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神話の適合者《アダプターズ》 ――伝説の神を宿す――  作者: 渡部安恵


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第3話 インターハイ地区予選、そして星の引力

 インターハイ地区予選2日目。

 会場の空気は昨日よりもさらに濃密で、勝ち残ったチームだけが放つピリついた緊張感に包まれていた。


「……ふぅ。今日もいい感じ」


 私はロッカールームのベンチで軽く肩を回した。

 昨日あれだけ激しく動いたのに、筋肉痛はおろか、重だるさすら一切ない。アっくんの神気が常に全身を巡って、細胞をピカピカにメンテナンスしてくれているおかげだ。


陽花はるか、浮かれるな。今日の相手は、昨日よりも汝の動きを注視してくるぞ』

(わかってるって、アっくん。でも、今の私なら「視えて」るから!)


 2日目の第1試合、相手は県内屈指のディフェンス力を誇る強豪校。

 試合開始のホイッスルが鳴った瞬間、私は昨日以上に「星の軌跡」を強く感じていた。


「マーク!21番を離すな!3人で囲え!」


 相手ベンチから怒号が飛ぶ。

 コート中央で、文字通り3人のディフェンダーに包囲される私。普通の選手ならパスコースを探して停滞する場面だけど……今の私の視界には、彼女たちの足元の重心、呼吸のタイミング、そしてわずかな魔力の揺らぎまでが、すべて光の線となって浮かび上がっていた。


『……左の娘が瞬きをした。そこが、夜の帳の切れ目だ』

(――今だッ!)


 バッ!と地を蹴る。

 相手の包囲網が完成する直前、私はあえて彼女たちが一番密集している「点」に向かって突っ込んだ。


「止めて――えっ!?」


 ぶつかる、と思った瞬間。

 アステリオスの権能が、私の身体を「質量を持たない光」のように変貌させる。

 物理的な接触を絶妙な身のこなしでいなし、まるで水が岩の間を抜けるように、3人の間をすり抜けた。


「消えた……!?」


 唖然とする相手選手を置き去りにして、私はそのままゴール下へ跳躍する。

 昨日よりもさらに高い打点。リングを見下ろす視界。


 ドゴォッ!!


 と、リングが悲鳴を上げるような力強いダンクシュートを叩き込む。

体育館全体が、一瞬の静寂のあと、割れんばかりの歓声に包まれた。


陽花はるかちゃん、マジで人外……!」

「今の、どうやって抜けたの!?」


 チームメイトが駆け寄ってきてハイタッチを交わす。みんな、私の神気にあてられて、疲れを知らない精鋭部隊みたいな顔をしてる。


 ふと観客席を見ると、今日もお母さんが最前列でスマホを構えていた。

 ……けど、隣に「見覚えのある人影」が。


「……あれ、お姉ちゃん!?」


 有休が取れなかったはずのお姉ちゃんが、仕事着のスーツのまま、白目を剥きながら巨大なバズーカみたいな望遠レンズを私に向けていた。

 口元にはハンカチが当てられているけど、隠しきれない情熱(と物理的な血)が漏れ出している気がする。


陽花はるかぁぁ!その……着地した瞬間の……大腿四頭筋の……カットが……神……!尊すぎて監査なんて……窓から投げ捨ててきたわ……ッ!!」


 お姉ちゃん、それ明日からクビにならない!?

 魂の叫びが黄色い声援をかき消してコートまで届いてくる。どうやらお姉ちゃん、本当に「社会人の本分」を窓から投げ捨ててきたみたいだ。


(アっくん、お姉ちゃんの理性がまた限界突破してるよ……)

『……自業自得だ。だが、あの執念は評価に値する。陽花はるか、あの「狂信者」を満足させる最高の演武を見せてやれ』


 アっくんの呆れ混じりの励ましを受け、私はニカッと笑って、再びコートの中央へと走り出した。

 2日目。私の、そして私たちの快進撃は、もう誰にも止められない。



 インターハイ地区予選、最終日。

 会場は、昨日までとは比べものにならないほどの熱気に包まれていた。

 目の前のコートの先にあるのは「全国」の切符。対戦相手は、県内無敗、高校バスケ界の絶対王者と呼ばれる私立常盤大附属だ。


「……はぁ、……はぁ……」


 試合開始前のアップ中、周りのチームメイトたちの肩が大きく揺れている。

 3連戦の疲労。さらに、相手の王者の風格に気圧されているのが伝わってくる。


 でも、私は違う。


陽花はるか。呼吸を整えよ。星の運行に乱れがあっては、勝利の軌跡は描けぬぞ』

(大丈夫だってば、アっくん。むしろ、今が一番体が軽いよ!)


 全身を駆け巡るアっくんの神気。

 それは疲労を焼き尽くすだけでなく、私の感覚を極限まで研ぎ澄ませていた。体育館の天井のライトが、まるで夜空に浮かぶ一等星のように輝いて見える。


 ふと観客席に目を向けると、そこには「修羅」がいた。


「…………(ゴゴゴゴゴ)」


 お姉ちゃんだ。今日はもう仕事なんて影も形もない。完全防備。首からは最新の4Kカメラを二台、さらに『黄昏の主宰者』と金文字で書かれた、ラメが光る応援うちわが鎮座していた。


(お姉ちゃん……。そのうちわ、会場で浮きまくってるよ! っていうか、放たれる「ガチ勢のオーラ」で隣の応援団が数メートル距離を取ってるじゃない!)


 お父さんはその横で「あおい、そのうちわは……。いや、陽花はるか頑張れー!」と、もはや思考を放棄して応援している。


 ピィィィーッ!!試合開始の笛が鳴った。


 序盤から試合は激しさを増す。相手のエース、長谷川さんは私の動きに敏感に反応してきた。


「あなた、普通じゃないわね……。その動き、なんのスキル?」

「……さあ?秘密だよ!」


 長谷川さんのマークは昨日までの選手とは次元が違った。私の「星の歩法」を読み、先回りしてくる。初めて感じる、コート上での壁。


(……くっ、パスコースが潰されてる!)


 窮地に陥った私に、脳内のアっくんが低く、愉しげな声を響かせた。


『……よかろう。陽花はるか、これより『星の引力』を教える。……汝の手を離れたボールは、もはや汝の所有物ではない。宇宙の理に、その軌道を委ねよ』

(引力……?)


 その瞬間、手の中のボールが熱を帯びた。視界に「光の渦」が味方の選手たちを中心に発生する。


『放て』


 アっくんの言葉と同時に、私はあさっての方向にボールを放った。誰もいない完全なミスパスに見える軌道。


「もらった!」


 長谷川さんが手を伸ばしたその時、ボールがグニャリと曲がった。


(え、曲がった!?)


  私自身が一番驚く中、ボールは全力で走り込んでいた味方のセンターの手に吸い付くように収まった。


「ええっ!?なに今の!?」


 会場が騒然となる。パス、シュート、リバウンド。すべてが、私の意志一つで味方へと「引き寄せられて」いく。


「何よ……これ!磁石でも入ってるっていうの!?」


 長谷川さんの悲鳴を背に、私は星の引力を支配する主宰者の化身としてコートを舞った。


陽花はるかぁぁぁー!!その……パスを放ったあとの指先の残光!!神々しすぎて浄化されるぅぅ!!(ズビッ)」


 鼻血を垂らしながら、秒間20枚の勢いで連射するお姉ちゃん。


『ふむ。あの女、興奮のあまり魔力値が上がっておるぞ。……撮影のために覚醒するとは、奇妙な生き物よな』


 最後のブザーが鳴り響いたとき、電光掲示板には私たちの歴史的な勝利が刻まれていた。


「……勝った……。全国だ!!」


 チームメイトと抱き合う私。お母さんがカメラ越しにガッツポーズし、お父さんが号泣し、お姉ちゃんが「聖域を記録した」と言わんばかりの法悦の表情で静かに合掌している。


 アっくん、やったよ!

 私の手の甲で、星の紋章が一瞬、誇らしげに輝いた気がした。



 ピーッ、ピーッ、ピーーーッ!!


 試合終了の長いホイッスルが、体育館の熱狂に終止符を打った。

 スコアボードには、信じられない点差。私たちは、絶対王者を倒して、本当に「全国」への切符を掴み取ったんだ。


陽花はるかぁぁぁ!やった、やったよぉ!」

「キャプテン、私たち本当に行くんだね、全国……っ!」


 駆け寄ってくるチームメイトたち。もみくちゃにされながら、私は心地よい疲労感――ではなく、体の芯から湧き上がるような「温かな充足感」に包まれていた。


『……ふん。我の導きがあったとはいえ、最後の一歩を刻んだのは汝の足だ。誇るがいい、陽花はるか


(アっくん……ありがとう。最高の気分だよ!)


 私は脳内で相棒に感謝を伝えながら、ふと一番熱烈な視線を感じる方角を向いた。


 観客席の最前列。

 そこには、精根尽き果てたような顔で、三脚に寄りかかっているお姉ちゃんがいた。


あおい、しっかりしろ!鼻血を拭け、鼻血を!」

「お父さん……離して。私は今、最高の『聖画』を記録し終えたの……。見て、このショット。陽花はるかの指先から零れる神気が、背景のボケ味と完璧に調和して……ああ、これが信仰の形なのね……」


 お姉ちゃんは、もはや自分が仕事をバックれて(正確には『急用につき離脱』という書き置きを残して)ここにいる現実すら忘れているようだった。その手には、もはや遺影のように大事に抱えられたカメラ。

 お母さんは、そんなお姉ちゃんの背中をバシバシ叩きながら、私に満面の笑みで大きく手を振っている。


陽花はるか!今日のあんた、最高に輝いてたわよ!今夜はお祝いね。お父さんに奮発させるから!」



 その日の夜。日向ひなた家の食卓は、昨日の「重苦しいジレンマ」を吹き飛ばすような豪華なパーティー会場に変わっていた。

 並んでいるのは、お父さん特製の極厚ローストビーフに、お母さんが買ってきた高級寿司。


「……陽花はるか。おめでとう。……本当に、おめでとう」


 お父さんは、昼間の号泣で目が真っ赤なまま、震える手でオレンジジュースを注いでくれた。


「あのアステリオスとかいう男神が出てこなかったのは、正直ホッとしたが……。でも、今日の陽花はるかのプレーの中に、ときどき『あの男』の影が見えて、父さんはまた少し複雑な気持ちで……」

隆志たかしさん、まだ言ってるの?陽花はるかは陽花よ。ねえ?」


 お母さんが笑いながら、今度はお姉ちゃんの方を向いた。

 お姉ちゃんは、食事もそこそこに、さっきからノートパソコンと睨めっこしている。


「お姉ちゃん、食べないの?」

「……今、最高の瞬間を厳選して、専用のクラウドにアップロードしているところよ。陽花はるか、あなたの今日の『引力』のシーン、あれは物理法則を超えていたわ。物理学の権威が見たら卒倒するわね」


 カチカチと狂ったようにマウスを動かしながら、お姉ちゃんがニヤリと笑う。


「でも、おかげで私の『推し活』に新しいジャンルが加わったわ。……『アステリオス様』と『アステリオス様の権能を宿した美少女』。このハイブリッドな尊さ……。明日からの仕事、これで乗り切れる気がする」

「お姉ちゃん、明日、職場に行くの怖くないの……?」

「……ふふ。監査官には『神の啓示により一時的に次元の狭間に落ちておりました』って報告するわ」

(……お姉ちゃん、それ完全にクビになるやつだよ)

陽花はるか、案ずるな。あの女の執念は、我の生きた時代の神官たちをも凌駕しておる。……おそらく、滅びぬ』

(アっくんにそこまで言わせるなんて、お姉ちゃん、ある意味世界最強の人間なんじゃ……)


 私は心の中で苦笑いしながら、大好物のローストビーフを口に放り込んだ。


 全国大会、そしてこれからも続くダンジョン探索。

 私の中に住む男神と、外側にいる濃すぎる家族。

 

 私の日常は、ますます賑やかに、そして「星の引力」に導かれるように、加速していく予感がした。


「よし!お代わり!」


 夜空には、心なしかいつもより明るい北極星が、この世界一騒がしい日向ひなた家の屋根を、静かに、そして優しく照らしていた。

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