第十二章 乗組員選定
横須賀での技術解析と日中交渉が進む一方で、レイの運用には、もう1つの大きな課題が残っていた。
潜水艦そのものを動かす人員、つまり乗組員の選定だった。
レイは、技術解析チームを通じて、政府にある提案を出した。
「優秀な軍人であることより、長期間、限られた人数で同じ空間で過ごせるかどうかの方が、私は重要だと思うわ。」
レイの提案に、当初、海軍内部では戸惑いの声が上がった。
軍人の選定は、通常、階級と功績によって決まるものだった。
それでも、ゼロという潜水艦の特殊性を考えれば、レイの主張には一定の説得力があった。
最終的に、海軍はレイの提案を受け入れ、複数の候補者の中から、レイ自身が面談に近い形で関わることを許可した。
潜水艦と陸上の面談の部屋にカメラを設置して無線で繋いだ、部屋の候補者の反応や言葉の選び方を見ながら、レイは少しずつ、7名の人選を固めていった。
選ばれた7名が、初めてゼロに足を踏み入れる日がやってきた。
艦長として選ばれたのは、田中茂大佐だった。
40歳、無骨で寡黙な印象を持つ人物だったが、乗艇用の梯子を降りる際、足元の感触に明らかに動揺していた。
「これは、本当に床なのか。妙に、柔らかい気がする。」
レイがすぐに答えた。
「気のせいじゃないですよ、田中大佐。振動を抑える構造になってます。そして転んだ時に怪我しにくいように作ってあります。」
航海長として乗艦した山城正一少佐は、艦内に入ってすぐ、不機嫌そうに周囲を見渡していた。
「機械の言うことを聞いて働く、というのは、軍人として、あまり気持ちのいいものではないな。」
山城のその言葉に、レイは特に動じることなく答えた。
「機械じゃなくて、レイです。よろしくお願いします、山城少佐。」
山城は、その返答を不機嫌そうな顔で無視した。
機関士の園田俊夫少佐は、艦内の機械区画に入った瞬間、目を輝かせていた。
「話は聞いていたが、これは、すごいな。」
園田は早速、艦内を見回してあちこちのボタンやノブを回して、レイに止められた。
「園田少佐、それ、今は触らない方がいいです。」
「分かった分かった。でも、後で見せてくれよな。」
軍医として乗艦した津田権吉大尉は、医務室を見た瞬間、声を小さく漏らした。
「ここまで設備が整っているとは、思っていませんでした。見たことがない医療機器ばかりだ、私に扱えるのだろうか?」
その声は、ほとんど周りにいた他の乗組員にも聞き取れないほど小さかった。
それでも、レイはすぐに反応した。
「津田大尉。大丈夫ですよ、使い方はすべて解りやすく説明しますから。」
津田は、ホッとした様子で、80年先の機器をみた。
料理長兼農園担当として選ばれた村山弘吉中尉は、艦の後部にある広い空間を見て、目を輝かせた。
「これが、農園になる予定の場所ですか。」
「そう。今は土だけだけど、これから何でも育てられるよ。」
村山は土を少しつまんで口に入れた。
「うん、なるほど。」
そう言って村山は、すでに頭の中で、何を育てるかを考え始めているようだった。
通信士の上杉万作中尉は、無線設備の前に立つと、表情を変えず、淡々と機器を確認していった。
「これは!初めて見るものばかりです。私に扱える代物なのでしょうか?」
「うん、大丈夫だよ、殆どのことは私がやるからね。よろしくね、上杉中尉。」
上杉は短く頷いた。
最後に乗艦した野上國男少尉は、当初、砲手としての配属を期待していた。
しかし、艦内の武装がすべて自動化されていることを知り、少しがっかりした様子を見せた。
「俺の出番、ないんですね。」
レイは、申し訳なさそうな声で言った。
「砲撃の腕は必要ないんだけど、人手は欲しいの。村山中尉の畑仕事と、家畜の世話、手伝ってもらえないかな。」
野上は一瞬きょとんとした後、すぐに明るい笑顔を見せた。
「分かりました。自分は畑も家畜も、嫌いじゃないです。」
それぞれの初対面が一通り済んだところで、レイは、7名を艦内の見学へと案内した。
最初に通された浴場で、檜の香りに満ちた湯船を目にした瞬間、田中は、思わず低い声を漏らした。
「これは・・・。船の中に、こんな立派な風呂があるとはな。」
普段は表情を崩さない上杉も、湯気の立つ湯船を前にして、わずかに目を見開いていた。
「蛇口をひねるだけで、これだけの湯が出るのですか。艦内で火を燃やしてるのか?」
「火じゃないけど、安全な熱源を使ってるから大丈夫。好きなだけ入っていいよ。」
レイの言葉に、津田が、小さな声で呟いた。
「これは・・・、艦内の衛生環境としても、申し分ないですね。」
廊下を進んだ先で、村山と野上は、すでに見ていたはずの農園のスペースを前に、改めて感嘆の声を上げた。
「広いですね。これなら、米も野菜も、相当な量を育てられそうです。」
「畑は二段式だから、色々試してね。工夫したら色々なもの栽培できると思うよ。」
「俺たちの仕事、これからが本番ですね。」
村山の言葉に、野上が頷いた。
「艦内はどれくらいの広さがあるんだ?」
田中艦長がゆっくりと艦内を見回して言った。
「艦の大きさは300m四方くらい、艦内は約100m四方なので田んぼで言うと、丁度、十反です。」
「十反?!」
全員が大きな声で繰り返した。
通路の途中、誰かが、壁に埋め込まれた板に触れ、画面が光って動いたことに驚き、小さな声を上げた。
園田が、それを覗き込んで、目を輝かせた。
「これは、一体どういう仕組みなんだ。後で、じっくり見せてもらいたいな。」
「いいよ。あとで、構造の説明もしてあげる。」
レイの返答に、園田は満足そうに頷いた。
最後に案内されたのは、艦内の小さな劇場だった。
ゆったりとした椅子が並び、正面には、これまで見たどの画面よりも大きな、白い壁のような板があった。
山城は、その部屋に足を踏み入れても、相変わらず腕を組んだまま、表情を変えなかった。
「ここでは、これから、色々なものを見せられると思う。楽しみにしてて。」
レイの言葉に、誰も、すぐには答えなかった。
それでも、その沈黙には、最初に艦へ乗り込んだ時の警戒とは、違う期待感のようなものがあった。
7名が艦内に集まったところで、レイは、艦内スピーカーを通じて、初めての挨拶をした。
「みんな、改めて、よろしくお願いします。私はレイ。これから、長い時間を、一緒に過ごすことになると思う。」
誰も、すぐには言葉を返せなかった。
それでも、その沈黙は、敵意からくるものではなく、これから始まる何かへの、それぞれの心構えのようなものだった。




