国営孤児院にて
「ここは・・・孤児院、ですか?」
「ええ。国が運営しているので、他とは少し経営形態が異なるんですけどね」
馬車から降りた先、子どもたちが走り回る光景に、ネクトゥスとアベルはまず目を丸くし、それからキョロキョロと辺りを見まわした。
他国の王太子に正式に要請を取ってまで連れ出した場所。しかも予め護衛に離れてもらう時間がある事を説明していた。
ならば何らかの国家機密に関わる話をする、もしくはそれに準ずる重大な案件、そう予想していた筈だ。
それが着いてみたら孤児院で、辺りを子どもたちが声を上げて走り回っている。
ネクトゥスとアベルの困惑も当然だった。
だが、そんな彼らの様子には気づかぬ振りで、ユスターシュは話を続ける。
「国営ならではの利点ですが、この孤児院は騎士団の訓練所と併設してまして」
あちらです、と手で示した先に、高い塀で囲まれた建物が見えた。
「訓練の目的以外に、ここで寝泊まりする騎士たちもいるので、自動的に孤児院の警備員役にもなっているんですよ」
「はあ・・・」
ネクトゥスらの返事は何とも気の抜けたものだ。
それもそうだろう。ここにネクトゥスをーーーさらにはアベルまでもを、わざわざ連れて来た理由が全く見当つかないのだ。
そこに。
「ユスターシュさま、この度はご温情をありがとうございました」
孤児院の中から老夫婦が出て来た。
ジェンキンスとナリスだ。
2人は、ユスターシュの、そしてプルフトス王国の王太子らの訪問について聞いていたらしい。
近くまで来ると、がばりと地面に平伏し、声がかけられるのを待った。
その仰々しい畏まり方に、ネクトゥスらが驚いていると。
「ネクトゥス殿下、アベル大公。この夫婦は、この孤児院の世話係兼雑用係をしています」
「そして」と、ユスターシュが振り向き、ネクトゥスらと視線を合わせる。
「一週間前に起きたヘレナの誘拐を依頼した人物でもあります」
「え・・・っ」
ネクトゥスがギョッとした目で平伏する2人を見下ろす。アベルはその事件について知らされていないのだろう、「誘拐?」と眉を訝しげに顰めた。
「アベル公子、実は私の妻は、結婚式の前々日に破落戸たちに誘拐されたんですよ。もちろん無事に救出しましたが」
「・・・この2人が計画を立てた犯人だと? そんな重罪を犯した人物が何故ここに?」
「色々と事情があるのですよ」
そう前置きをして、ユスターシュはこの老夫婦がヘレナ誘拐を計画するに至った経緯を簡単に説明した。
即ち、幽閉されたイズミル第二王子の元婚約者の乳母、それがナリスだという事を。
「確かにその婚約者の令嬢は気の毒だったとは思いますが、裁定者の妻となる女性の誘拐を企んでおいて、その刑罰がここでの生涯に渡る無償就労では」
「もちろん監視は付いていますよ。先ほど説明した通り、騎士団訓練所が併設されてますのでね」
「ですが余りにも・・・」
軽すぎる、彼らがそう言いたいのは、ユスターシュにも分かる。それが当然の反応だ。
「・・・知らないからこそ、犯してしまった罪と言いますか、もしこの2人が知っていたら事件は起こらなかったであろう、隠された事実が・・・もし仮にあったとしたら? プルフトスとの国交も維持できたかもしれない、そんな事実が」
「・・・ユスターシュ殿?」
「だとしたら、先の将来の憂いもこの際、なくしておいた方がいいかと思ったんです」
ユスターシュは足元に平伏する老夫婦に声をかけ、立ち上がらせる。
「ジェンキンス。ここの管理者夫妻にはもう会ったかい?」
「は、はい。5日前・・・ここに来た初日に、挨拶させていただきました」
「そうか。では案内を頼む」
ユスターシュは振り返り、口を開く。
「私も挨拶に行こう。ネクトゥス殿下とアベル公子もどうぞ一緒に」
「・・・え?」
未だ状況が掴めず困惑するネクトゥスとアベルを促し、ユスターシュは孤児院の建物の裏手にある騎士団訓練所の門へと進んでいく。
「訓練所と孤児院の管理は、ある夫婦に一任しています。保安上の問題で住まいはこちらの訓練所の敷地内になっていますが」
「ユスターシュ殿、説明してもらえないか。これは一体・・・」
「・・・中に入ってからでいいでしょうか。今からお話しする事は重要機密にあたる情報ですので」
「え?」
ネクトゥスとアベルの動きが止まる。
「・・・ですが、ここで得た情報を、帰国後に前大公夫人に話しても構わないとは思っています」
「・・・祖母に?」
まさか、とアベルが呟く。
国家機密、老夫婦が誘拐を計画した動機、知っていたらプルフトスとの国交が維持出来たであろう事実、プルフトス国の前大公夫人・・・とヒントが出揃えば思い当たるのは。
妙に張り詰める空気の中、ユスターシュがベルを鳴らす。
パタパタという足音、ギイと開く扉。
訓練所の管理室から現れたのは、中年、もしくは壮年の男女。
2人ともがこの国では珍しくない茶色の髪で、眼鏡越しに覗く瞳も同じく茶色に見える。
目立った特徴のない、平凡な印象の夫婦に、ネクトゥスもアベルも当然ながら見覚えはなく。
ユスターシュは、ちら、と背後の、少し離れた所に立つ護衛たちを見てから、再び視線を前に戻す。
「部屋に入れてもらっても? 内密の話がしたいんだ」
護衛たちは入れないから、と続ければ、管理人夫婦は素直に応じた。




