前編
いきなりであるが、ルーナには幼馴染みがいる、らしい。
名前はルーカス。ルーナの話によると、幼い頃はやんちゃで、ルーカスのせいでルーナは木の上に登らされたりと、本人曰く、酷い人だったらしい。
私は、そのルーカスとやらは、君のことが好きだったんじゃないかと予測しているのだが。
まぁ、それは言わないでおいた。
元々私は彼を知っていた。
というのも、結婚する前に、ルーナの身元調査をした時に、彼の名前が出たからである。
ルーカス・フォンド。
フォンド家の次男で、現在は騎士として国王に仕えているようだ。
さて、何故、長々とルーカス・フォンドの事を知っている限り、つらつらと思い出しているのかというと。
「初めまして。ルーカス・フォンドと申します。」
アポなしの、いきなりお宅訪問をされてしまっているのだ。
……アポなしって、この人常識あるのかな?
普通にありえないのだが。
しかも、ルーナは今日は友達とお茶会だから、いないし。
たまたま家にいた俺のタイミングの悪さ。最悪!
「初めまして。ジン・バーレンです。ーーーお客様を、待たせてしまうとは。準備に時間がかかってしまって、申し訳ない。」
「いや、構わない。」
遠回しに、なにいきなり家来てんだオラ。そのせいで、こっちは慌ただしくなったろうがコラ。と、言ったつもりなのだが、全く伝わってないようだ。
構わないって、貴方がそんな言葉を言える立場ではないんだけど?
苛々する気持ちを抑え、単刀直入に用件を聞く。
「わざわざ我が家まで出向いて頂いた御用件は、なんでしょう。」
「あぁ。ーーー貴殿が、妻であり、私の幼馴染みでもあるルーナを、ないがしろにしていると知り、今日は伺わせて頂いた。」
「……。」
ル ー ナ 関 係 か よ !
「私も他人の夫婦仲に口出しをしたくはないが、先日の夜会で、ルーナが泣きながら帰って来たと聞いてな……。」
ん??
先日の夜会?泣いた?
あぁ、こないだの夜会の事か。
いや、それよりもだ。なんでそれを知っているのかが重要だ。
「ルーナが泣いたと?失礼ですが、誰からその事をお聞きになったのですか?」
「それは言えない。」
「そうですか。ーーーしかし、その方は間違っておられます。先日の夜会にルーナと共に出席はしましたが、泣いてなどいませんから。その方は誰かと間違えておられるのでしょう。」
「っしかし、」
「けれども妙ですね。そのある方とは、どなたなのか。ルーカス殿がそれほどまでに信頼しているというのに、誤った情報が流れるとは。」
「………。」
「もし私が信じられないのであれば、どうぞその日出席されていた方にルーナが泣いていたかを確認して構いませんよ。きっと、全員否定するでしょうから。」
そう言うと、ルーカスは何かを言おうとしたが、口をつぐんで黙った。
……ふーん、なんか分かったかも。
「万が一、出席者の方で、ルーナが泣いていたという御方がいらっしゃったら、……まぁ、いないでしょうが、その時はどうぞまたお越し下さい。」
にっこりと笑い、文句は言わせない。
というか、もう何も言わせない。
その後は、ルーカスを帰らせる流れにして、テキトーに追い出した。
はー、面倒な奴だったなー。
やっと一人になれた部屋で、先程までの会話を思い出す。
ルーカスは最初から喧嘩腰であった。睨まれてたし、アポなしだし。ナメられてんだね、私も。
で、ルーナが泣いたとか言い出した。
おそらく、私を非難しまくって、あわよくばルーナを取り返したいって感じかな?
ちょっと苛ついていたから、私は嘘をついた。
ルーナは泣いてないってね。
本当は、泣いた。いや、あれは複雑な事情があり、私が泣かせた訳ではない!
くそ、誰だよ。レイチェルとの噂流したやつ。事実と全く違うじゃないか!
とにかく、重要なのは、ルーナは帰りの馬車で泣いたことだ。
ということは、帰りの馬車以前である夜会の出席者でルーナがあの日泣いたことを知っている者はいない。ありえない。
つまり、知っているとするならば、馬車の運転手か、もしくは、私の家で働いている者の可能性は高い。
こんな事実を知りたくはなかったが、おそらく、うちの使用人の中に、ルーカスの手下が潜入しているか、もしくは誰かが情報を渡しているということだ。
それなら、ルーナがいない、かつ私だけがいるという滅多にない状況の時に、来たということにも説明がつく。
こんなにタイミングが良い時に来るなんて、出来すぎてるからね。
いやはや、面倒なことだ。
俺がルーナをないがしろにしていると周りに広まってしまえば、家同士の問題になりかねない。
だから、申し訳ないが、
ーーー徹底的に潰させてもらおう。
「使用人を徹底的に調べなおせ。フォンド家とつながってる奴がいるはずだ。」
「はい。」
「そういえば、」
夕食。
ルーナと食事をしているところで、私は話題を切り出した。
「今日、ルーナの幼馴染みのルーカスさんがいらっしゃった。」
「え、」
「私しか居なかったものだから、少しお話しをした。ルーナもいれば良かったが、タイミングが悪かった。」
「そ、そうだったのですか……、」
少しルーナは複雑そうな顔をした。
「彼は案じていた。先日、ルーナが泣きながら帰ったという事を知っていたようで、問い詰められたよ。」
「えっ!?な、なんで……!」
ルーナは明らかに動揺した。
顔を赤くさせ、先日の事を恥じているように、目を伏せた。
「その、あの時は、すみませんでした……。私、てっきり……、勘違いしてしまって、」
「いや、気にしないでくれ。」
数日間かけ、やっとルーナの勘違いを解いたことを思い出す。
あれは大変だった。
「それに、ジン様を問い詰めたなんて……。申し訳ありません、私がその場にいたなら、すぐに誤解を解けたのに……。」
「ルーカスさんは君の幼馴染みだ。友好的な関係でありたい。だから、今度家に招こうかと思う。」
「えぇ、勿論です。私もジン様の誤解を解きたいもの。」
「では、そのように手配しておくよ。」
にっこり笑い、ぽっと顔を赤くしたルーナを見届けてから、再び夕食へ向き合い。
やはり、ルーナからルーカスに泣いたことを言ってないみたいだな。
あぁ、それにしても、……とても面倒なことだ。