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第5話 塔から皇都へ・2


 普通はこんな時、向かい合って座る物なのかもしれない。

 だけど、横の男性を常に視界に入れると気後れしてしまいそうで――いや、相手から漂うオーラに向かい合える気がしない、という言い方が近いかもしれない。


 言葉を選ばずに言うなら、密室の空間で初めて相対する外国人の異性と真っ正面から向かい合って座る度胸が、私にはなかった。


 失礼なのは分かっているけど、身が持たない。なるべく彼と視線を交わさなくて済む方が良いと結論付けて隣に座った。

 座った後で斜め向かいの方が良かったかな、と若干後悔したけど今更そちらに座り直す度胸もない。


「行ってくれ」


 私が座った事を確認した彼は、窓を開け少しだけ顔を出し御者にそう告げるとゆっくりと馬車が動き出す。


 視線をどこに置いたらいいのか分からなくて、自分の側にある窓の向こう――塔の方に視線を移すと、神官長とリヴィが頭を下げている姿が見えた。


(これから、どうなるんだろう……)


 ここに来て何度目かの不安に襲われる。何かあった時はここに相談しに来てもいいのだろうか? いや、リヴィは『有力貴族と子作りせず自分の世界に帰る方法を探すのなら一切の援助も無い』と言っていたからそれは難しいのかもしれない。

 逆に言えば役目さえ果たせば協力してくれるかもしれないという事でもあるけど――


(貴族と子作りする為に召喚されたって、なかなかのパワーワードよね……)


 塔を出発した馬車は小刻みに揺れつつ広い大通りに入る。

 そこに行きかう人の姿形は髪の色や目の色こそ様々で見慣れない物ではあるけど、地球の人間と全く同じだ。

 衣装も中世ファンタジーの物語に出てくるようなものでまさにここは、異世界転生や異世界召喚に出てくるような異世界。


(……最初に異世界の物語を描いた人は、本当に異世界に行った事がある人もいるのかもしれないなぁ。そして無事に帰ってきて、見てきた世界の事を書きはじめたとか?)


 色んな露店や人が視界に入っては消えていくのをぼんやり眺めながら、そんな事を考えている内に自分は、帰れるのだろうか――? と一つため息が漏れる。


「……何か、気になる事でも?」

「えっ!?」


 帰れるのだろうか、と思ったタイミングで問いかけられて思わず声が上がり振り返ると、隣の男性が窓枠に肘をつけてこちらを見ていた。


「失礼。驚かせるつもりは無かったのですが……」


 私も驚いたけど、私の反応に向こうも驚いたようで、窓枠から肘を離して頭を下げられる。


「……ああ、問いかける前に自己紹介をすべきでしたね。私はダグラス・ディル・ツヴァイ・セレンディバイト。セレンディバイト家の当主を務めております。ダグラスとお呼びください」


 彼から漂う気品と高貴なオーラから予想はしていたけど、どうやらこの目の前の彼――ダグラスさんは有力貴族と呼ばれる家の当主の一人のようだ。


(という事は、私、この人とそういう関係になる可能性があるって事…!?)


 やばい。先程エロ漫画を想像した影響か、やはり真っ先にそういう光景を想像してしまい、顔が勝手に熱くなっていく。


「よろしければ貴方の名前も教えていただけますか?」

「……み、水川飛鳥みずかわあすか、です」

「……何とお呼びすればいいですか?」


 言葉に詰まる。ミズカワって呼んで下さいって言うのも何だか違和感がある。

 かといってアスカって呼んでくださいって自分から言うのも何だか気恥ずかしい。


「み、名字が水川で、名前が飛鳥です。だ、ダ……ダグラス……さん、の都合が良いようにお呼びください」

「では、アスカ……いえ、貴方が私をさん付けで呼ぶのでしたら、私もさん付けで呼びましょうか。アスカさん……綺麗な響きの名前ですね」


 いわゆるイケメンにイケボ――しかも温かみを感じる言い方でそう言われたら心ときめかせる女性は多いと思う。


 しかし。父親が縄文なわふみ、母親が弥生やよいなら娘は――という理由で付けられた名前をそういう風に褒められると、胸がちょっとむず痒くなってくる。


 ああ、失恋するわ異世界召喚されるわ隣にはイケメンが座ってるわ顔は熱いわ胸はむず痒いわで私の思考回路、ショートしそう。


「何か考えたい事があるのでしたら、皇都に着くまで話しかけずにいましょうか?」


 いっぱいいっぱいになっている私を察したのか、ダグラスさんが提案する。


「は、はい、ありがとうございます! あの……ちょっとこれからどうなるんだろ、って不安で、色々考えたくて……!」

「……どうなる、とは?」


 何気なく聞いたであろうその言葉が、ついに私の思考をショートさせて余計な言葉が口から吐き出されてしまう。


「あの、一妻多夫とか、一夫多妻とか、その辺がちょっと……! あの、地球では!一夫一妻が基本なので! 夫も妻も複数人とあれこれするとか絶対無理というか……!!」


 やばい。言葉が止まらない。堰を切ったように言葉が溢れ出る。


「というか、私、さっきフラれたばっかりなので、そういうの今、本当無理というか……!!」


 思わず叫んでしまい、漂う沈黙に慌てて顔を上げるとダグラスさんは少し口を開けて、きょとん、とした感じでこちらを見ていた。


(やっちゃった……!!)


 熱くなっていた顔がサーッと冷えていくのが分かり、恥ずかしさのあまり顔を伏せる。

 絶対に呆れられてる。引かれた。そう思うとどんどん頭が重くなる。

 困らせてしまってるんだろうなとも思うけど、しばらくこの頭はあがりそうにない。


「……ああ、そうですね。確かに地球は一夫一妻の国が多いと聞きます。この世界の貴族の説明だけを聞けば混乱してしまうのも当然ですね」


 ダグラスさんの低く落ち着いた声が、少し近くなる。


「これが励ましになるのか分かりませんが……貴方が私と、ある男を伴侶に選んで頂けるならば、私は他の女と一切関係を持たない事を約束しましょう」

「……え?」


 ダグラスさんの申し出に時が、固まる。


「他の貴族はどうか知りませんが、私は色恋沙汰にさほど興味がありません。地球から来た貴方にとってかなり無茶なお願いをしている事も承知しています。だから私も貴方が願う事を出来得る限り聞かなければと思っていましたので……」

「ちょ、ちょっと待ってください!」


 先の言葉が衝撃的過ぎて、続く言葉も理解できそうにない。慌てて制止すると、ダグラスさんは「はい」と小さく言った後喋るのをやめた。

 ただ私を見据え、次の言葉を待っている。


「あ、あの……聞きたい事が2つあるんですけど……ひょっとして、というか、やっぱりというか……ダグラスさんは、私と、その……」


 何と言えばいいのだろう。ストレートに『子作りしたいんですか?』なんて言えない。


「率直に申し上げますと、貴方に私の子を産んでいただきたいと思っています」


 言葉に困っているとこちらが何を言いたいのか推測したのか、ダグラスさんはそう答えた。

 その真顔で何の恥じらいもなく堂々と言い切る姿に恐怖すら感じる。



「そして、もう一人……ダンビュライト家の当主の子も貴方に産んで頂きたいのです。」



 目の前の人は一体何を言っているのか――また、時が固まる。言われた言葉を3回脳内で繰り返して、ようやく理解する。

 自分の子どもと、自分とはまた別の男の子どもを、私に産んで欲しいと言っているのだ。


 理解できない――容姿はこれ以上ない程整っているのに口から放たれる言葉はこれ以上ない程ぶっ飛んでいる。


(ル・ティベル……何て破廉恥で、恐ろしい世界ッ…!!)


 早く誰かとこの衝動を共有したい。異世界ヤバい。ヤバい異世界があると叫びたい。


「……まだいくつかお伝えしておきたい事はあるのですが、アスカさんも色々状況を整理する時間が必要でしょうから今は止めておきます」


 私が現実逃避しかかってるのが分かったんだろうか? ダグラスさんの視線が私から逸れ、ガタガタと響く車輪の音とわずかに揺れる振動だけが馬車内に響く。


 ――落ち着こう。とにかく落ち着こう。今すぐどうこう、という訳じゃない。一つ深呼吸をして窓の外を見る。


 青い空の下、広い道の両脇には緑が広がっている。所々で人が何か作業しているのが見える。

 そう言えばソフィア達は先に馬車に乗って出発したと言っていた。見えるかなと視線を先の方に向けてみるが、馬車らしき乗り物は見えない。


 ぼんやりと景色を見続けていくうちに熱くなったり冷えたりしていた顔と頭も落ち着いてきた。


 チラ、と少しだけ横に視線を移してみる。ダグラスさんは本を読んでいる。

 私と目が合うまで読んでいたであろう本の表紙に目を向けてみるけど、読めない。

 イヤリングとチョーカーのお陰で会話はできるようになったけど文字はまた別のようだ。


 目が合うとまたこの人は本を読むのをやめて、私の話相手になろうとするんだろう。そう思うと見続けるのも気が引けて、また窓の方に視線を移す。


(今、私の横に座っている人は私に、自分ともう一人別の男の子どもを産んでほしいと言っている……)


 そして、その為なら自分は他の女性とどうこうする事はない――とまで言ってきた。本当に有力貴族の価値観とやらは私の価値観と大分違っているみたいだ。


(当たり前のように言ってるけど、実際問題、そう簡単に産めるものなのかしら……私生理遅かったり早かったりする時あるし、産めると思われてるけど実際産めなかったらどうなるのかしはぁ……はっ……)


「ハッ……クシュン!!」


 くしゃみが車内に盛大に響き、続けて悪寒が走る。

 今ローブに着替えているとはいえ、濡れた服を着たまま長い間過ごしたからか、濡れた下着をつけたまま都合が悪かったかもしれない。

 椅子を濡らさぬようにと遠慮がちに足元に置いた服からも僅かに雨水が滲み出ている。


 盛大なくしゃみに気を悪くしたのでは、とチラとダグラスさんの方を見ると少し驚いたように私を見据えている。


「す、すみません……」

「大丈夫ですか……? 馬車内の温度を少し上げた方が良さそうですね」


 ダグラスさんがそう言った後窓の近くの装飾に触れると装飾の中央に飾られた薄紅色の玉がその赤さを増した。

 そう思ってすぐ、馬車内が今までよりずっと温かくなったような気がする。


「それは……?」


 ヒーターみたいな物だろうか? 紅色に変わった球を見つめながら、聞いてみる。


「魔力を熱に変換して室内を暖める魔道具です。温度はもう少し上げる事が出来ますが……どうしますか?」

「あ、いえ、大丈夫です……! 今とても暖かいです。ありがとうございます……」


 ああ、でも何だか――暖かくなったら、眠くなってきた。


 でも、考えなければならない事がたくさんある。

 でも、今考えてもどうしようもない事だらけで。


 でも、だからって寝てる場合じゃ、ない…けど眠い…。



 でも……ああ、馬車の振動が心地いい、……でも……、…………



「アスカさん、着きましたよ」


 柔らかな明りが灯った馬車の中、ダグラスさんに優しく肩を揺すられて、私はいつの間にか眠ってしまっていた事に気づいた。



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