閑話 銀髪の女神、敦賀グルメを「権能」で制覇する
福井県、敦賀市。
この港町に、一人の絶世の美女が立っていた。絹糸のように細く、足元まで届くほどの銀髪をなびかせ、一歩歩くごとに星屑のような燐光を振りまく。異世界の崩壊を身一つで繋ぎ止め、その役目を終えて地球へと流れ着いた女神――セレナリアである。
現在、彼女は九頭竜誠司という青年の肉体と融合し、その背中右手には月の紋章が刻まれている。
(次はあそこの『焼き鯖』というやつです。香ばしい匂いが、私の魂を揺さぶります)
脳内に直接響くのは、凛としていながらも、どこか浮足立ったセレナリアの柔らかな声だ。
(おい女神様。さっきソースカツ丼のセット、米一粒残さず食ったばっかだろうが。19歳の俺の胃袋でも、流石にもう限界だぞ)
誠司が心中で愚痴ると、セレナリアは慈愛に満ちた真円の銀瞳を細め、フフッ、と優しく笑った。
(案ずることはありません。私はかつて、崩壊する世界を繋ぎ止める『楔』となった身。この程度の摂取物、私の権能で即座に純粋な魔力エネルギーへと変換し、あなたの肉体に馴染ませましょう。つまり……『いくら食べても、お腹は空いたまま』。素晴らしいと思いませんか?)
(神の奇跡の使い道がひどすぎるだろ……!)
誠司は呆れながらも、かつて「景色の一部になれるだけで救われる」とまで言った彼女の、あまりに世俗的な喜び《食欲》に付き合うことに決めた。
◇
一軒目:ソースカツ丼の老舗
「……ん、このソースの酸味。脳に直接響くような、刺激的な味わいです。誠司、これはクセになりますね」
カツを一口、優雅に、けれど19歳男子の勢いで頬張るセレナリア。
かつて世界を救うために自分を削り、冷たい虚無と戦い続けた彼女にとって、この「ソースの脂っこさ」や「ビールの苦み」は、生きている実感を最も強く与えてくれる。
(誠司、この『ビール』という飲み物……かつて私を裏切った人間たちにすら、一口飲ませてあげたかった。そうすれば、彼らもあんなに尖った心を持たずに済んだかもしれません)
(ビール一杯で世界平和かよ。女神様、二杯目いくか?)
(はい。中瓶でお願いします)
◇
二軒目:日本海さかな街(焼き鯖・海鮮丼)
「誠司、見てください。この魚の脂……まるで宝石のようです」
串に刺さった浜焼き鯖を、少し恥ずかしそうに、けれど迷いなくパクリといく女神。
セレナリアの権能により、摂取された鯖は喉を通った瞬間に柔らかな銀光へと変わり、誠司の魔力回路を潤していく。
(……ふふ、誠司。あちらにある『ウニ』というもの、まるで黄金の雲のようではありませんか? あれを私の『核』に取り込んでみたいのです)
(食いたいって言えよ。いいぜ、九万円のうちの数千円、ここに置いていこうじゃねぇか)
店員は、足元まで届く銀髪の美女が「ウニ丼、大盛りで」と清らかな声で注文するギャップに、拝みながら調理を始めた。
◇
三軒目:夜の屋台ラーメン
夜の帳が下り、敦賀の街に赤提灯が灯る頃。
(誠司、これが『シメ』という儀式なのですね。かつて私は世界の裂け目に飛び込みましたが、今はこうして暖簾を潜る……人生、何が起こるか分かりません)
鶏ガラと豚骨の醤油スープが、冷えた海風にさらされた体に染み渡る。
ズズズ、と麺を啜る女神。その銀色の瞳が、温かな湯気で微かに潤む。
(誠司……私は、皆さんが笑うこの景色の一部になれた。そして今、この『ラーメン』という景色の一部を、私は食べています。……幸せです)
(……そりゃ良かった。明日からはまた、格安時給でこき使われる三下講師に戻るんだからな。精々、今のうちに神の糧にしておけよ)
最後の一滴までスープを飲み干し、セレナリア(誠司)は満足げに、そして聖女のような微笑みを浮かべて息を吐いた。
一万キロカロリーを優に超える「奇跡」を体内に収め、銀髪の女神は神々しい足取りで夜の敦賀を歩く。
「ごちそうさまでした。……誠司、明日は『餃子』というものを探求しませんか?」
「…………ほどほどにな」
月の紋章が夜風に照らされ、微かに青白く明滅した。
異世界を救った「楔」は今、地球の片隅で、最高に贅沢な「人間としての営み」を謳歌していた。




