第1章 第1節『男の娘と始まりの前夜』
彼の瞳に映ったのは、純白の肌だった。
呼吸をする度に僅かに上下する、華奢な身体を薄く覆った、純白の肌だった。
「オリエくん……。オリエくん……好きだよ、オリエくん……」
窓から差す月明かりが、その肢体を照らす。仄かに照らされた薄絹の肌。男にはその白が、純真無垢な美少女の如き彼の風貌と、やけに親和性が高いように感じられた。
だから、魅入る。
愛する者の名を呟きながら、枕をその相手に見立てて抱きしめている可憐な男の名は、ラパンテッド。通称、ラパン。
美しく、雲のようにふんわりとした金髪。瞳は澄んだ青空のようなブルー。
服装は、裾が太腿まで届く程の、体格にしては大きな白いTシャツ。袖口からは白くスラッとした腕が伸び、襟元からは男にしては細く、ハッキリとした線を描いた鎖骨がチラチラと覗いている。
それに加えて、動くたびに白い布地から華奢な身体が浮き上がる様子は艶かしくも清純で、まるで天使のようだ、と彼を眺める男は思った。
その男とは、織衛一。通称、オリエ。黒髪でやや筋肉質の彼は、何度かこの光景を目にしているのだが、未だに慣れることはないらしい。
彼は、何も覗こうと思ったわけではない。
ラパンを夕飯に誘おうと、彼が泊まっている部屋を訪ねただけだった。
一応ノックはしたのだが、なんの返事もない。
留守なのかとドアノブに手をかけたら、鍵が閉まっていなかったのだ。
悪いと思いつつも部屋に入った彼は、ベッドの上で身悶えるラパンを発見。あまりの可憐さに毎度の如く目が離せなくなった、というわけである。
「ああ! オリエくん! 君はなんてカッコいいんだ! オリエくん! オリエくーん!!」
ラパンは唐突に叫ぶと、枕を抱きしめたままベッドに横になり、ゴロゴロと転がり始めた。
「あぁぁぁぁぁぁぁあ!! オリエくーーーーん!!!」
今日はいつにも増して高低差が激しいな、とすっかり観客気分で眺める彼に対し、自分の妄想に浸り、ベッド上で暴れるその男の娘は、まるで来訪者の存在に気づかない。
「オリエくん!!」
ガバッと体を起こしたラパンは、枕を身体から離した。
(何やってんだあいつ……?)
直前の奇行から打って変わり、急にシリアスな雰囲気を醸し出したラパンを見て、オリエは不思議に思う。壁に背中を預け、動向を見守る姿勢に入った。
「オ、オリエくん……んちゅー!!」
ラパンは、枕に向かって唇を突き出す。どうやら、キスの練習をしているらしい。
背中側から覗くオリエには、表情まではわからない。それでも見続けてしまうのは、動きそのものに可愛げを感じているからに他ならなかった。
ラパンは枕に抱きついたまま180°回転する。ベッドに倒れこもうとした彼の視線の先にはーー、
「お、おう。今日も元気だな……?」
「………?」
ぽふん、とベッドに仰向けに寝転んだ男の娘は、目をパチクリさせる。
惚け顔の彼は一瞬、何が何だかわからなかった。だが、徐々に鮮明になる意識とリンクして、先ほどまでとは違う種類の赤みが顔中に広がり、
「…………あ、にゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」
涙目で素っ頓狂な声を上げて、勢いよくベッドから身体を起こした彼は、その勢いのまま枕を自分の後ろに隠した。
「いや、別に枕隠す必要ないだろ」
「反射的にだよ! いつから見てたのさ!?」
「え、うーん、俺の名前呼び始めた辺り?」
「え!? そんなに前から!? 全然気づかなかったよぉ……」
オリエが言った時点とラパンの思い浮かべた時点にはだいぶ齟齬があった。オリエはそれに気づいていたたまれない気分になったが、ラパンはラパンで、この"イメトレ"を最初からずっと見られていたと勘違いして、いたたまれなくなっていた。
数秒の沈黙。先に声を発したのはオリエだ。
「とりあえず、飯食いに行こうぜ? 準備できたら俺の部屋来なよ」
「うん、行く……」
彼が部屋から出た直後、ラパンは、重力のままにベッドに顔を埋めた。
「もー! もー! ……すけべ。……いや、すけべは僕か……」
彼を求める欲の強さは自分が1番よくわかっている。1日だって我慢できないのだ。初めてオリエに"対オリエくんのためのイメトレ"を見られた時の事を思い出したら、再び心臓が高鳴る。
(もう……。僕の気持ち分かってるはずなのに……。けど、それでも僕のそばにいてくれる君のことが僕は……)
これは本心だ。自分は彼を愛している。
けれど、同性愛が禁じられているこの国で、彼に愛の言葉を告げるわけにはいかないのだ。
(もうあの頃には戻りたくないから……。そうそう同じ轍は踏まないよ。……悔しいけど)
オリエは自分を裏切らない。そう思うだけの半年を彼と過ごしてきたけれど、それでも過去のトラウマというものは簡単に消え去るものではない。
それに彼に迷惑をかけるわけにはいかない。この想いはずっと心の中にしまっておくべきだーー。
ーーぐうううう
と、お腹の音が鳴り響く。カロリーを消費したのだろうか。気づけばしっとりと汗もかいている。
シャワーを浴びていたら流石に待たせすぎてしまうと感じたラパンは、服を脱ぎ、乾いたタオルで体を拭いた。
その後、先ほどまでとは違う白いTシャツを着て、大きめのデニムパンツを履く。その上からお気に入りの、オーバーサイズの黄色いカーディガンを羽織った彼は、小走りでオリエの部屋へと向かうのだった。
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「いやー美味かったなーあそこのステーキは!」
夕食を終えた2人は、宿への道をだらだらと喋りながら帰っていた。
今日の夕食は肉料理専門店。オリエは一角牛のステーキ、ラパンはもこもこ羊のジンギスカンを食べたのだった。
一角牛のステーキは余分な脂が少なく、赤身の味が強い、まさしく肉を食っている! という食感が人気のメニューだ。
彼、オリエはこの世界に異世界転移をした元現代日本人だが、黒毛和牛のステーキなど食べられるような上級国民ではなかった。だから、赤身主体の肉の方が馴染みがあり、この世界に来てからも好んで食べている。
「僕のジンギスカンも中々美味しかったよ! ジューシーで羊独特の風味がたまらなかったよぉ」
「運動した分のカロリーは摂取できたか?」
「え……? はっ! もう! 忘れてよ! さっきのことは!!」
何度も見られているのに、ラパンの羞恥心は薄まるどころか増すばかりである。
(でも思い出したら……)
劣情も増すばかりである。
「ところで明日だけど、このクエスト受けてみないか」
そう言うとオリエは、クエストの詳細が書かれた紙をラパンに手渡した。
「今回もビーストハント?」
「ビーストハントはビーストハントだが、今回の報酬はいつもよりもちょい高めだ」
「……70万パリス!?」
パリスはこの世界のお金の単位。日本円にして1パリス=1円である。
「これまで最高でも50万だもんね。けど、これまでを考えたら、そろそろ上のクラスに挑戦してもいいのかも」
高報酬のクエストは、つまりは高難度であるということだ。ラパンがこれを受けることに対して否定的でないのは、自分たちの実力が決して低いとは思っていないからである。
たまたまこの街、ディオンで出会った異世界転移者のオリエと自称冒険者のラパンは、お互いに思うところがあってコンビを組み、街のギルドにあげられるクエストをクリアすることで報酬を得て、その日暮らしをしてきた。
最初こそ野宿や馬小屋暮らしだったが、徐々に連携が取れてきた彼らは、高収入のビーストハントを危なげなくクリアできるようになった。これを重点的に受けることで、今では宿暮らしができるようになっている。
これまでも50万パリスを超える高難度ビーストハントは何度か経験があった。獣狩りにおいて、この街で右に出るものはそういないだろうという自負はあるのだ。
「よっし、じゃあ決まりだな! 明日はこのクエスト受けよう!」
「じゃあ今日は早めに寝なきゃだね」
「そうだなー。帰って風呂入ったらすぐに寝ないとなぁ」
「……じゃあ、さ、一緒に入ろ? おふろ」
オリエよりも15センチ近く背の低いラパンは、オリエ視点だと自然と上目遣いになる。
反則級の可愛さだと、オリエは思った。
「お、おう……。一緒に入るか」
「ほんと? やったー!!」
(いやいやいや! 男同士だから! 何もそんなにドキドキする必要ないからね!?)
オリエは緊張を紛らわすため、自分に最もらしい言い訳をする。最もらしいというか、最もではあるのだが。彼は彼で、ラパンをそういう対象として見ているのだった。
(やったぁ!! オリエくんとおふろ!! 最近はシャワーで済ませちゃうことが多かったしなぁ。……あー! つい誘っちゃったけどドキドキするよぉ!)
ラパンはラパンで心臓の高鳴りを感じていた。
((あぁ、今夜は眠れないかもなぁ……))
お互いが同じことを考えているなど微塵も思っていない2人は、魔法光を灯した薄暗い街頭に照らされながら、宿への道を歩いていく。
明日のビーストハントが、彼らの運命を大きく変えることなど、知る由もなくーー。
異世界転移者と男の娘冒険者のダブル主人公で書いていきます。
よろしければ、ブクマ・評価いただけますと執筆のモチベが上がりますし、私が泣いて喜びます。
男の娘×神話×バトル。筆者が好きなものを詰め込んだ話です。
バトルは少年漫画のノリ。魔法、リアル武器なんでもござれ。銃火器もその内出します。
ちょいエロ、のほほん日常話もたまーに入れます。
次回は本日(4/18)22時ごろ投稿予定です。
話を進めたいので、お風呂回ではありません。
長く連載できそうであれば、いずれ書きたいなーとは思っています。
それでは、よろしくお願いいたします!
【追記】
第2章 第2節でお風呂回できました。わしゃ満足じゃ…。
【追記2】
活動報告にキャラ設定置いてます。
不定期で更新予定です。