第66話 強烈な敵意
「アスカ、起きて……着いたよ」
眼を閉じてから、どの位の時間が経過しただろうか? クラウスに優しく肩を揺すられて、身を起こす。
眼をこすりながら馬車を降りて目に入ってきたのは、まさに貴族の館と呼ぶにふさわしい邸宅だった。
真っ白で大きな豪邸の前には大きな噴水と様々な白い花が咲き乱れる庭園が広がっている。雲一つない青空も相まって、とても穏やかで美しい光景がそこにあった。
「エレン、アスカに武術を教えてくれないかな?」
感動してる横で、クラウスが御者席から降りてきた甲冑の騎士に話しかけている。
「アスカは弓以外はどの武器を扱いたいんだっけ?」
「……剣がいいわ」
剣、槍、斧…すべての武器を触ってみた結果、攻撃より相手の攻撃を防いだり受け流したりする為の武器、と考えたら剣が一番適している気がした。
「……何かあった時に、あの黒の公爵と戦えるように?」
甲冑の騎士が反応したので小さく頷く。そう言えばこの人、最初クラウスと会った時からいるから私が地球に帰りたい事を知ってるのよね。
「……戦う力もないツヴェルフが自身を鍛えて抗うより、大人しく黒の公爵に囲われて生きた方がずっと幸せだろうに」
一気に不快指数が上がる言葉を吐かれ、心の中に小さいながらも嫌な感情が渦巻く。そんな私の心情を更に煽るようにエレンは続ける。
「男から魔力を注がれないと魔法一つ使えないうえに成長しきった体を今から鍛えて戦えるようになれると思われているなんて、黒の公爵も随分とナメられた物だな」
明らかに失礼で上から目線の物言いから、私この人に嫌われてるなというのが嫌でも分かる。
「私だって短期間の訓練であんなのと戦えるようになるとは思ってない。でも攻撃の1つ2つ位は避けられるようになれるかも知れない」
こっちが気にしてる所をわざと抉るような言い方をしてくるから負けじと反論すると、フルフェイス越しでも鼻で笑ったのを感じる。
「黒の公爵ともあろう者が、自身の子を産む人間を物理的に攻撃すると思うか? 私がもし黒の公爵なら、お前を一切傷をつけない方法で捕らえる」
「……例えば?」
「魔法で眠らせたり、動きを封じたり、閉じ込めたり……仮に魔法を使わないにしても人質を取ったり……方法を数え上げればキリがない」
「なるほど……」
試しに聞いてみた例が具体的で、つい納得してしまう。
地下遺跡で黒い槍を力づくでふるったり召喚魔法を使うダグラスさんのインパクトが強くて、あれに対抗する事ばかり考えてその手の魔法を使われる可能性を考慮してなかった。
言われてみればあんな大きな魔法を使える人が人一人の動きを止める程度の魔法を使えないはずがない。そっちの対策についてもちゃんと考えないと。
魔法教本には確か相手の魔法の影響を防ぐバリア系の魔法も載っていた。
魔護具のナイフで作れる防御壁もその手の魔法に対して有効かもしれない。
人質については、すぐに解決先が思いつかないけど――剣の訓練はそれらの対策をした上で行うべきだろう、と結論づける。
「……クラウス、今日は弓だけでいいわ」
「お前……今私が言った事の何を理解した?私は、お前が剣や弓を扱った所で無駄だと言ったんだが?」
フルフェイスで表情こそ見えないけれど、その言葉からは明らかな怒りを感じる。
「貴方が教えてくれた事はとても参考になったわ。確かに接近戦は魔法の対策をした後で考えるべきよね。魔法については帰ってからでも調べられるとして、今ここで一番優先するべきなのはクラウスの弓をちゃんと扱えるようになる事かなって」
「お前……ツヴェルフの分際でまた神器を使う気か」
完全に私を見下した言い方に、私の中の理性の糸がブチリと切れる。愛想笑いをやめて、思い切り嫌悪を隠さない表情で相手を見据え、率直に聞く。
「……ねぇ、貴方、さっきからお前とか分際とか、物凄く感じ悪いんだけど? 私、貴方に何かした?」
「お前が自分の星に帰ろうとする事にクラウスを巻き込もうとするからだ」
「クラウスが協力してくれるって言ってるんだから貴方が口を出す事じゃなくない?」
この人が協力しないのはこの人の意思。でもクラウスが協力するのはクラウスの意思。私が難癖付けられる筋合いはない。
「男の好意を利用して帰ろうとしているのに、いざそこを追及されたら男が勝手にやってる事だからなんて言い訳する……実に汚らわしい。その汚らわしい手で神聖な神器に触れるな!」
「……二人とも、やめなよ!」
高らかに『汚らわしい』と言い放たれた所で、私とエレンの間をクラウスが遮る。言いがかりつけられてるのは私なのに、何で「二人とも」って言われないといけないのか理解できない。
「エレン……アスカに教えたくないならこれ以上干渉してこないで。アスカ、弓の訓練場まで案内するからこっちに来て」
「いや、この女に神器を触られる位なら私がお望み通り剣を教えてやる……こっちに来い」
クラウスはこの状況からさっさと抜け出したいと言わんばかりに歩き出し、エレンはクラウスとは逆の方向に歩き出す。
感情的にはエレンの後を追いかけたけど――理性的に考えればクラウスの後を着いていくべきだ。
エレンの後を追いかけても良い事なんて一つもないのは目に見えてる。
熱くなった頭でできるだけ冷静に動こうとクラウスの方へ歩き出した、その時。
「ああ……男に媚びる事しか能の無いツヴェルフはやはり女より男に従うか」
よし、絶対あのフルフェイスはぎ取って引っぱたこう――と踵を返す。
「アスカ、エレンが言う事は気にしなくていいから……!」
私がエレンの方に歩き出したことに気づいたクラウスも踵を返して駆け寄ってくる。
困ってる様子に少し心痛むけど、あの暴言や侮辱を気にしない訳にはいかない。
「無理。あいつ1回ビンタしないと気が済まない」
「エレンはちょっと言葉がキツいんだ。無視していいから……!」
ああ、もう。クラウスまで気に障る事を言う。
「……クラウス。今後の貴方の為に言っておくけど……」
「な……何?」
戸惑いの表情のクラウスに、思っている事をそのままぶちまける。
「こういう時、酷い事言われてる側に対して『気にしなくていい』とか『無視しろ』とか相手の方のフォロー入れたりするのは最ッ低の対応だからね!? あの人とクラウスは付き合い長そうだし、好きでも何でもない私よりも向こう側の発言になるのは仕方ないと思うけど、好きな人にはそれ絶対やっちゃダメなヤツだからね!?」
八つ当たりなのは分かっているけれど、嫌な事言ってる方を叱らずに言われた側を宥めすかして終わらせようって意図が透けて見える態度が、物凄く癪に障る。
何で、ここまで馬鹿にされているのに耐えなければならないのか。何故、傷つけられた側が『大人』にならなければならないのか。
「相手の言い様に怒って声を荒げればお互い様? 喧嘩両成敗? ――ふざけないで! どう考えても先に喧嘩売ってきた方が悪いに決まってるでしょう!?」
ああ、こういう時に、誰かに守られたい、誰かが私の代わりに怒ってほしいと思う私はエレンの言う通り『男に媚びてる』のかもしれない――いや、守ってくれるのが女性でも嬉しいからこれは違う。
それに実際はこんな時、誰も庇ってくれないし、守ってくれない事も知ってる。
一度辛辣な言葉の嵐が巻き起これば、嵐が過ぎるまでただただ耐える事を強要される。
嵐が過ぎた後で励ましてくれる人は多いけれど、嵐の最中に守ってくれる人なんて滅多にいない。
皆、他人の事より自分が大切。私だってそうだ。だから守られたいなんて甘い思想は憧れるだけにとどめる。
言われて悔しいなら、自分の名誉を傷つけられたと思うなら――自分で動くしかない。
「あそこまで馬鹿にされて大人しくなんかしてられない。腕折れてでも絶対引っぱたいて、見返してやる……!」
地球ならまだ<世間体>という安全装置が働いたかもしれないけど、ここは異世界。地球に帰ろうとする私に、そんな物はない。
クラウスの顔を見ないまま、私はエレンを追いかけた。




