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彼女と彼と嘘


ご機嫌は、悪くないのだそうだ。


チョコの代わり、と苦し紛れの対応に、なぜだか視線をそらされながら、けれどまんざらでもなさそうな様子に、見える。

見えるが。



はぁ、と人知れず吐いたつもりのため息は、残念ながら馬車の中ではかき消えてくれなかったらしい。



「なにか不満なの?」

「いいやべつに」

「嘘」

「嘘じゃない」

「じゃあ今のため息はなあに?」

「深呼吸」

「うそ」

「嘘じゃない」

「ルパートの嘘つき」

「なんの根拠があって」

「私がそう感じたから」

「そうかそうか」

終わる気配のない追及に降参、とばかりに両手を挙げるも、じ、とアメジストで見据えられる。


…勘弁してくれ。

正直、目のやり場に困る。


「極上の令嬢をエスコートできる幸せを噛み締めてた」

「嘘つき」

「なんで」

「真顔だから」

「この顔は生まれつきだ」

「嘘つき」

「いやいやそこは信じてくれ」


自分は少なからず動いて喋る妖精姫に耐性がついていると自負していたのだけれど、こうまで隙なく武装されると直視できない。

それを隠すために、結構努力して引き締めた表情筋を、真顔とは。

再びのため息が出そうになったところで、馬車が動きを止める。



「もう着いたのね」

なんだか早く感じたわ、と言う彼女に先行し、手を差し出す。

重ねられる手の、その裏側には、さっき子供じみた衝動でつけた印があるのだと思うと妙な満足感を覚える。

嫌がられては、いない、と思う。…気のせいでなければ。


「着いたばかりでなんだけど、帰りたいわ」

はぁ、と憂鬱そうに嘆息するのを、聞き流す。


「いつもみたいに食卓の華になっていればいいだろ」

「それもいい加減疲れるのよね」

美味しいものならわざわざ宴に足を運ばずとも邸宅で十分味わえるもの、ともうひとつため息がこぼれ落ちるのを聞く。


「チョコなら持ってきてない」

「さっき聞いたわ」

「それは失礼した」

「口寂しいのよね」

「そうかそうか」

「代わりにキスが欲しいの」

「そうかそうか」


…え?

…いや、聞き間違いか。

聞き間違い、だよな…?


重ねた手も、会場へと歩を進める足取りもそのままに、チラリと斜め下の顔を探る…が、流れる金糸が邪魔をして、読み取れない。


…どういうことだろう。

ここまであからさまにねだられたことは、なかった。

何か、試されているんだろうか。


「…大丈夫か」

「何が?」

「いや、なんか、いま、変な……いや、…なんでもない」

「そう?」

何をどう尋ねたら良いかわからず、しどろもどろで言葉を濁す。


そのあとは、お互い無言のまま。



扉をくぐり、既に会場に到着していた知己と視線を交わし、挨拶を交わし、今にもあくびをしかねない様子の隣の珍獣にハラハラしつつも、主賓の挨拶を聴き終え、ファーストダンス。

音楽が流れるのを待って、互いに手を取って、慣れたリズムに体を任せようとした時。


「あのねルパート」

「どうした」

せめて1曲は踊ってから輪を抜けてくれ、体裁のために。

そういう目配せをしたつもりだったが。


「婚約者にキスをねだるのは、変なことではないと思うのだけど」

違うかしら?

妙に澄ました顔。

ギョッとして、思わず足が止まりそうになるのを、すんでのところで堪えた。



一体いつから、『幼馴染』から『婚約者』に格上げされたのだろうか。


「…それは、常識に照らし合わせれば、当然のおねだりだと、思うが」

何とか平常心を保ったままステップを続ける。



「嘘つき」

「は?」

「何で困った顔するの?」

「いや、困ってはいない」

頭が状況についていかないだけで。


「困ってるわよ」

「それは否定はしない」

「ほら、嘘だった」

「いや、別に嘘はついてない」

「じゃあ何で困ってるの?」

「いや、そりゃ、困るだろう…」

「何で?」

「何でって…」

目が泳ぐ。


なんだ、何が起こっている。

分からない。

え、なんだ、想いが通じた?

いや、それは違う気がする。ぬか喜びはよそう。


「うん、あー、レティ」

視線を絡め、逸らし、くるりとその体を回し、ひらりと揺れて翻る布を端に捉える。

「なあに?」

思考が、まとまらない。

「一体俺はいつおまえの婚約者になったんだ?」



…口をついて出たのは、我ながら馬鹿な一言だった。











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