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女王と無限の武器  作者: アベワールド
第1章 霧島姉弟 VS 百眼男
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第一二話「金属片」

 ――九月第二週の土曜日、十七時丁度。

 オペは開始された。

 通常は医師・看護婦・患者以外入ることは許されない手術室に、二人の捜査官が常駐している。しかし医師も看護婦も一向に意に介してはいなかった。彼等は内閣特務捜査班と提携を組む特別な医療スタッフなのである。

 ……やれやれ、今年はこれで何件目だ?

 医師の斎藤和久は心の中で溜息を付いていた。

 彼は内閣特務捜査班から依頼を受けて、月に一度は“患者”の体内からチップと呼ばれる金属片の摘出を行っている医師の一人だ。その手慣れた動作は、ルーティンワークを黙々と行うマシンオペレーターの様であり、熟練工さながらの動きだった。

 やるべきことは熟知している。

 埋め込まれたチップの場所の特定→必要最低限の切開→チップの摘出→内閣特務捜査班へのチップの提出……といった具合だ。

 しかし今回は若干いつもと様相が異なっている……この患者は体内に、エイリアンのウイルスを打ち込まれているのだ。作業は迅速に無駄なくこなさなければならない。最悪、こちらに危害が加わる可能性もあるからだ……

 患者に目を向ける。

 ベッドには幼い少女が肌着一枚で寝かされていた。顔は赤く上気しており、高熱に晒されている。事態が短期間で収束しなかった場合、この少女はその幼い命を落とすだろう……エイリアンのウイルスによって……

 斎藤医師の中では“何て酷いことをするんだ”と言う気持ちと、“少女の肉体がどう変化するのか観てみたい”と言う相反する気持ちが渦巻いていた。

 無論後者の気持ちは一ミリたりとも表情には出さないが……

 邪念を振り払い少女の全身に専用の探知機を当てる……この探知機には、過去に内閣特務捜査班が摘出した、チップの出す周波数のデータが集積されている。チップが放出する微細な周波数の揺らぎを、ナノレベル単位で検知出来る優れものだ。これまで探知出来ないチップにお目にかかったことなど一度も無かった。

 検査を続けていると、探知機が少女の頭頂部に微細な周波数の揺らぎを感じ取った。タチの悪いことに外部からは確認できないが、少女の脳内にチップが埋め込まれている様だった。


 ――通常エイリアンは、特定の人間に狙いを定めて誘拐……探知機たるチップを体内に埋め込み、記憶の消去を行った後で、日常生活に返していた。エイリアンは誘拐した“患者”の目を通して人間社会を観察しているのだ。

 過去に捕えたエイリアンの情報によると、エイリアンはチップを埋め込んだ人間の視覚情報を盗み、彼等の作成したデバイスに映像を映すことが出来るそうだ。チップを埋め込まれた地球人は、そうとは知らずにエイリアンのスパイ活動に協力している訳だ……

 ――エイリアンが人間にチップを埋め込む目的は他にもあると言われている。

 銀河系に散らばるエイリアンの形状はまちまちで、そのニーズは多岐に渡っているのである。

 虫唾むしずが走る話ではあるが、チップで患者のモニタリングを続け、適切なタイミングで臓器を摘出した実例が挙げられている……この場合、患者はそうとは知らず、地球で安穏(あんのん)と生活しエイリアンの為に臓器を育んでいる訳だ。

 加えて生殖目的……男性であれば精子の抜き取り、女性であれば受胎目的で、エイリアンと相性の良い遺伝型を持った患者の監視の為に利用されている。そして人間の肉体の成熟を待って、拉致・誘拐が極秘裏に行われるのだ。

 更に最悪な話として、人体実験目的でアブダクトするケースにも利用されている……これにより、銀河系の隣人の肉体構造を調査・分析しているのである。

 勿論これらは往々にして、地球人の同意に基づかない一方通行の関係だった。地球人として許せるはずは無かった。内閣特務捜査班が存在する大きな理由がここにあった……


 一方でエイリアンは、チップを埋め込んだ人間に対して、快楽を与えることも忘れなかった……幸か不幸かチップを埋め込まれた人間は、飛躍的に計算能力が向上してハイな状態になるのだ……最もチップを摘出されてしまえば元の凡人に戻り、ダウナー状態に陥る訳だが……チップ保持者が《チップ依存症》になる前に早めに手を打たなければならない。

 加えて患者が小夜ちゃんの様な子供であれば、チップの与える負荷に脳が付いていけない可能性もある……そうなった場合は廃人だ。

 内閣特務捜査班の方針としては、チップ保持者に遭遇したら一日でも早く摘出しろ!だ。チップ依存症を防止する目的もあるが、内閣府として得体の知れない相手に、この星の情報を易々と渡す訳にはいかないのだ。

 ……私個人としては、ノーベル賞を取れたとしても、自分の体にチップなど埋め込んでやらんがね。斎藤医師はそこでフンッ! と鼻を鳴らした。


 ――手術に取り掛かる。

 頭蓋骨を切開、脳内を高解像度カメラで観察する。

 ……見つけた!

 予想通りそれは大脳に埋め込まれていた……三ミリ×三ミリの銀色に輝く極小の金属片。四角い形状はコンピュータのLSIを思わせる。

 極めて堅牢なその物体は、ダイヤモンドでさえも砕く固さを有しており、特定の周波数を外宇宙に向けて発信し続けていた……

 この固有周波数を受信するレシーバーさえ保持していれば、宇宙のどこに患者が逃げても探査可能と言う訳だ。言ってみれば極めて技術力の高いストーカーに、始終目をつけられているのと同じことだった。

 人間として嬉しい筈が無い……

 斎藤医師は滅菌したピンセットでチップを掴むと、シャーレの中に慎重に置いた。

 チップはこれから内閣特務捜査官班に引き渡し、敵であるエイリアンを(おび)き出す為の餌に使われるしい。

 斎藤医師は安堵して大きな溜息を付いた。

 ……一つ峠は越えた。

 しかしこれから更に大きな山を越えなければならない……でもここから我々に出来ることは対処療法だけだ……この少女の生命力に賭けるしかない。

 この仕事に携わっていると自分の出来ることの少なさに限界を感じることがある。

 斎藤医師は悔しくなり歯噛みをした。

 既にエイリアンの未知のウイルスは、この少女の体内に打ち込まれ、増殖を続けているのだ……地球人の医師に出来ることは対処療法だけだった。

 抗生物質を投与して二次被害を防ぐ。

 高熱を少しでも下げる。

 人工心肺装置を使って定常的に酸素を送り込む。

 少女は幼い体をビクビクと痙攣させながら、藻掻き苦しみ続けていた……まるで体内のエイリアンと戦争をしている様だった。

 ……あまりやりたくはないが。

 斎藤医師は様子を見ながら、鎮痛剤を投与した。

 病院の対合室にはこの子の母親もいるのだ。

 斎藤医師は夜を徹して小夜の治療に当たった。


 ――深夜三時――

 小夜は峠を越した。

 四十二度を超していた高熱は見る見るうちに下降して行った。

 心配していた肺炎の症状も今は収まっている。

 斎藤医師は安堵の溜息を再び尽き、小夜の人工心肺装置を外した。

 熱が下がること……この場合は一概に良いこととは言い難い……

 何て運命だろう!?

 今少女の体は、エイリアンの細胞と融合を果たしたのだ。

 ――九月第二週の日曜日。

 早見小夜は人間からミュータントへと生まれ変わった。

 シャーレには小夜から摘出した金属片が光輝いていた。

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