えやしない。私達は常に誰かに守られてないとこの世界を生きていけないのよ?」
魔物狩りの時も思ったけど、今日の出来事で特に痛感した現実。
「私だって一人で生きるのは寂しい。誰かに癒されたいし甘えたいし頼りたい。支えたいし支えられたいわよ? でも誰かに縋らないと生きていけない人生なんて嫌。相手の心変わりを、突然の別れを心配しながら怯え、媚び諂う人生なんて絶対に嫌。だから、この世界で恋愛するっていう選択肢は私には無いの」
「……それ、私の前でよく言えますね?」
アンナの、半ば蔑むような視線が痛い。
「アンナを不快にさせる理由なのは分かってる。でもこれで私がこの世界の男とどうこうするつもりがないって事、分かってもらえた?」
理性がこうして確固たる道を示してるのに、ちょっと妖しい状況になるとすぐ感情が揺らいで胸が騒ぎだすから困ってるんだけど――ああ、もしかしたら、そういう動揺が態度にも出てるのかもしれない、と心の中で反省する。
「それにアンナを否定してるつもりもない。私とアンナ、どちらが間違ってるって話じゃない」
その言葉にアンナは沈黙し、蔑みより憂いを帯びた眼差しに変わっていく。
「……すぐ帰れるならアスカさんの言いたい事も分かります。この世界の恐ろしさは私も感じていますから。でも……もし地球に帰る方法が見つからなかったら? 帰れるとしても、ずっと後の話だったら? アスカさんはその間ずっと、その姿勢を貫くんですか?」
アンナの真っ直ぐな疑問は、私が見ないようにしていた不安を見事に射抜いていた。




