違ーーーう!
式場として準備された大会堂の中央部にある大広間。
その扉の前で待機しているのは、花嫁であるヘレナと、エスコート役の父オーウェンである。
扉が開いたら、ヘレナは父に伴われ、新郎ユスターシュのもとに歩いていくのだ。
娘を嫁に出す父の心境は複雑らしく、式開始前だというのに、オーウェンの涙腺は既に崩壊している。
だが流石はレウエル家、結婚前に交わす父と娘の最後の会話は、全くしんみりしたものとはならなかった。
「ヘレナ・・・なんて綺麗になって・・・短い間にすっかり化けたな。しかもウェストがある・・・もしかして夕食も食べずに頑張ったのか? なんて健気な・・・流石は私の娘だ・・・よよよ」
いや、一応オーウェンはしんみりしているのだ。少なくとも本人はそのつもりでいる。
だが、父の台詞は全くもって感動を誘うものではない。だって、ヘレナの眼は感動で潤むどころか、どんどん冷たくなっている。
「・・・お父さまってば、本日晴れてお嫁に行くという娘に、もしかしてケンカ売ってます?」
「えっ、なんで?」
ヘレナの質問にオーウェンは慌てたので、やっぱり本気でしんみりしていたのだろう。
「そんな、ケンカなんて売ってないよ! 本当にそう思ったから言っただけで! だって、ほら、今まで何もなかったところに、ウェストが誕生しているんだよ?! よく頑張ったと感動したから誉めたのに!」
「やっぱり売ってるじゃないですか。もういいです、お父さまのエスコートなんて要りません。一人で歩きます」
「えええっ、やだ! 娘の最後のエスコートだもの。絶対する! この可愛い花嫁はうちの娘ですって、見せびらかすんだから!」
・・・さて。
こんな緊張感のない会話を聞いていたのは、本人たちを除けば、扉の開閉役として近くに控えていた使用人たちくらいだ。
国内外から参列客が集まった、ランバルディア王国史上初の『裁定者の結婚式』が今から始まるというのに、随分と余裕だなぁ、と彼らは心の内で感心していた。
流石は裁定者の番となる方、度胸も人一倍ということか、なんて感じで。
が、しかし。
広間から荘厳な音楽が流れだし、扉を開く合図が出される。
それを受けて、使用人たちがゆっくりと両側から扉を押し開き、いざ振り返って父娘を見れば。
カタ、カタカタカタカタ・・・
えっ? と使用人たちは目を疑う。
先ほどまでは下らない(と言っては本人たちに失礼かもしれないが)会話に終始していた2人が、今は青い顔で全身を震わせているではないか。
いや、全身というよりかは、父と娘が重ねた手を起点として、互いの身体全体に振動が伝わっているという感じだろうか。
・・・え、この2人、ちゃんと歩けるの?
と使用人たちが不安に思ったのも無理からぬこと。
なにせ扉はもう開かれてしまった。
荘厳な音楽はクライマックスに突入しようというところだし、広間に集まった参列客たちは割れんばかりの拍手をして花嫁とその父の入場を今か今かと待っている。
そして、敷き詰められた真っ白のカーペットのその先にひとり立ち、花嫁を待つのは、ランバルディア王国の生きる伝説である裁定者ユスターシュ。
そんな準備万端の雰囲気の中、オーウェンとヘレナはカタカタしているのだ。
・・・行って、行ってください!
・・・足! 足を動かして!
・・・頑張って! お願いだから!
そんな使用人たちの必死な心の声は、もちろんオーウェンとヘレナには届かない。
けれど、たぶん何とかしなくてはとオーウェンたちも思ったのだろう。
オーウェンは震える声で「ヘレナ」と娘の名を読んだ。
「い、行かなくてはな」
「そ、そそそ、そうですね。足、足を出さないと・・・あら、足ってどうやって動くんでしたっけ?」
「ええと、それは、それはだな。脳の命令によって筋肉が伸び縮みして・・・そもそもは、関節についた筋肉が動くことで関節が動いて・・・」
「ええと、で、では、足の関節にくっついた筋肉を動かせと、脳に命令すればいいのかしら・・・?」
「そ、そういう事に・・・なる、のかな」
・・・っ! 違ーーーーーうっ!!!
いや、そうだけど、なんか違う!
声を上げて指摘したいが立場と状況がそれを許さない使用人たちは、心の中で必死に叫ぶ。
勿論、ユスターシュの様な力のない2人に、その声が届く事はない。




