これは、いわゆる
「いい式だったね」
そう言って、微笑みながらホッと息を吐いたのは、本日めでたく式を挙げたユスターシュだ。
貴人要人たちを集めた場での結婚式と、その後に続いた披露宴。
それら全てを終え、今ユスターシュとヘレナは、王城に用意された彼ら2人の部屋でやっとひと息ついたところである。
彼らが王城に滞在するのは今日が最後。
明日の午後に、彼らは久方ぶりに『裁定者の館』へと帰還する。
そう、あの認証システム付きの、セキュリティ対策ばっちりの屋敷に。
今夜はこの豪華な客間で夜をすごし、明日の国王陛下への謁見をもって退城という段取りだ。
さて、目下ユスターシュが悩んでいるのは、この客間で初夜を行うか、それとも明日の夜に持ち越すかという究極の問題で。
ユスターシュの本能としては、もちろん今日ヘレナを美味しく頂いてしまいたい。
だが2人は、明日の謁見、いや、そもそもそれより前に、国王一家を交えて遅めの朝食を取る予定になっている。
もし今夜ユスターシュが晴れて大人の階段を登り切ったとして、明日の朝食の場で彼らの顔をまともに見られる自信がない。
絶対、そう絶対にドヤ顔、もしくはしたり顔をしてくる筈なのだ。
しかも厄介なことに、ユスターシュの場合、副音声付である。
『まあユス君たら、幸せそうな顔しちゃって』・・・くらいならば耐えられる。
『ようやく本懐を遂げられたもんな』・・・もまだ良しとしよう。
ヘレナの様子を観察した上で、上手くできたとか駄目だったとか、果ては『がっつきすぎ』などという評価が下されでもしたら、軽く死んでしまうかもしれない。
「かといって、明日まで我慢できる自信もなかったりするんだよね・・・」
「? ユスさま? 何か仰いました?」
ぽそ、と呟いたユスターシュの声をヘレナが拾った。
「っ! い、いや、なにも?」
「ふ~ん? そうですか?」
披露宴用のドレスを脱ぎ、化粧を落とし、湯浴みをしたヘレナは今、夜着にガウンを羽織り、ユスターシュの向かい側に座っている。
部屋には既に2人きり。
ワゴンの上には飲み物や軽食などが用意され、好きにつまめる様にした上で、侍女やメイドたちは部屋から下がっている。
そう、後はもう、ユスターシュ次第なのだ。
「あ、ユスさま。ワインも置いてありますよ」
「そ、そうか」
「わ~い、飲みましょ、飲みましょ」
グラスを手にいそいそとテーブルに座るヘレナの様子は、いつもよりもハイテンション。
「これね、さっき侍女さんから聞いたんですけど、ユスさまの生まれた年のものなんですって」
「へえ」
「うふふ、楽しみですね~」
ヘレナは、テーブルの上に置いたワイングラスにトクトクとワインを注ぐ。
だが、その手は冗談かと思うくらいに震えていて、当然ながら注がれるワインも盛大に揺れ、ばっしゃんばっしゃんとグラスの外に零れまくった。
「あら? あらら?」
ちなみに、この時のヘレナの心の声がどうなっていたかというと・・・
―――ヤバい、ヤバいヤバいヤバい。心臓がバクバクするし、手の震えが止まらないわ。
こんなに胸が苦しいのは何かの病気・・・? はっ、そうか。これが恋の力ね!
「・・・いや、ヘレナ。それはきっと、息を止めているからだと思う」
「い、き・・・? はっ、息・・・っ」
「深呼吸した方がいい。ほら、吸って、吐いて。もう顔色が危ないことになっているよ」
「は、はい。スーハ―スーハ―」
胸に手を当て、一生懸命に息を吸ったり吐いたりするヘレナを見て、ユスターシュの肩の力が抜けていく。
片方が酷く慌てていると、もう片方は自然と落ち着きを取り戻すものだ。
お陰でユスターシュの緊張も解けてきた。
「は、はい。どうぞ」
テーブルの上にワインの水たまりができたけれど、ヘレナはなんとか注ぎ終わったグラスを一つ、ユスターシュに差し出した。
「ありが・・・」
だが緊張が解れてきてたのは、当然ユスターシュだけ。
だから未だ緊張したままのヘレナがテンパって、いきなり自分のワインをぐいっと一気飲みしたのは、予想外ではあったけれど、たぶん想定内のことで。
ユスターシュがいつものユスターシュだったら、きっと事前に阻止できていただろうけれど。
「ヘレナッ」
「あら、あらら・・・? これ、思っていたよりも、ちゅよいんれす、ね・・・?」
けれど、ユスターシュも初めての夜に浮わついていたから、間に合わなかった。
「なんか・・・てんじょうが、くるくる、しましゅ~。くるくる・・・」
「ヘレ・・・」
・・・ぱたり。
そのままソファに倒れ込み、寝息をたて始めたヘレナを見て、暫し呆然としていたユスターシュは、やがて天井を仰ぎ、呟く。
「こういうオチか」
そう、強制終了だ。
選択の余地なしというやつである。
いわゆる生殺し状態、もしくはお預けとも言う。




