第1章 第3節『神、マルティコラス』
ディオンから200㎞ほど離れた、霊峰モンテオールの山頂。
そこには、神々が暮らす、神の国があった。
その神の国の、とある神殿の中。
「くそっ! 俺の"ラヴィ"がやられちまった!」
「中々のスピードではありましたけどね、相手が一枚上手だったみたい」
頭を上げ、眉間に皺を作る一人称俺の女はマルティコラス。ショートカットの金髪にツリ目、赤い瞳のボーイッシュな神である。
それに応える丁寧な口調の女はガルダ。赤銅色の髪が特徴的だが、それ以上に背中に生えた赤い羽根が特徴的な、こちらもまた、神の1人である。
「なあ! "ラヴィ"ってもっと強くなんねぇの!?」
「あれの能力は、呼び出す者次第。だから、神の国でも私と1位2位を争うスピードである貴女の"ラヴィ"は速かったじゃない」
"ラヴィ"とは、オリエたちの前に現れた、"堕天使"のことだ。
「つまりなんだぁ? 俺が弱えから"ラヴィ"が負けたってことか!? なぁ!?」
「……まぁそうね。ただ速いだけだから負けたのでしょう。……フフッ」
「おい! 今笑っただろてめぇ!」
「……笑ってないわよ?」
「しれっと嘘ついてんじゃねぇ!!」
(くそっ! どいつもこいつも馬鹿にしやがって! ……見てろ神の国のクソども! 俺がつえーってこと分からせてやるよ……!!)
この神殿内部は、まるでアメコミヒーローのアジトのように、何に使うのか分からない大量の機械で埋め尽くされている。
まるで変形ロボの操縦席のような所に座っているマルティコラスは、VRゴーグルに似た機械を装着した。
「ちょっとマルティコラス!? もう12個はストック手に入れてるでしょ!? 別に1個くらい……」
「ストックなんざどうでもいい! 俺はあいつらに借りを返すだけだ」
ストックとは命。神は下界の人々の命を奪うことで、擬似的な不老不死を得ていた。
下界の人間の数が極端に減らないよう、一度の"ラヴィ"召喚で奪えるストックの上限は13個までとされている。
『マルティコラス様。召喚獣の種類、召喚座標は如何なさいますか?』
神殿内のスピーカーから電子音がする。
「決まってんだろ。場所はディオンの教会の神父ん中。召喚すんのは……俺だ!」
「なっ!? 貴女まさか!?」
ーー神降し。
下界人ーー特に神職が最適とされるーーに憑依し、擬似的に神の力を行使する、禁忌。
『非常時以外の"神降し"は神界法で禁止されております。強行した場合ーー』
「非常時だよ! 俺の思い描いてたキャリアプランを台無しにしてくれた奴らだ! ボコボコにしなきゃ気が済まねぇ!」
『了承できません』
「いいからやれよ! なぁ!」
『了承できません。これ以上は迷惑行為と見なし本部に報告をーー』
と、ガルダがゴーグルを取り上げた。
「もう! 何やってるんですか貴女は? 私の信用まで落ちるんだけど?」
「くそっ!!」
マルティコラスは大きな音を立てながら操縦席を降り、ガルダを一瞥して早足で神殿を後にした。
神殿から出ると、あたりはもう暗くなっており、満点の星空がマルティコラスを包んでいる。
だが、彼女にはこの神秘的な景色などまるで目に入っていない。
(くそ、くそ……。ぜってぇ、俺は上り詰めてみせる……。親父との約束なんだ……。こんなクソみてぇな世界に神は一人で充分なんだよ。だからこの俺が、唯一の神になる……そう、決めたのによぉ……!!)
こらえきれずに涙が頬を伝う。
野望はでかい。だと言うのに、そのためのはじめの一歩で派手に転倒した。
自分が惨めで惨めで仕方なかった。
全ては、神を超えた神になるために。
そう思っていたのに、他の神どころか、なんだかよく分からない人間2人に負けた。
これが惨めでないならなんだというのか。
力無き者に、居場所なんてない。このままでは、過去の、ただ奴らの慰み者になっていただけの自分に戻ってしまう。それは、嫌だ。
幼い自分を優しく包んでくれた父の顔、それから少し成長した自分を心底愉しそうに玩ぶ屑どもの顔。どちらを思い返そうと、彼女の心臓はその速度を増していくだけ。
胸の痛みを無視するように、彼女は叫ぶ。
「……クソが、クソが、クソがぁぁぁぁぁあ!!」
掴んだ小石を、月に向かって投げつけた。当然届くはずはなく、石は暗い夜闇に消えていく。
「神降しがダメってんならよ……直接俺が殺してやるよ……。ハハ、ハ、ハハハハハハハハハハハハーー!!」
ちっぽけな神の、精一杯の笑い声は、静寂の星空に吸い込まれていった。
ブクマしていただいた方、ありがとうございました!
良かったよーという方はブクマ・評価いただけますと書くモチベが上がりますし、大変うれしいです。
次回はオリエとラパンの話に戻ります。
第5節から、話が大きく動き出す予定です。
次回は明日(4/20)21時頃の更新予定です。よろしければご覧ください。