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力は正しく使うもの


「4日の間部屋にこもるって・・・まさか本気でやるとは思いませんでした」



4日ぶりに登城したユスターシュを、ハインリヒは苦笑を浮かべつつ迎えた。



お肌ツヤツヤのユスターシュは、顔を赤らめながら「だってさ」と口を開く。



「皆にあそこまで本気で応援されたら、応えない訳にはいかないだろう?」



分かる様な分からない様な。


そんな妙な返事をしてから執務室の席についたユスターシュは、机上の書類を見て驚いた。



思っていたより書類の山が小さい。


裁定者の力が必要な案件は、代わりがいない分、先延ばしにしても減る事はない。

心を読まねば判明しない事実は、どうしてもユスターシュの力が不可欠になる。



だから、ユスターシュはなかなかまとまった休みは取れなかったのだ。そう、これまでは。



「予想以上に、ロクタン卿の目が有用でして」



実はこの件に関しては、ハインリヒも驚いたらしい。


一度で全てを覚え、認識し、しかも忘れない彼の目は、身代わり出頭や偽証防止目的の本人確認や、検問など警備関連での不審者侵入防止、さらには税務関連での書類すり替えにまで使えたらしい。


犯行動機や計画の詳細など、心の中を読まない限り判明しない事実を探る役目は変わらずユスターシュにしか出来ないが、それ以外ではかなりの役割分担が可能になりそうだ。



「・・・ただ、2日前でしたか。一度やり過ぎてしまって、いきなりその場で眠りこけてしまったそうです」



自身に認識阻害をかける魔道具型眼鏡を朝からかけ、必要な時だけ外す。それだけの事だが、本人には大きな変化をもたらした様だ。


長年の夢だった夜食も遂に昨夜食べたらしい。

聞く事にまで神経を回す余裕が出来たせいか話も前よりスムーズに通る様になったロクタンは、終始ご機嫌で仕事をこなしたのだとか。


ただ、目を使いすぎると以前の様に夕方近くには眠くなってしまう。

下手をすると、先ほどハインリヒが言った様にその場で眠りこけるのだ。



「まあ、以前の様に、起きている間中ずっと大量の情報が目から頭に流れ込んでくる訳ではないので、そうそう頻繁に寝る様な事態にはならない思います。こちらも加減が分かってきましたし」



ユスターシュが不在だったことや、ロクタンの能力を試したいという意図もあり、この4日間は色々とやらせてみた様だ。

ロクタンもノリノリで請け負っていたというから、彼の変わり様には皆がビックリした事だろう。



「ラムダロス家の侯爵家への陞爵の手続きも始まった様ですよ」


「早いな」


「レオーネさまが婚姻を今か今かとお待ちでして、あちらからもせっつかれた様です」


「はは、なるほどね」



幾つか書類を捌き、重要案件を二つほどこなした後、ユスターシュは時計を見た。



もう少しで、プルフトス王国の王太子ネクトゥスと約束した時間だ。



「そろそろ出る。馬車の用意を頼む」


「かしこまりました」


「国家機密に関わる話をする。向こうでは、護衛たちに距離を取らせるように」


「伝えておきます」



外出の支度を整え、ユスターシュは城の入り口へと向かう。


ちょうどネクトゥスも来たところ。

互いに軽く会釈を交わし、彼の背後にいる人物へと目を向ける。



そう、最初に謁見した際の使節団の中にはいなかったのに、結婚式に参列する時にはいた人物。


より正確に言うと、最初の使節団にいた人員と入れ替わって参列した人物だ。



「・・・式には参列してもらったが、言葉を交わすのは初めてになるかな。はじめまして、ようこそランバルディア王国へ。プルフトス王国の大公ご子息、アベル殿」


「・・・やはり、裁定者の目はごまかせませんね」



顔色を悪くした男は、苦笑を洩らし、深く頭を下げた。



「別ルートで密かに入国した事はお詫びします。ですが、俺の祖母はこの国で重罪を犯したかの側妃の実姉。もし俺が使節団の一員として公的に訪問すれば、要らぬ警戒を生むと思いました。決して不穏な計画があった訳ではなく、裁定者殿の歴史的な結婚を静かに見守り、祖父母に自ら報告したいと思い・・・」


「分かっていますよ、アベル殿」



深く頭を下げたままのアベルに握手を求めて手を差し出すと、彼は怪訝な表情で顔を上げた。


恐らくは、何らかの罰を受ける事を予想した上でここに来たのだろう。



だからユスターシュはもう一度、その言葉を繰り返した。



「大丈夫、分かっています」


「そんな、本当に・・・あなたは・・・」



ーーー意図の善悪が判別できるのですね



ユスターシュは頷きを返す。



こんな時、裁定者の力があって良かったと改めてユスターシュは思う。



ヘレナが前に言った通り『正しい人を守るため』、そのために、自分のこの力があるのだと再度、確信する事が出来るから。



ユスターシュは微笑み、用意された馬車を示す。



「では行きましょうか。予めお伝えした通り、お2人を連れて行きたい場所があるのです」






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