閑話 黄金の終焉――永劫の孤独――
大陸の三分の一を焦土に変え、冥府の瘴気を一掃したあの日。少女ラーナは死に、人々の絶望と畏怖が混ざり合った偶像――『黄金の魔神』が誕生した。
生き残った人々は、彼女を「救世主」として崇め奉った。しかし、その実態は「これ以上怒らせぬための懐柔」に過ぎない。彼女が歩めば大地は高熱に歪み、彼女が溜息をつけば周囲の酸素は悉く燃え尽きる。
かつて市場でパンを分かち合いたいと願った少女は、今や黄金の神殿の奥深く、誰も近づけぬ玉座に座す「生ける災厄」へと変貌を遂げていた。
「……ラーナ様、本日の供物にございます。どうか、どうかお鎮まりください」
神殿の入り口で地に額を擦り付ける人々は、決して彼女の目を見ようとはしなかった。
彼女が求めたのは、膝をついて差し出される金銀財宝ではなく、共に食卓を囲む等身大の温もりであった。けれど、彼女が慈しみを持って手を差し伸べれば、人々は「焼かれる」と叫んで逃げ惑う。
絶望的な断絶の果て、彼女は傷つかぬために傲慢の鎧を纏った。「我を敬え、さもなくば焼くぞ」と不遜に吠えることで、内なる泣き声を物理的な熱量によって圧殺し続けたのである。
その「孤独」という名の致命的な隙を、賢者たちは見逃さなかった。
彼らは魔神という不可侵の爆弾を、自らの時代から排除することを画策したのである。
「ラーナ様。貴女様の孤独を癒やす、至高の宴を用意いたしました。この安らぎの香を焚けば、夢の中で貴女様はかつての友に会い、永遠の安らぎを得るでしょう」
言葉巧みな欺瞞に、魔神は柄にもなく浮き立った。「誰かと共に在れる」という甘美な毒。
差し出された香を吸い込んだ瞬間、彼女の意識は深い泥のような微睡みへと沈降していった。それが、人恋しさを逆手に取った『永遠の封印』であるとも気づかぬままに。
数千年に及ぶ封印の暗闇において、彼女は夢を見続けていた。
それは、大陸を焼く以前の、蜂蜜色の肌をした「巫女」であった頃の残照。
泥だらけの子供たちと共に笑い、母の焼く香ばしいパンを頬張る。
雨上がりの草原を駆け抜け、太陽を宥めながら微睡む。
夢の中の彼女は、決して破壊を司る魔神ではなかった。
(……温かい。……そうだ、私は、こうして笑っていたかったのだ……)
けれど、夢の終焉には必ず、あの「冥府の瘴気」が這い寄る。
そして自らの両手が赤く燃え上がり、愛するすべてを慈しみごと焼き尽くす悪夢へと回帰する。彼女は眠りの中でさえ、消えぬ熱量と、凍てつくような寂寥に震え続けていた。
封印が解け、現代に目覚めた彼女が最初に触れたのは、かつての畏怖ではなかった。
「ラーナちゃん、お待たせ。今日のお土産はちょっと高いプリンだよ」
脳内に響くのは、お人好しで、どこか頼りない少年の声。
数千年ぶりに彼女が口にした「供物」は、神聖な果実でも秘宝でもなく、プラスチック容器に収められた安価な菓子であった。
『……ふん。この「ぷりん」とやら、なかなかではないか。合格だ、湊よ!』
傲然と言い放つ彼女の瞳は、しかし、数千年の夢においてさえ見ることができなかった安堵に揺れていた。
神として祭り上げられた威厳も、魔神としての破壊衝動も、現代の「美味」と、自分を怖れず「ラーナちゃん」と呼ぶ少年の前では、陽炎のように霧散していく。
かつて人々を救うために太陽を顕現させ、孤独の果てに虚妄の眠りにつかされた少女。
今の彼女にとって、この狭い室内の食卓と、脳内での騒がしい対話こそが、数千年の放浪を経てようやく辿り着いた「太陽を宥める必要のない、真の安らぎ」であった。




