番のように、かけがえのない
「イズ、ミル王子・・・? では、幽閉の話は」
「表向きの処遇です。イズミル兄上は、ただ巻き込まれただけでしたから」
毒殺未遂事件は側妃レアの独断、勝手に動機にされただけで、彼女の息子イズミルは全く関与していない。
それでも、二度と旗頭に挙げられる事のないように、とイズミル自身が処罰をーーー幽閉を望んだのだ。
当時の国王であるユスターシュの父は、説得を試み他の手段を探るも、イズミルの決意は固く、国内の情勢も鑑みて第二王子幽閉もやむなし、という意見に皆が傾き始めた頃。
ラルファの妊娠が判明した。
ラルファの実家であるテルミナ侯爵家もまた、事件との関与はなく、このまま婚約を継続し、結婚できればそれが最善だったのだが。
激しくなる側妃レアへの非難。
その矛先の一部は持ち上げられたイズミルにも向けられる。
揺れる国内情勢と、荒れる国民感情。
懸念されるのはイズミル、ラルファ、そして宿ったばかりの2人の子の命と安全。
結果、当時の国王は決意した。
表向きには処罰した様に見せかけて、別の人生を用意する事を。
「処罰が下った後、わざわざ幽閉先の塔に確認しに来る人など普通はいませんから。陛下から公に制限が課されれば、完全に遮断できたそうです」
ラルファは婚約解消を嘆いて修道院に行った事にし、密かにイズミルと結婚。そして無事に男児を出産した。
テルミナ侯爵家側でこの事実を知るのは、当時の当主である先代とその妻、そして今代の当主の3人のみ。つまりはラルファの父母と兄である。
「国が運営する孤児院を建てたのは、兄上たちの結婚よりも少し前です。孤児たちの中に紛れる形にする事で、2人の子を目立ちにくくする狙いもあった様でした」
孤児院には騎士訓練場を併設し、常時騎士が滞在。イズミルたちの警護も担った。
「まあ、魔道具の眼鏡が果たした役割も大きいかもしれませんね。これを常にかけておけば別人に見えますから」
周囲の者に、その眼鏡をかけた人物を正確に認識出来ない様にする。
ロクタンに渡した眼鏡の、正式な使用方法だ。
先ほどから驚きっぱなしのネクトゥスとアベルに、「ところで」とユスターシュは口を開いた。
「先ほども言いましたが・・・この件は極秘事項ではありますが、帰国した際、レーテさまに密かにお伝えしても構わないと陛下は考えておられます」
アベルは一瞬、言葉に詰まり、それから頭を下げた。
「・・・ありがとうございます。祖母はきっと安堵し喜ぶでしょう。そしてかつて貴国に対し怒りを覚えた過去を、深く悔やむに違いありません」
「我々も秘密裏に事を運んだのです。誤解があったのも致し方ないこと。これからは未来に目を向けましょう。それでどうでしょうか、ネクトゥス王太子殿下」
「ええ、勿論です。思い切ってこの国を訪問して良かった。裁定者とは誠に偉大な存在です。罪なき者をきちんと選別するとは」
「いえ」
手放しの褒め言葉に、ユスターシュは微笑む。
「妻によると、私は普通の人間だそうですよ。私自身もそう思っています」
「・・・っ、そうですか。それは何とも・・・奥方は胆の据わった女性なのですね」
「胆が据わっているというか・・・寧ろ、とぼけた所のある可愛い人なんです」
にこり、とそれはそれは嬉しそうに笑うユスターシュを見て、ネクトゥスはふと本音を漏らす。
「いいですね。そんな風に思える人と結婚できて」
「ありがとうございます。私もそう思ってます」
ユスターシュは至極真面目な顔でそう答えた。
そう、ヘレナの前以外では、ちゃんとポーカーフェイスを保てるのだ。
たとえこの時ネクトゥスが。
ーーーいいなあ、いいなあ。私もそんな気持ちになれるお嫁さんが早く見つからないかなあ。ああ、お嫁さん・・・欲しい、欲しいよ~
なんて、思っていたとしても。
ちゃんと知らない振りをする。
けれどひと言、惚気と取られても仕方ない、こんな言葉は自慢げに付け加えた。
「彼女は、私の番とも言える唯一無二の、かけがえのない人ですから」
これでネクトゥスの心の中のお嫁さんコールが激しくなろうとも、ユスターシュは気にしない。
なにせ新婚なのだ、この程度の惚気は許されるだろう。




