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銀色の渡り鳥~異世界に召喚されたけど価値観が合わないので帰りたい~  作者: 紺名 音子
本編

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第2話 異世界召喚?


 視界が真っ白になった瞬間は一体何が起きたのか分からかった。

 (近くで雷が落ちたら、こんな感じになるのかな――?)と思ってたら、目の前にはさっき歩いていた路地とは全く違う景色が広がっていた。


 石造りらしき塀と、床。上を見上げれば先程のどんよりとした空とは全く異なる青空が果てしなく広がっている。


 ぬるい風が優しく吹き付ける中、空から視線を落とすと塀の外側には緑一面の草原と、山――そのまた奥にはうっすら青い山が見える。


 塀の内側には自分達を大きく囲むように配置された複数の燭台しょくだいが青白い炎をたたえ、自分と同じようにあちらこちら見回している女性が何人か立っている。

 何が起きているのか全然分からないけど、この状況――漫画やアニメで見た事がある。


(これ……まさか、異世界召喚ってやつかしら……!?)


 そう。平凡な人間が突然、ファンタジーな世界に召喚されて女神様とか王様とかに大きな役目を背負わされて活躍する――誰もが一度は自分も召喚されてファンタジー世界を堪能したり活躍してみたいなぁ、と憧れた事があるだろう<異世界召喚>。


 ここ数年、本屋でもネットでも異世界召喚、あるいは異世界転生を題材にした小説や漫画が目立つようになっていた。

 私自身、従姉妹に勧められたりネットで試し読みして面白かった漫画や小説をを何冊か持っている。


 日本の住宅街から一瞬で日本とは思えない場所に立たされてる、この怪奇現象――異世界召喚としか思えない。


(フラれた直後に異世界召喚って、どういうタイミングよ……!?)


 そりゃあ学生の頃はもし召喚されたら、なんて夢見た事もあるけど――タイミングの悪さに驚きよりも怒りがこみ上げる中、(もしかしたら夢かも知れない)という発想が遅れてやってくる。


 夢なら痛みは感じないはず――と試しに自分の手の甲を抓ってみると、痛い。

 どうやら夢ではないらしい。そもそも天気や景色が変わっていてもグッショリと濡れた服の重みや冷たさは変わっていない。


(……とりあえず、ここが危ない所じゃないか確認しないと)


 異世界召喚系の漫画や小説を読んでいたお陰でこの状況を冷静に受け止められたものの、この状態で「これって……異世界召喚!?」と口に出すのはちょっと恥ずかしい。


 これは異世界召喚である、という確証を得る為にもう一度周囲を、今度は歩きながら見回してみる。


 まるで展望台から見渡しているような視界の高さから、ここはかなり高い位置にある建物の屋上という事が分かる。


 塀に手をおいて身を乗り出すと、下にはファンタジーでよく見かけるような町と市場が見える。

 大勢の人や、荷物を乗せた馬が行きかっている所を見るとかなり規模の大きい街のようだ。


(大声を上げればこちらに気づいてくれるかしら……?)


 手を振ろうとしたものの、思いとどまる。声をあげたとして言葉が通じるだろうか?


(下に街があるんなら、突然魔物とか出てきたりはしなさそう……呼びかけるかどうかはもう少し調べてから考えてみよう)


 たとえ着る物や建物が自分達の世界と異なってても、自分達と同じ人間が穏やかに暮らしている様子を見て緊張が少し和らぐ。

 視線を下から平行に戻し、改めて辺りを見回してみる。今度はごくごく近い部分を。


(もし本当に異世界召喚だったら、大抵近くに召喚した人がいるんだけど……)


 この場には自分以外に女性が――4人。


 1人は見覚えがある。さっき声をかけてきた女子高生だ。

 肩に少し触れる程度の黒い髪。眼鏡の奥の瞳はまばたきを繰り返し、ただただ呆然としてる事が伺える。


 1人は短めの金髪をポニーテールにしたスレンダーな美女。何処の国の人かまでは分からないけど、多分叫んでるのは英語だ。

 家でくつろいでいた所を召喚されたんだろうか? 自分もノースリーブに短パン姿で召喚されたら叫ばないでいられる自信がない。


 1人は両手を組み合わせてひざまずいて何か唱えてる、癖のついた短い赤毛の女性。

 深緑色のタートルネックのセーターに濃い茶色のロングスカート。

 この人も何処の国の人かまでは分からない。ただ、多分彼女が喋る言葉は英語でも日本語でもない。

 そして肩を震わせて怯えてる様子から召喚された方だろうと推測できる。


 最後の一人は少し癖のある黒髪に褐色肌の女性――フード付きの灰色のローブを着込んで静かに私達を見つめている。


(あの人は……現地人?)


 呆然とするのも、叫ぶのも、狼狽えて怯えるのも、辺りを見回すのも、全て召喚された人にありえる態度だ。

 だけど、召喚された人が召喚された人を静かに見つめているだけ、というのは考えにくい。


 ローブの女性の態度に違和感を覚えて、近づく。

 この中では一番年長かな――? と推測できた頃には、向こうも私が近づいている事に気づいたようで、目が合った。

 透き通るような水色の目に一瞬臆しつつも、問いかけてみる。


「えっと……貴方、この状況について何か知ってる?」


 日本語が通じるのか分からないけど、聞かない事には何も始まらない。

 召喚した側なら、何かしら意思疎通する方法があるでしょ、多分――くらいの気持ちで問いかけた私を、ローブの女性は真っ直ぐ見つめ続ける。


 その何もかもが見透かされてるような水色の瞳から視線を逸らしたくなったところで女性が微笑み、黒いヘアバンドのような帯と真珠パールのイヤリングみたいな物を差し出してきた。


(受け取ってほしい、って事かしら……?)


 断る理由もないので素直に受け取ると、水色の瞳の女性は自身の首と耳を指で示した。

 よく見ると、私に手渡してきた物と同じ物を身に着けている。


「着けろって事……?」


 その問いに女性は何も言わず、ただこちらを見つめて微笑んでいる。


(どうしよう……着けないと話が進みそうにないけど……)


 危険な物かもしれない。けど、女性も同じような物を身に着けている。


(まあ、仮にヤバい物だとしても私がつけて酷い目にあったら、他の人に危険を伝える事が出来るか……)


 覚悟を決めて一つ深呼吸した後、小さな黒い帯――どうやらチョーカーだったらしい――から身につける。

 伸縮性がある黒い帯の真ん中には親指大程の銀色のプレートが、両端には銀色の留め具が付いており、首の後ろで引っ掛けて固定するタイプのチョーカーのようだ。


(ネックレスは何回か着けた事あるけど、チョーカーは初めて付けるわね……)


 少々苦戦しながらも身に着ける事に成功し、次にイヤリングを身につける。

 真珠のような白い玉が一つついた、とてもシンプルな物。着けてみても特に身体に変化は起きない、けど――


「素直に身につけて頂いてありがとうございます。とても助かります」

「え……!?」


 装飾品を渡してきた目の前の女性が、突然日本語を話しだした事に驚いてつい声を上げる。


「そのイヤリングには身に着けた者がこの世界の言語を自身が理解できる言語に変換する魔法が、チョーカーには身に着けた者が喋る言葉をこの世界の言葉に変換する魔法が刻まれています」


 日本語を話しているように聞こえるけど、ローブの女性の口の動きと耳に入る言葉が全く異なる。

 翻訳付きの映画を見ているような不思議な感覚が私に魔法の存在を信じさせる。


「よろしければ皆さんにも身に着けるよう言って頂けませんか? 皆さんと会話できるようになってから、今の状況について説明したいと思っていますので」


 そう言われて3人分のチョーカーとイヤリングをまとめて手渡される。

 自分だけなら自分で責任をおえるけど、他の3人にこれを身につけるように言うのは気が引ける。

 だけど皆がこれを着けないと何も教えてもらえない、となると――言うだけ言わなきゃいけないわよね。


「あ、この世界の言語に変換されるんなら一度これ外さないと……」


 そう思いチョーカーを外そうと少し俯いて首の後ろに手を回そうとすると、


「それをしていても元々の言語が伝わる相手にはそのまま伝わります。外さないで大丈夫です」


 そういうものなのか――と何の疑問も持たずに顔をあげる。


(それじゃあ、まずは……)


 振り返ると、少し離れた場所でさっき呆然としていた高校生の女の子と金髪の美女が話している。

 どうやら女の子は英語が話せるようだ。


「ねぇ、ちょっといい? これ身に着けたらこの世界の人と会話できるみたいなんだけど……」


 2人に駆け寄ってイヤリングとチョーカーを差し出す。女の子は少し戸惑ったものの、受け取ると躊躇なく着けはじめた。


 私とそう年が変わらなそうな金髪の美女は、鮮やかな青の眼で不審そうに私を見据えてくる。


「あのローブ纏ってる女性が私達を召喚したっぽいんだけど、全員これ着けないと今の状況説明してくれないって言ってるの。だから出来れば貴方にも身に着けてほしいんだけど……」


 金髪の美女は私と女の子と少し離れた場所にいるローブの女性を交互に見て重いため息をついた後、しぶしぶ身につけはじめる。


「……これでいいのかしら?」


 イヤリングとチョーカーを身に着けた金髪の美女から、ローブの女性と同じように口元の動きが異なる日本語が聞こえてきた。


 本当にこのイヤリングとチョーカーには科学では解明できないような何かしらの魔法が込められているらしい。

 初めて目にする生の魔法に思わず「わぁ」と声が漏れる。


「貴方達、よくこんな訳の分からない場所で渡された得体のしれない物を平気で身に着けられるわね……もしこれが呪いがかけられてたりしたら責任取ってもらうわよ?」


 身に着けるなりごもっともなご意見を頂く。相槌を打つ前に金髪の美女のご意見は続き、


「しかもあっちのブツブツ祈ってるにもこれ着けさせないと説明しないって、どんだけ上から目線なのよ?」


 三人の視線が、未だ跪いて震えながらひたすら何か呟き続けている赤毛の女性に集まる。


「まあ……一人一人説明するより、一度にまとめて説明したい気持ちは分かるわ」


 もし私が異世界から複数人を召喚する立場だったら、特別な事情が無い限りまとめて説明したい。


「このアクセサリーを着けないと会話もできないとなると大変でしょうし……」


 女の子が言う通り、これを着けさせないと会話もできないなら猶更まとめて済ませたい。


「はぁ……じゃあさっさと済ませましょ。私が説明してくるからちょっと待ってて」


 金髪の美女が1つため息をついた後、イヤリングとチョーカーを受け取るやいなや早足で赤毛の女性の元に行って、女性を立ち上がらせて着けるように促す。


 顔を上げた赤毛の女性は覚束ない手つきで装飾品を受け取るも、身につけるのが怖いのか躊躇している。


 ちょっと時間かかるかもな――と思った所でふと、ここに飛ばされる直前の事を思い出す。


「そういえば貴方……ここに来る前に私に呼び掛けてなかった?」

「あ、えっと……あの、その…ずぶ濡れで歩いていたから心配になって……」


 ずぶ濡れで歩いていた――小さな恥を晒してたのはともかく、ファミレスの一件を見られたり、大恥を晒していた訳じゃないようだ。

 女の子が心配してくれた優しさに感動しつつ、違和感を覚える。


(そういえばあの時、この子傘を差してたはずだけど……今手には何も持ってない)


 軽く見回してみても傘はおろか、通学鞄も落ちてない。そして、自分が持っていたバッグもない。


(光に驚いて落としちゃったのかしら……? スマホだけでも上着のポケットに入れておけばよかったわね……)


 ネットも通話機能も使えないだろう異世界でスマホがあってもメモ帳と電卓程度しか使い道なさそうな気もするけど。


「あの、濡れたままで寒くないですか? 私、ハンカチ持ってますからせめて顔だけでも……」


 女の子が制服のポケットからタオル生地のハンカチを取り出して私に差し出してきた。


 そこで改めて自分の状況を振り返る。今更暗い茶髪(髪の毛)から水が滴ってくる事はないけれど、雨にうたれたジャケットとスカートはずぶ濡れ、中のブラウスも濡れて肌に貼り付いている。


 周囲の状況を調べたいあまりに自分の状況を蔑ろにしていた事に、今更恥ずかしさが込み上げる。

 借りたハンカチで顔を拭くというのもかなり申し訳なくて恥ずかしいけど、そこは心配そうに私を見つめる彼女の好意に甘える事にした。


「ありがとう……すごく助かる」


 受け取ったハンカチでサッと髪と顔を拭き終えたところで、金髪の女性が赤毛の女性を連れて戻ってきた。


 これで4人全員、チョーカーとイヤリングを身につけた事になる。

 さあこれで話を聞きに――とローブ姿の女性の所で再び足を向けた、その時。


「あの女に話を聞く前に、先に皆名前だけ言っておかない? 私はソフィアよ」


 綺麗な声で名乗った金髪の女性を見て初めて、私達はまだ自分の名前を名乗りあっていない事に気づく。


 確かに、女性に話を聞いた後もずっと一緒に行動できるとは限らない。自己紹介する時間が与えられるかどうかもわからない。

 絶対今のうちにお互いの名前だけでも知っておいた方がいい。


「…アンナです」


 視線を俯かせたまま、赤毛の女性がか細く呟く。先程の様子から見てもかなり消極的で内向的な女性のようだ。

 その鮮やかな緑の眼に光を宿して笑ったら、きっと可愛いと思うんだけど。


「えっと、飛鳥あすか……水川 飛鳥みずかわあすかよ。漢字は水の川を飛ぶ鳥」

 2人に合わせて名前だけ言ってみたものの、どうも<初対面の人間に名前だけ言う>のが気恥ずかしくて、ついフルネームを添えてしまう。


「小日向 優里こひなたゆうりです。小さな日向ひなたに優しい里って書きます」


 女の子も私と同じ様にフルネームを漢字の説明を添えて名乗る。

 果たしてこの漢字の意味のやり取りは外国人であるソフィアやアンナに伝わるのだろうか?


「皆さん、自己紹介は済まされたようですね」


 いつの間にかローブ姿の女性がすぐ傍に来ていた。皆反射的に後ずさる。


「私は貴方方の敵ではありません……怯えないでください。私の名はリヴィ。かつて貴方達と同じようにこの世界に召喚された者です」


 ああ、やっぱりこれは、異世界召喚。


 リヴィと名乗った女性の言葉は私の推測をついに確信へと変えた。



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