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第1章 第2節『男の娘と謎の堕天使?』

 ーーここは、近代魔法国家、アヴニール王国。


 国内の街の多くには中世ヨーロッパ然とした、ゴシック様式の建物群が並ぶ。時折、ロマネスク様式の建築物も散見され、オリエが元々いた世界と同様の変異を遂げてきた事が予想される。


 魔法は国民の殆どがその存在を認識しているが、誰もが扱えるわけではない。

 王都に本校を置く魔法学園に入学する以外に、魔法を本格的に学ぶ術がないからだ。


 とはいえ、マジックアイテムを活用する事で、国民は生活に魔法を取り入れている。

 湧水からの長い水道を引かずとも、蛇口を捻れば綺麗な水は出るし、手間を掛けて火を起こさずとも、やはりツマミを捻れば炎が灯るのだ。


 半年間、この世界で生活したオリエの感想は、"生活感に関しては元の世界とあんまり変わんねーな"、だった。


 服飾だってそうだ。街を歩く人々の服装自体は様々だが、その素材は麻やフェルト、綿、果てはデニム生地等々、現代世界の多くの国で用いられているものと同じだった。

 だから、彼が好んで着ているのは、ジップアップ式の慣れ親しんだ緑のパーカーだ。下半身は冒険者感を出したくて、黒いサバイバルパンツに革のブーツと、無骨な格好をしていたが。


 つまりは、この国で異世界感を感じさせるものは、"現代からすれば古い様式の建築物"くらいなもので、金さえ稼げるようになれば、まるで不自由がなかったのである。


 その建築物だって、西洋建築に馴染みがない彼にとっては、"ヨーロッパ行ったらこんな街並みなのかなぁ"、くらいの認識であった。


 とは言っても、彼はこの国の全ての街を見たわけではない。それどころか、この街、ディオンのことしか、実は知らない。魔法の存在は、連れの男の娘やギルドのおっちゃん達から聞き、ぼんやりと認知しているくらいだ。


 それもそうだろう。この世界に来てからまだ半年。可憐な連れに釣られてか、最近はそうでもないのだが、元来は無気力の権化のようなこの男。その胸中には、国を巡ろう、なんてアクティブな発想は、まだ生まれていなかったのだからーー。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※


「お、お嬢ちゃん3日ぶりだな! 今日はクエストか?」


「僕はお嬢ちゃんじゃないよ! ラパンテッド!」


「ははは、そうだなぁ! ラパンテッド! ラパンテッド! はっはっは!」


 オリエとラパンは、報酬70万パリスのクエストを受けるため、ギルドに来ていた。


 本当はお嬢ちゃん呼ばわりされることについてはむしろ嬉しいラパンなのだが、それを周りに悟られると厄介なことになることが分かっているので、あえて否定している。

 男だよ! じゃなくて、ラパンテッドだよ! と言っているのは、この狭量な世界へのわずかばかりの反抗だった。


 ラパンをお嬢ちゃん呼ばわりするこのおっちゃんは、キース。

 ギルドと併設する酒場の常連で、昼から酒を煽っては、いつもラパンにちょっかいをかけている。


「受付のお姉さん。今回はこれを受けたいんだが」


「報酬70万パリス。"森の獅子"の討伐ですね。承りました」


「70万!?」「おい、まじかよ。あいつらついにそんなとこまで!」「ラパンきゅんなんで女じゃないんだよちくしょう!」


 ざわつくギルド。ビーストハントのオリエとラパン、と言えば、このギルドでは知らないものはいないほどになっていた。


 目立つことがあまり好きではない2人は、聞こえないふりをしてそそくさとギルドの出口に向かう。


「オリエ、お嬢ちゃん、あんま無理すんじゃねーぞ!」


 キースの声。2人は振り向き、にっと笑顔を向ける。


「僕はラパンテッドだからね!!」


 それを返事がわりに、クエストに出発した。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※


 ディオン近隣の森。鬱蒼と茂る緑の中で、2人はとある獣と対峙している。


「おー。こいつが森の獅子か。なるほど、確かに森の獅子だ」


「シマシマで可愛い顔してるねぇ。牙は鋭いけど。でっかい猫って感じ」


「ん? あぁ。そうだな確かにでっかい猫だなぁ……」


(虎じゃん!? これ虎だよね?? 人面鳥とか、双頭の大蛇とか、これまでなんかファンタジーっぽいのだったじゃん!? なんで最高額が普通の虎?)


 虎だった。紛うことなきただの虎だった。

 動物園で子供の時見た以来だななんて、オリエは思い出に浸っていた。


「グルルルル……」


「っと、浸ってる場合じゃねーな。ラパン! プランAで行くぞ!」


「うん!」


 ラパンの返事を聞いたオリエは虎と真正面から目を合わせる。


 異世界に来たからにはギフトなんてものが与えられるのが常ってわけで。

 オリエはそれを使ってこれまで幾匹もの獣を狩ってきたのだった。


 そのギフトは、"影(オンブル)"。

 影の濃淡を操る能力だ。影の濃淡と言っても直接的な意味ではない。そんな事ができても、影から出入りする系吸血鬼くらいにしか効果はないだろう。


 この場合の影とは即ち存在感である。

 影を限界まで薄くすれば、例え目の前にいても、相手は自分に気づかない。逆に、影を限界まで濃くすれば……


「ヴァウ!? …………クゥン」


 それ即ち威圧感となる。

 今、森の獅子には、オリエが己の何倍もの大きさの獣に見えている事だろう。


「「もらったーーーー!!!」」


 オリエにビビり、動けない森の獅子の両脇からーー、


 2(・)人(・)のラパンが挟み撃ちにする。


 ラパンが得意とするのは"分身(ディプリケーション)"。


 その名の通り、分身する魔法である。

 魔法学園を卒業しているラパンは一通りの初級魔法は扱えるが、他人よりも優れた成績をおさめた魔法といえば、この分身だけだった。

 とはいえ、その魔法は完全に本人と寸分違わぬ分身を作り出すもので、このレベルの分身ができるものは、千を超える学生が通う魔法学園にさえ、片手の指の数もいなかった程だ。


 2人のラパンは、手に持った剣を虎の首に突き刺す。

 しばらくもがいた虎だったが、徐々に衰弱し、息絶えた。


「やったやったぁ!!」


 彼は飛び跳ねて喜ぶ。飛ぶ度に綿毛のような金髪がふわふわと揺れている。


「70万……70万だ!! ひゃっほー!!」


 オリエは嬉しさのあまり、彼に抱き着き振り回す。


(ちょちょちょーー、ちかい! ちかいよオリエくん!! オリエくんの腕が! 僕を! 抱いてる! 体温が! 体温が! あぁぁぁぁぁあ!!!)


 ふわふわ金髪の男の娘は、みるみるうちに顔が赤くなっていく。

 オリエにそれがバレないように、彼の胸に顔を突っ込む。だが、それは当然、逆効果だった。


(オ、オリエくんの匂い……匂いが……あ、あぁ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあんっ!!!)


 血液が巡りすぎたのか、色んなところが沸騰状態のラパン。

 密着したラパンの身体の違和感に気づいたオリエが彼を自らの体から離すと、目の焦点が合っていないような感じで、魂が天に昇っていく寸前のような顔をしていた。


「……お前、なんで大きくしてんだ?」


「気づかないふりしてよぉ……」


 もう、今日はこれだけで70万以上の価値があったと、ラパンはぼーっとした頭で考えていた。その時、


 ーーガサッ


「「え?」」


 意表を突かれ、間の抜けた声を上げた2人の目の前に、大きな黒い塊が現れる。

 よく見ると、黒い毛に覆われた2メートルほどの丸みを帯びた巨体に、天使のような白い羽根が生えていた。


「堕天……使?」


 オリエにはまるでそう見えた。

 どこが顔かわからないが、体の上部にある2つの赤い光点が、こちらを見ているような気がする。


(こいつが何なのかはわからんが……!)


「ラパン! さっきと同じ要領でいくぞ!」


「わ、わかった!」


 こいつがどんな獣かはわからないが、なんにせよ、やられる前にやるしかない。

 大人しい草食獣だったら、それはそん時謝ればいい。


 そう思ったオリエは、森の獅子戦同様に、相手の真正面に立ち、"影(オンブル)"の濃度を限界まで高める。


「???」


 だが、目の前の相手は首を傾げ、何か考えているようにこちらを見ているだけだ。


「な……」


(効いてない……のか?)


 はじめてのパターンだ。威圧を受けて、どう動くかは獣によって異なっていた。だが、全く意に介していないというのは、これまで一度たりともなかったのだ。


 しばしの沈黙の後、"堕天使"が動き出す。

 オリエがその動きを感じた刹那、瞬きした瞬間に、黒い腕が、目の前にーー、


「あぶない!!」


 ーーラパンがオリエにダイブし、間一髪、相手の攻撃を躱す。


「サンキュー、ラパン。……全然見えなかった」


「僕も動体視力の強化をかけてるのに、ほとんど見えてなかったよ。凄まじいスピードだ」


「少し時間……稼げるか?」


「……分身すれば、2、3分ならいけると思う」


「充分だ。プランBでいこう」


「了解。頑張って隙つくるね!」


「任せた! ……"影(オンブル)"、"淡(クレー)"」


 そう言ったオリエの体は、ラパンから一瞬で見えなくなった。

 "堕天使"は、キョロキョロと辺りを見回している。


(……どうやらこっちは効くみたいだな)


 オリエは、視界から消えても、いなくなったわけでも、超高速で動いているわけでもない。ただ、そこにいるだけだ。


 そこにいて、存在感だけを限界まで薄くしていた。


(頼んだぞ、ラパン)


 片刃のダガーを握りながら、ラパンの戦いを見守る。


 ラパンは分身し、身体強化の魔法を使った上で、"堕天使"と戦っている。

 "堕天使"は、風が巻き起こるほどの凄まじい速度で攻撃を仕掛けるが、視点が2つあるラパンは、紙一重でその攻撃を躱していく。


 とはいえ、スピードの差は明らかだ。徐々に攻撃の精度が高まっていく"堕天使"。

 片方のラパンが超高速のタックルをくらい、地面に勢いよく転がる。

 転がったラパンにとどめを刺そうと、黒い獣が腕を振り上げたその時、


「絡まれ、僕の触手よ!」


 もう片方のラパンが叫んだと同時に、転がっていたラパンが弾け、中から大量の光の触手が"堕天使"に絡みついた。


「今だよ、オリエくん!!」


「はいよ!」


 いつの間にか、すぐ近くの木の上にスタンバイしていたオリエは、ダガーを振りかぶり、跳んだ。

 木の下にいる"堕天使"めがけて、ダガーを振り下ろす。


 ーーザッ


 振り下ろされたダガーは、"堕天使"の脳天らしきところに突き刺さり、ダガーから手を離したオリエは地面に落下した。


 "堕天使"が体勢を崩し、倒れていく。


「大丈夫!? オリエくん!」


 ラパンがオリエに駆け寄る。


「おう。何とかな。ところどころ痛むけど、とりあえず大丈夫だ」


「よかったぁ。結構高いところから飛び降りたみたいだったから心配しちゃったよ」


「あいつは? どうなった?」


「たぶん、死んだと思う。倒れてから全く動かないし、なんというか、生気が感じられないから」


「間一髪、か。いやー、おかげで勝てたぜ、相棒」


 オリエは、ラパンに向かって拳を突き出した。


「あ、あいぼ、あい、ぼー……。そそそ、そうだね! 僕たち相棒! いぇーい!」


(急にパートナー宣言だなんて、大胆すぎるよぉオリエくん!)


 彼の拳に自身の色白いそれを合わせるラパン。


(今日は70万どころか、一生分の思い出になるよぉ!)


 既にラパンの目には、"堕天使"などかけらも映っていなかった。

 お読みいただきありがとうございます。


 よろしければ、ブクマ・評価いただけますと書くモチベが上がりますし、私が泣いて喜びます。


 次回以降は、基本的に毎日21時頃に投稿予定ですので、もしよろしければご覧ください。

【4/22追記】投稿時間は日により変わります。最新話の後書きに次回更新予定日時を記載していますので、そちらをご確認ください。

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