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神話の適合者《アダプターズ》 ――伝説の神を宿す――  作者: 渡部安恵


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プロローグ:日向陽花《ひなたはるか》

第一話:朝食と嵐の予感


「いただきまーす!!」


 我が家、日向ひなた家の朝は私のこの発声で幕を開ける。

 目の前には、炊き立てのご飯が山盛りになったお茶碗。脂の乗った焼き鮭に、ネバネバの納豆、そしてお母さん特製の「特製プロテイン・ベリー・スムージー」が並んでいる。


陽花はるか、陽花、今日はバスケ部の朝練とダンジョン実習の両方でしょ?しっかり食べなさい」

「うん!わかってるってお母さん。これくらい三分で完食だよ!」


 元バスケ選手のお母さん、美咲は豪快に笑いながら私の肩を叩く。その手のアツさが、私のやる気スイッチを連打する。

 私は宣言通り、猛烈な勢いで箸を動かした。ご飯、鮭、納豆、ご飯!口の中が幸せの多重衝突マルチクラッシュ状態だ。


「ふふ、陽花はるかは今日も元気だなぁ。本当にお母さんに似て、可愛くてパワフルだ。お父さん、陽花の分もお代わり炊いておいて良かったよ」


 お父さんは、私を眩しそうに見つめながら目尻を下げている。ダンジョン素材の加工職人をやっているお父さんは、いつも私の「探索者活動」を応援してくれる。……まあ、ちょっと溺愛が過ぎて、たまに防具の装飾がフリフリになったりするんだけど、それはご愛嬌。


 そして、私の対面に座っているのが、お姉ちゃん。

 ダンジョン協会で働く事務官で、私の自慢の「綺麗でしっかり者のお姉ちゃん」だ。


陽花はるか、あんまり急いで食べると喉に詰まらせるわよ?はい、お茶」

「ふぁい!ありがとー、おねえふぁん!」

「もう、口に含んだまま喋らないの。……はい、これ。今日の分の補助魔法薬。忘れずに持っていきなさい」


 お姉ちゃんは苦笑いしながら、私のバッグに備品を詰めてくれる。

 ダンジョン協会で働くお姉ちゃんは、いつも私のことを一番に気にかけてくれる、優しくて落ち着いた自慢の家族だ。……そう、この時はまだ、お姉ちゃんの中に「前世」なんていうとんでもない設定が眠っているなんて、これっぽっちも思っていなかった。


 最後の一粒までお米をかきこみ、仕上げに紫色のスムージーを一気に飲み干す。

 喉を通る圧倒的な栄養の感覚。よし、エネルギー充填完了!


「ごちそうさまでした!じゃあ、学校行ってくるね!」

「車に気をつけるんだよー!」

「ダンジョンの実習、楽しんできなさい!」

「行ってらっしゃい、陽花はるか。無理しちゃダメよ?」


 家族の温かい声に送られて、私はジャージ姿で玄関を飛び出した。

 外の空気は最高に美味しい!


 数時間後、私が「別の姿」になって帰ってきた瞬間。

 お姉ちゃんの理性が、ダムが決壊するような音を立ててぶっ壊れることになるんだけど……今の私は、そんなこと一ミリも予想せずに全力で駅へと走り出した。



 駅からの道を全速力で駆け抜け、私は私立西東京高校の正門を一番乗りでくぐり抜けた。


「おっはよーございまーす!」


 誰もいない昇降口に挨拶を叩きつけ、そのまま体育館へ直行する。

 私は運動学部のバスケ部所属だけど、放課後はダンジョン学部にも顔を出す二刀流だ。だから人一倍、体が鈍るのを嫌う。


 バッシュを履き、まだ冷たい空気の残るコートに飛び出す。

 ダム、ダム、ダムッ!

 手に吸い付くボールの感触。ゴールに向かって踏み込み、空中を蹴る。


「……よっ、と!」


 スパッと小気味良い音が響き、ボールがネットを揺らした。よし、今日も指先の感覚は最高!

 そうやって一人でシュート練習をしていると、バタバタと賑やかな足音が近づいてきた。


「やっぱり!一番乗りは陽花はるかか!」

「おはよ、陽花!朝から飛ばすねー!」


 やってきたのはバスケ部の朝練組と、なぜか練習場所が隣のバレー部やハンドボール部の連中まで。

 いつの間にか私の周りには十数人の生徒が集まっていた。


「みんなおはよう!ねえねえ、ちょうど体が温まってきたところなんだ。朝のミニゲーム、やっちゃわない?」

「お、いいね!陽花の相手は気合入れないと、一瞬で置き去りにされるからな!」

「私は陽花と同じチームがいいー!」


 こうなるともう止まらない。

 顧問の先生が来る前だというのに、体育館は放課後の試合会場みたいな熱気に包まれる。


 私はコートを縦横無尽に駆け抜ける。

 運動学部の連中が本気でマークしてくるのを、ステップ一つでかわしていく。

「陽花!こっち!」

「オッケー、いいパス!」


 ボールが繋がるたびに、笑顔が繋がる。

 他学部の生徒も、たまたま通りかかった帰宅部の子も、みんな体育館の入り口で足を止めて「お、陽花が暴れてるな」と笑って見ていく。


 これが私の日常だ。

 難しい理屈はわからない。でも、みんなで体を動かして、ワッと笑って、今日という日を全力で楽しむ。

 それだけで、世界がキラキラして見える。


「陽花ちゃん、おはよー!今日も一段と輝いてるね!」

「学級委員長もおはよ!後で一緒に購買のパン買いに行こ!」


 息を切らしながらハイタッチを交わす。

 誰もが私に声をかけ、私も全力でそれに応える。

 まさに『陽花はるか旋風』。

 この勢いのまま、私は放課後のダンジョン実習……そして、人生を激変させる『あの隠し部屋』へと突っ込んでいくことになる。



 学校の授業を全力で終わらせ、私はその足で『西東京第3ダンジョン』へとやってきた。


 通称『お散歩ダンジョン』。

 初心者や学生、近所の高齢者が健康維持のために潜るような、とっても平和な場所だ。


「おはようございまーす!いえ、もうこんにちは、ですね!」

「おう、陽花はるかちゃん。今日も元気だね」

「はいっ!ちょっと一稼ぎしてきまーす!」


 入り口で警備をしている警察官のおじさんに手を振り、私は中へと飛び込んだ。

 装備は学校指定のジャージに、軽めの胸当て、それと使い古したショートソード。

 一応「ダンジョン学部」の実習も兼ねているから、タブレットでマッピングもしなきゃいけないんだけど……。


「えいっ、やあっ!」


 目の前に現れたスライムを剣の腹でパシパシ叩いて追い払い、たまに飛び出してくるゴブリンを軽いフットワークでいなす。

 実習というよりは完全に放課後のジョギング気分だ。


 そうして一時間ほど進んだ時。

 三層にある、いつもの休憩スポットに到着した。


「ふぅ、ちょっと休憩!」


 岩のベンチにどっかと座り、水筒の麦茶を喉に流し込む。

 ふと、目の前の岩壁が目に入った。

 本来なら、何の変哲もないゴツゴツとした壁。タブレットの地図を見ても、ここで行き止まりのはずだ。


 けれど。


「……んん?なんだかあの壁、すっごくキラキラしてて、美味しそうじゃない?」


 そう、美味しそうなのだ。

 理由はわからない。甘いキャンディみたいな、あるいは焼きたてのパンみたいな、そんな「当たり」の予感が、私の直感をビンビンに刺激する。


 もしここにプロの探索者がいたら血相を変えて止めたかもしれない。

『未発見のエリアには罠がつきものだぞ!』って。

 あるいは、高度な探知スキルを持つ賢者がいたら驚愕に目を見開いたかもしれない。

『隠蔽された神域の結界を、ただの女子高生が素手で触ろうとしている!』って。


 でも、私は日向陽花ひなたはるかだ。

 面白そうなものを見つけたら、とりあえず触ってみるのがモットー!


「えいっ!」


 迷いなく、その「美味しそうな壁」に手のひらをペタッとつけた。


 ――ズズズズ……ッ!


 地響きと共に岩壁が滑るように横へとスライドしていく。

 冷たくて、どこか懐かしい、星の屑が混ざったような風が中から吹き抜けてきた。


「わあ……!隠し通路だ!すごーい、今日のご褒美はこれかな?」


 私はワクワクしながら、真っ暗な通路の奥へと一歩を踏み出した。

 背後で壁が閉まる音も、タブレットの電波が圏外になったことも、今の私にはちっとも気にならなかった。



 通路の奥は六畳一間くらいの小さな部屋になっていた。

 中央には古めかしい石の台座があり、その上にポツンと、手のひらサイズの小さな宝箱が置かれている。


「やったー!本物の宝箱だ!」


 普通、ダンジョン学部の授業では『宝箱を見つけたら、まずは遠くから石を投げるか、探知機で罠を調べなさい』と厳しく教えられる。呪いや毒ガス、あるいはミミック(箱のモンスター)の可能性があるからだ。


 でも、目の前の箱からは「開けて!開けて!」という楽しいオーラが溢れている。私の勘が「これ、当たりだよ!」って言ってる。


「お土産にちょうどいいよね。えいっ!」


 私はノータイムで蓋をバカッと開け放った。

 中に入っていたのは、クルミくらいの大きさの宝石。夜空をそのまま切り取ったみたいに深く、その中で星が瞬いているような見惚れるほど綺麗な石。


「うわぁ、きれい……」


 見とれていると宝石がカッと強く輝いた。

 それは生き物のようにするりと私の手の中に吸い込まれ、手の甲に「星」の形をした格好いい紋章が浮かび上がる。


「ほえ?……わわっ、光った!?」


 次の瞬間、私の体を猛烈な光が包み込んだ。

 骨がミシミシと鳴って、肩幅がグググッと広がる。なにより、視界がぐんぐんと、恐ろしい勢いで高くなっていく!


「わわっ、わわわっ!ちょっと、天井が近い!近いよこれ!」


 いつもは見上げているはずの隠し部屋の天井が、あっという間に目の前に迫ってくる。

 視点が高くなるたびに、着ていた学校指定のジャージが悲鳴を上げ、耐えきれずに「バリバリッ!」と派手な音を立てて弾け飛んだ。


「わあぁっ!おニューのジャージが!」


 慌てて自分の体を見下ろして、私はさらに固まった。

 視界に入る自分の肌が、なぜかこんがり美味しそうな褐色に変わっている。しかも、ジャージを突き破って現れたのは、女子高生のものじゃないガッチガチの胸筋と、板チョコみたいに割れた腹筋だった。


「……嘘、何これ!?私、腹筋割りたいって言ったけど、ここまでバキバキになりたいとは言ってないよ!? しかもなんか、紺色のヒラヒラしたマント着てるし!」


 腕を振ってみると、動くたびにマントから銀河の星屑みたいなのがパラパラ零れて、めっちゃキラキラする。脇腹から覗く腹斜筋のキレも、現役バスケ部の私が見ても「うわ、これ最強じゃん」って感動しちゃうくらいの仕上がりだ。


 自分の首筋にエッチな紋章が刻まれてるとか、首に重厚なチョーカーがついてるとか、そんな細かい設定はよくわかんないけど……とりあえず、大きな手をグッパグッパと動かしてみる。


「すごーい!なんか空気が薄い気がする!これがモデルさんの世界なのかな!?あ、でもやっぱりジャージがバリバリなのはショックだなぁ。……うん。こんなことが起きるのもダンジョンなんだし、仕方がないよね!」


 見た目は魂を射抜くような鋭い美青年(?)のはずだけど、中身はいつもの私だ。


『我を解放せし者よ、汝の望みを叶えよう……。悠久の眠りより目醒めし我が名はアステリオス。星の主宰者なり。さあ、我が神の如し権能、その身に受け――』


 突然、頭の中に直接誰かの声が響いてきた。えーっと、つまり……。


「この格好いい姿になれば、ダンジョンで迷子になっても、強行突破でカッコよく脱出できるってことだよね?いいじゃん、採用っ!やったー!」

『…………貴様』


 脳内の男神様が絶句したような気配を見せる。


『採用だと ……少しは尊厳というものをだな……。それに、我の体で「やったー!」などとはしゃぐな。威厳が霧散するわ!』

「えー、だって便利そうだし!アっくん、よろしくね!」

『アっくん……!?貴様、神をあだ名で――。……はぁ、よい。その圧倒的な活気、嫌いではないが……。おい、待て、話を聞け!そしてその語尾を今すぐやめろ!我の、我の「よろしくね!」などという声、耳が腐るわ!!』


 頭の中でアっくんが頭を抱えているみたいだけど、私は気にしない。


「よーし、このまま帰ってお母さんたちに見せびらかしちゃおっかな!」

『やめろ!この姿で人里に降りるなど……我のプライドが死ぬ!死んでしまうぞ!!』



「解き方分かんないなら、とりあえずお家に帰ろー!」


 私はアっくんの制止を完全にスルーして、大きくなった体を跳ねさせて隠し部屋を飛び出した。

 目指すは地上へと続く受付ゲート。そこには、仕事中のお姉ちゃんの姿もあるはずだ。


 それにしても、一歩の歩幅がとんでもないことになっている。

 私が通路をスタスタ歩くたびに、腰についてる天球儀みたいな飾りから、いい匂いの煙がゆらゆら揺れる。マントは勝手にファサッとなびくし、なんだか足元から銀河みたいな星屑がキラキラ溢れてる気がする。……これ、お掃除大変じゃないかな?


 ゲートが近づくにつれて、すれ違う探索者の人たちの様子がおかしくなった。

 みんな漫画みたいに二度見して壁に激突したり、持っていた武器をガシャーンって落としたりしている。


「……?みんな、そんなに私の恰好が珍しいのかな」


 いよいよ受付ゲートに到着。そこには、書類の山と格闘してとっても忙しそうにしているお姉ちゃんの姿があった。

 私がゲートに踏み込んだ瞬間、それまでガヤガヤしていたロビーが、水を打ったように静まり返った。


 警備員のおじさんも、並んでいた人たちも、みんな石像みたいに固まって私を見てる。……っていうか、なんか受付のお姉さんたちが顔を真っ赤にして今にも倒れそうなんだけど!


 私は、自分が今「至高の芸術品」みたいな顔で「魂を射抜くような黄金の瞳」を振り撒いているなんて一ミリも自覚しないまま、いつもの快活すぎる声を放った。


「お姉ちゃーん!先に帰ってるねー!」


 一瞬、ゲート周辺が凍りついた。

 受付嬢さんたちは、私のこの「男神の見た目」と「お姉ちゃん」という甘い響きのギャップに、雷に打たれたような衝撃を受けている。


「あ、はい……お疲れ様です……。お気をつけて……」


 一人の受付嬢さんが、フラフラになりながら、確認作業を完全に放棄してゲートを開けてくれた。鼻を押さえながら机の下に沈んでいく人もいる。大丈夫かな、貧血かな?


 一方のお姉ちゃんは。


「………………は?」


 持っていたボールペンをポロッと落とし、彫刻のように固まっていた。仕事の手が完全に止まっちゃってるけど、まあ、後でいいよね!


『……貴様、恥という概念は……。ああ、ゲートの女が鼻血を……我が誇りが、尊厳が、塵となって消えていく……』


 脳内でアっくんが遺言のような声を漏らしているけれど、私は気にしない!


「アっくん、ほら足元気をつけて!マント踏んじゃうよ!」


 私はスキップで、銀河の星屑をキラキラと撒き散らしながらダンジョンを後にした。



 そのままの姿で自宅へ到着!

 私はガチャリと玄関を開け、スキップの勢いのままリビングに飛び込んだ。


「ただいまー!見て見て、すごい格好よくなっちゃった!」


 リビングでは、お父さんとお母さんがのんびりテレビを見ていた。

 私を見た瞬間、お父さんは手に持っていた湯呑みを床に落とし、子鹿みたいにガタガタと震えだす。


「……み、美咲みさき。なんか……家の中に、ものすごい色気のある不審者が……!陽花はるか、陽花はどこだ!?今すぐ警察と、あと除霊師を……!」

「あら、隆志たかしさん落ち着きなさいな。この威勢のいい口調で分かるじゃない」


 さすが元アスリートのお母さん。眉一つ動かさず、私を上から下まで興味深そうに眺めた。


「あら、陽花?随分と……ワイルドにイメチェンしたわね! 背が伸びて羨ましいわ、バスケなら無敵じゃない」

「でしょー!視界が超高いの!最高だよお母さん!」


 私がグッとガッツポーズを決めると、二の腕の筋肉が自分でも驚くくらい盛り上がった。

 そこへ、玄関の扉が「バンッ!」と凄まじい音を立てて開いた。

 お姉ちゃんだ。仕事中だったはずなのに、肩を激しく上下させて、幽霊でも見たような顔でリビングに乱入してきた。


「陽花……!さっきの……あれは……っ!」


 お姉ちゃんの目が大きく見開かれる。

 私を、っていうか、今の私の姿を舐めるように見つめるお姉ちゃんの瞳が、今まで見たことないくらい怖いくらいに爛々と輝き始めた。


「…………ああ、ああああああああ」


 声にならない叫びを上げながら、お姉ちゃんがフラフラと私に歩み寄ってくる。

 なんだかお姉ちゃんの頭の中で、猛烈な勢いで何かの本(?)のページが捲られる音が聞こえてきそうだ。


 お姉ちゃんの顔色からスッと血の気が引いたかと思ったら、今度は一気に沸騰したみたいに真っ赤に染まる。


「神……実在、したッ!公式が……我が家に……。最大手《供給源》は……実の妹だったの……ッ!!」


 ブッ!!


 えええっ!?

 次の瞬間、お姉ちゃんの鼻から勢いよく鼻血が吹き出した!

 お姉ちゃんはそのまま、糸が切れた人形みたいにパタンと床に倒れ込んでしまった。


「お姉ちゃん!?やっぱり体調悪かったんだ!アっくん、どうしよう、お姉ちゃんが死んじゃう!」

『……安心しろ、あれは死んではない。だが……別の意味でもう手遅れな気がするぞ、この女……』


 脳内のアっくんが、今日一番の呆れ果てた溜息をつく。

 こうして、日向家の平和な日常は、私の変身とお姉ちゃんの謎の覚醒によって、派手な音を立てて崩壊していった。


 ……あ、お姉ちゃん、意識はないけどなんだかすごく幸せそうな顔してる。なら、いっか!

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