第30話 狩りの招待状
花畑での朝食を終えて皇城の門前まで戻ると、門の向こうでセリアらしき人が待ってるのが見えた。
「じゃあ、またね」
クラウスの穏やかな声を背にドアを開けると、全身鎧の騎士が待機していた。
手を借りて馬車から降りる。
馬車内でのやり取りはともかく、花畑でのやり取りはこの甲冑騎士にも聞かれてたんだと思うと、急に恥ずかしさがこみ上げてきた。
どう思われてるのか気になるものの、フルフェイスに覆われてるから表情も読めない。
「今日はありがとうございました」
小さく頭を下げると騎士も頭を下げ返してくれたけど、返事はない。
せめて男なのか女なのか――若いのか年配なのかくらいは知りたいけど、じっと見つめても困らせるだけだろう。
城に向かって歩きはじめると、セリアもこちらに駆け寄ってきた。
「おかえりなさいませ、アスカ様……大丈夫でしたか?」
「ええ、無事に仲直りできたわ」
「それは良かったです。もうすぐ授業が始まりますのでご案内いたしますね」
セリアの表情からかなり心配していた事が伺える。
幸い喧嘩する事なく一人で飛び出す事もなく帰って来れたけど、セリアは内心気が気じゃなかったんだろう。
仲直りできた事を知ったセリアは、安堵の息をついて微笑んだ。
セリアからペンとノートと眼鏡を受け取って教室の中に入ると、昨日と同じように前の席に優里とソフィア、後ろの席にアンナが座っていた。
「今日貴方に会いに来た人、物凄いイケメンらしいわね。どう? 今度はまともそう?」
机に肘をついたままこちらを振り返ったソフィアは、私に何が起きたか誰かから聞いたようで、面白い物を見つけたように微笑んでいる。
教室に来るまでの間、所々で有名人を見たかのように嬉しそうに会話するメイド達と『ダンビュライト侯』という単語が聞こえてきたから、クラウスはかなり噂になっているようだ。
『今度はまともそう?』という問いについ苦笑いしてしまう。
「あの人よりはだいぶマシだと思うわ……そっちはどう?」
こちらの情報をあまり聞きたくないと言っていたアンナの手前、率直にコッパー兄弟の名前を出すのは憚られた。
暗に伝えた意図をソフィアは理解してくれたようで、少し視線を泳がした後小声で返してくる。
「そうね……弟の方はまだまともなんじゃない?」
リチャードはまだまとも――『まだ』という言い方が気になったけど、どちらかと言えば兄――あの美丈夫の性格がどんな風にまともじゃなかったのかの方が気になる。
「それで、思ったより早くデート出来そうなのよね。早くて明後日かしら」
明後日――覚悟してたものの、明日からの無断欠勤が心に重く圧し掛かる。
だけど、一週間後が明後日に変わっただけでもありがたい事に違いなく。
「そう……素敵なデートになる事を祈ってるわ」
言いながら座ると同時に、メアリーが入って来た。
メアリーはまた私を目を細めた状態で見据えてくる。
今度はクラウスの事かな――と予想したけど、メアリーは何か言って来る事もなく教壇に上がった。
「今日の授業は予定を変更して子づくりの注意事項ではなく、魔物と魔法について学んで頂き、午後は護身術の訓練を先行させます。そして授業を始める前に皆さんには明日の狩りの招待状を出して頂きます」
明日? 狩り? 招待状――? 突然のワードに一同戸惑う。
「狩りの招待状って何ですか? 私、この世界の文字書けないんですけど」
手を上げて質問すると、メアリーの片眼鏡がキラリと光った。
「招待したい方の名前を言って頂ければ、後は私が書きます。皆さんは後で招待状に自分の名前だけ書いて頂きます。アスカ様はセレンディバイト公とダンビュライト侯への2通でよろしいですね?」
「私まだ何も言ってないですけど!?」
確定事項のようにサラッと言うメアリーを止めると、メアリーは怪訝な眼差してこちらを見据える。
「あら、それではセレンディバイト公だけにお送りしますか……? 招待状は通常2、3通送る物なのですが、あの方であれば1人でも全く問題ないでしょう」
何でダグラスさんは確定してるのよ、と思ったけど――そう言えば私、あの人の婚約者だったわ。
(うーん……あの人にだけ送るのも抵抗があるけど、かといって他にクラウス以外に送る相手にも心当たりがないし……)
「……ダンビュライト侯にも送ります」
仲直りしたばっかりなのに早速面倒臭い事に巻き込んでごめんなさい、クラウス――内心手を合わせて謝る。
「次にソフィア様……コッパー家のアーサー様の他に招待されたい方はいらっしゃいますか?」
メアリーの次の標的となったソフィアも、出てきた名前に驚愕する。
「ちょっと待って! 何故私の相手の一人がアーサーに決まってるのかしら!? 私まだそこまであの人と仲良くなったつもりはないのだけど!?」
ソフィアの口ぶりからして、アーサーさんとはあまり会話が弾まなかったんだろう。
だから猶更この状況でその名が出てくる事に驚いてるようだ。
メアリーもそんなソフィアの態度に驚いているようで、確認するように問いかける。
「何故……? 貴方、アーサー様の館に行きたいのでしょう?」
「それは……確かに、言ったけれど……! 何故貴方がその事を知っているの!?」
何故知ってるのか、と言わんばかりのソフィアにメアリーは衝撃の事実を告げる。
「本来狩りはツヴェルフに一通りの基礎知識を学んで頂いた後で行う行事なのですが、アーサー様から『狩りを早める事は出来ないか?』と申告があったのです。聞けばソフィア様がアーサー様の館に行きたいと言っているから、と……」
「……え?」
ソフィアが固まるのも関わらずメアリーは言葉を続ける。
「狩りはツヴェルフと親交を深める為の行事なので、既に親交が深まっているのであれば狩りに参加せずお連れ帰りになられても良い、と伝えたのですがアーサー様から『狩りはしていきたい』と強く要望された為、急遽明日狩りを行う事になりました」
どうやらこの状況を作り出した原因はアーサーさんのようだ。
ソフィアの拳が小さく震えてるのが見えて、声をかけるのが躊躇われた。
「あの、すみません……そもそも狩りって何ですか? この世界にも猪とか鹿とかいるんですか?」
「狩るのは魔物です」
おずおずと手を上げた優里の根本的な質問に対する物騒な返答に、今度は教室内の空気が凍り付く。
ちょっと待って、え? 昨日、ツヴェルフは保護されるべき存在、って言ってなかった?
それなのに魔物狩るの? そもそもそれって、狩りっていうより退治とか討伐じゃない?
え、魔物狩ってどうするの? 食べるの? いやいやいや、無理無理無理!!
色んな思考に捉われて混乱する中、メアリーが一つ息をついて語りだした。
「魔物狩りは本来、皆さんとは違う異世界の方の為の行事……共通の敵と戦う事でより痛みを分かち合い、自分が添い遂げる相手を見極める為のもの。『語らうより戦う方が分かりやすい』という価値観を持つ異世界、<ル・ジェルト>の方の為に作られた行事です」
とんでもない価値観だなと思ったけど、アシュレーのお母さんがそこから来たっていう、弱肉強食の星――そう思うと妙に納得してしまった。
語らうより戦う方が――いかにも単純明快、分かりやすい。
「ですが、有力貴族からも『ツヴェルフに良い所を見せられる』と好評だった事や、『厄介な魔物が一気に討伐される事で治安も良くなってありがたい』と民からも継続の要望があった事から、ツヴェルフ歓迎パーティーの一週間後に開かれる恒例行事になりました」
(厄介な魔物なんて、そんな行事に関わらず出てきた時点で退治しなさいよ……)
内心毒づきながら、メアリーの言葉が続くのを待つ。
「こういう事情もあって、狩りの対象は<その辺の冒険者が手を焼くような厄介な魔物>になるのですが、皆さんが招待するのは我が国が誇る有力貴族の方々です。招待した方が魔物討伐に集中された結果、ツヴェルフの護衛が疎かになる可能性は否定できませんので、ツヴェルフを護衛する為にメイドも同行します。何も心配する事はありません」
心配な要素をそれだけ詰め込んでおいて、何も心配する事はない、とよく言えたものだ。
だけどセリアも一緒に来てくれる事が分かって、少し気持ちが落ち着く。
「地球から来たツヴェルフに戦闘能力が無いのは皆承知しております。万が一に備えてこれから最低限の魔物の知識と護身術を覚えて頂きますが、皆さま安心して彼等の雄姿をご覧ください」
うっすら微笑むメアリーの様子から、本当に狩りをツヴェルフと有力貴族が仲良くなる恋愛イベント程度に思ってる事が感じ取れる。
彼等の雄姿――昨日の訓練の様子を見てると、確かに真剣に戦う人達は格好良かった。
その辺の冒険者が手を焼くような厄介な魔物相手なら猶更、格好よく見えると思う。
だけどそれをただ安全な場所から眺める、という事に強い抵抗を覚える。
私はル・ジェルトの人間ではないけど、戦ってる人を目の前にしたら助けたいし、傷ついたら癒したい。
やっぱり、この世界とは価値観が合わない。
でも、だからと言って私には何の力がある訳でもない――無力な自分を嘆きながら、静かに天井を仰いだ。




