第一三話「夜襲」
内閣特務捜査班は途中人を入れ替えながら、一晩中病室の警護を行っていた……
理由は二つあった。
一つは百眼男から小夜を守る為、そしてもう一つは小夜から医師と看護婦を守る為だった。
三年前、都内の病院でエイリアンにウイルスを打ち込まれた女性が狂暴化し、医師を素手で惨殺する事件があった……彼女はエイリアンにウイルスを打ち込まれた半日後、その肉体を変質させ、最後には強化された鋼の腕で医師の首を引き千切った挙句、逃走したのだ。
エイリアン/ミュータント相手に慎重すぎると言うことはない……
彼等は無数の失敗を重ね、その命を糧に変え、前例の無いマニュアルを蓄積して来たのだ。
内閣特務捜査班のチームリーダーである巽は、全身に緊張感を漂わせ、病室の警護に当たっていた。
その見るからに屈強な肉体は、人間であれば彼を負かすことは不可能にさえ思われた。巽は内閣特務捜査班のチームリーダーである以前、世界の内戦を渡り歩いた腕の立つ傭兵だったのだ。
医師は巽に目礼すると、彼に付き添う看護婦と共に一端病室を後にした。
巽は部屋の様子を鋭い眼光で観察した。
小夜から摘出したチップはまだ病室にあり、戦略上この部屋で管理する予定だった。そう、百眼男を誘き出す餌にするのだ。
――招かれざる客がやって来たのは正にそんな時だった。
月明りに怪しく灯された深夜の宙を、一体の黒影が横切った。
来客はエイリアン――百眼男。
怪物はその驚異的な跳躍力を活かし、隣のビルの屋上から小夜の眠る大学病院の屋上へとジャンプしてやって来たのだ。
百眼男は二百メートルを超える大ジャンプを易々と決めて屋上に着地、“患者”の眠る病院の屋上で仁王立ちしていた(まるで羽毛が地面に落ちる様な無音の着地を決めてだ)。
司令官であるKはかつて言った……オリンピックにでも出したらどうだ……と。
それも悪くはない……と屋上の監視を行っていた巽の部下は思った。
この病院はとにかくでかい!
街中において大きく敷地を専有しているのだ。百眼男が跳んで来たビルの屋上からは、二百メートル以上離れている筈だが……
無論病院周辺には、複数名の内閣特務捜査官が、死角を消す為に張り込みをしている。
……まだ手を出すな! と巽には言われている。
敵は素早く屈強だと聞く。
一網打尽にする為にはそれなりに策が必要なのだ。
敵を前にしてみすみす見逃すのは癪だが……
巽の部下は上官に向けて、一通のショートメールを送った。
百眼男は三つ目をギョロギョロと動かし周囲を警戒している。
やがて敵が視認できないことを確認すると、懐から銀色に発光する奇妙な道具を取り出した。
何を見ているのかは解っている……
あれがインプラントしたチップの探知機か?
百眼男がこれから行く場所は解っている……奴が向かう場所は一つしかない。
エイリアンが病院に併設するスターバックスコーヒーに立ち寄る為に、宙を跳んでここまで来た訳ではないことは明白だったのだ。
百眼男は屋上の鉄柵を乗り越えて、建物の崖っぷちに立っていた。
その丁度真下に、奴がインプラントした患者の病室があるのだ。
百眼男は建物の縁で、体の向きをひらりと百八十度反転させると、迷いもなく病院の屋上から跳び降りた――
黒いシルエットが病院の外壁を一直線に落ちて行く……
一秒……そして二秒経過した時だった。
百眼男は左手の鉤爪を病院の外壁に突き刺した。
嫌な音だった。
……奴が突き刺した場所が、自分の腹だったらと思うとぞっとする。
百眼男は今、大学病院の六階部分にへばり付いていた。
片腕を半ばまでビルの外壁に突き刺している。
そこは小夜の眠る病室の丁度真上に位置していた。
巽の部下はスマホに転送させた監視カメラの映像を見て、怪物の動きをモニタリングしていた。
この時の為に病院の至る所にカメラを設置しておいたのだ。
二回目のショートメールを巽に送る。
グサアッ! グサアアアッ!
百眼男は両腕の鉤爪を交互に突き刺して、ビルの外壁を苦も無く移動している。
鉄筋コンクリートだぞ!?
エイリアンに我々の常識は通用しない……
内閣特務捜査班に配属された新人が最初に叩き込まれる教訓だ。
何てことだ! 正に教訓そのままじゃないか!?
巽の部下はギョッとしながらスマホ越しにその光景を見つめていた……
巽は病室内でエイリアンの恐るべき身体能力を目の当たりにしていた。
病室の中央には不愛想なベッドがあり、その中で毛布を頭まで被った"患者"が吐息を立てている。
内閣特務捜査官の面々は合計五名――皆カモフラージュの目的で置かれた、家具や機材の後ろに身を潜めていた。
百眼男の巨躯が窓ガラス越しにシルエットとして浮かび上がる。
でかい……とにかくでかい……ヒグマが立ち上がるとこのぐらいの大きさになるのだろうか!?
顔の中央に巨大な眼球、側頭部に人間サイズの眼球が張り付いている。鼻は削げ落ちており、人間の鼻の部分には二つの窪みが見えた。荒い鼻息が病室の窓ガラスを定期的なリズムで曇らせている。
窓ガラス越しに、百眼男の巨大な目玉がギラリと発光した。
――次の瞬間、病室内からの強烈な照明が百眼男を照らし出した。
目潰しだ!
時刻は深夜三時……暗闇に目が慣れた巨眼の怪物には辛かろう。
「ギャッ!」
怪物の奇声が病室まで響いた。
直後、床に伏せていた黒づくめの男達がライフルを手に立ち上がった。
手にするのはM16アサルトライフル。
彼等の眼前には文字通りの怪物がいた。
三つの目玉に、鉤爪を有する人間など存在しない。
逡巡の必要は一切無かった。
捜査官は一斉にアサルトライフルの引き金を引いた――




