三十二話 良一、推理する。しかし対戦相手、『姉』の信じがたい猛攻
前回までのあらすじ:
不幸な奴隷少女を救うために負ければすべてを失う『競技』に挑む良一。だが、その競技は両市が想定して練習してきた二人対戦ではなく、予想だにしていなかった三人対戦だった。良一は戦えるという自信を喪失する。
「今より行われる競技が、いつの日か訪れるかも知れぬ『知恵比べの悪魔』との戦いにおける、我々への祝福とならんことを祈る!」
男が大きな声で言った。
観衆が沸き立つ。
「コーヅキ氏。名乗りを。」
男が僕に言った。
そうだ、前の村で競技をやった時は格好つけて自己紹介したんだった。
僕は椅子から立ち上がって息を吸い込み、
「競技の達人、上月良一! 挑む!」
ガッツポーズを取りながらそう叫んだ。
一瞬後、観衆は声援で答えてくれた。
(なんだ、思ってたほどアウェーの雰囲気でもないか?)
少しだけ気分が軽くなった。
そしてついに『競技』が始まる。
28枚の牌がテーブルの上に伏せられ、かき混ぜられる。
テーブルの横にいる幼い巫女が僕に7枚の牌を配る。
対戦相手である二人の巫女も、それぞれ7枚の牌を取っていた。
そして残った7枚の牌がテーブルの隅に寄せられる。
(二人対戦の時は14枚が余ったけど、3人対戦だと7枚しか余らないんだな。)
そんな事を考える。
「各自、配られた牌を立てよ。」
男がそういうと、二人の巫女は自分に配られた牌を、自分には表が見えない向きで立てる。
僕も一瞬遅れたがそのようにした。
二人の巫女はマヌアとマヌヌという名前だったらしいが、僕の中では『姉』と『妹』という認識で覚えてしまったので、これからも心のなかではそう呼ぶことにする。
姉の手牌は1、2、4、6、6、7、7。
妹の手牌は3、4、5、5、6、6、7。
(なるほど、ある意味二人対戦のときと同じだ。最初は14枚の牌が見えている、という点に関しては。)
「さて、挑戦者コーヅキ氏よ。そなたが何番手となるか、そなたが決めるのだ。」
男がそう言った。
そうだ、以前競技に挑んだときも、挑戦者に先攻かどうか決める権利があった。
どうするか。
(自分からゲームを開始するのが一番いいだろうか?)
迷う。
基本的には、自分から開始するのが良いだろう。
この競技は、最初の手番のプレイヤーが、次のプレイヤーに手番を回すことなく勝利するパターンが存在する。
何のことはない、7回連続で宣言を成功させればいい。
宣言を成功させる限り自分の手番が続くし、自分の手牌をすべて宣言で言い当てれば勝利なのだから、そういうことになる。
無論難易度は高い。
高いが、ありえなくはない。
であれば、対戦相手から手番を初めて、その最初の手番でゲームを終了させられてしまっては洒落にならない。なすすべなく負けである。そんな事態は避けたい。
避けたいが……。
僕は考える。
こちらは、先のゲームを観察して、対戦相手の心理の癖をある程度掴んでいる。
それを活かすならば、自分の手番の前に、相手の行動を見てみたい、とも思った。
(大丈夫だろう。7連続宣言成功なんて、そうそう起こることじゃないはずだ。)
では、自分は一番手ではなく、二番手か三番手になるべきか。
そう考えた時、三番手になるよりは二番手のほうがいいような気がした。
これは厳密な理屈があるわけではなく、勘に近いものだが、あえて理屈で説明すると、
『妹』が手番を行い、それにより情報を得た『姉』が手番を行う、と言う自分の前に二回の行動を許すのが少し怖かった、ということかも知れない。
「我、二番手を望む。よろしいか!」
大げさなジェスチャーで、大声で言った。
「その希望は叶えられる。では、巫女マヌアが一番手となる。」
その言葉を受けて、僕から見て右奥に座っている『姉』が、頷いてみせた。
「わたしは、7を宣言します。」
こうして、いよいよ戦いの幕が開いた。
『姉』の手牌は
1 2 4 6 6 7 7 だ。
「7」は含まれているので宣言成功である。
幼い巫女が『姉』の手牌から一枚「7」を抜いた。
さてと、『姉』はなぜ『7』を宣言したか、その心の内を読みたい。
それにより、自分の手牌が推理できるからだ。
無論、推理の難易度は高いが……。
(難しい。この『姉』、前の戦いでは『7』よりも『5』の方が可能性が高いところで、あえて『7』を宣言したりしてきてる曲者だから、なおのこと推理は難しいけど……。)
(この『姉』と僕とで共通して見えているのは『妹』の手牌の3、4、5、5、6、6、7。『姉』はその7枚プラス、僕の手牌7枚を見た上で、『7』を宣言した……。)
あまり卓越した推理でもないが、言えることがあるとすれば、僕の手牌に『7』はそれほど何枚も含まれていないだろう、ということだ。
例えばもし、4枚もの『7』が僕の手牌に含まれていたら、『妹』の手牌に含まれている1枚を加えて5枚の『7』が『姉』から見えることになり、彼女の手牌には7が含まれている可能性はかなり少なくなる。この場合は『7』は宣言しなかっただろう。
僕の手牌の『7』の枚数が3枚だとしても、『姉』が『7』を宣言した可能性は少ないだろう。やはり、一番確率の高いところから攻めて行きたくなるのか普通だからだ。
(僕の手牌に、『7』は多くても2枚しかなさそうだ。)
曖昧な推論だが、一応の結論を出す。
「もう一度、『7』を宣言します。」
『姉』が言った。
この時点で姉の手牌は1、2、4、6、6、7だった。『7』が含まれるのでこれも宣言成功。
(『7』を2枚当ててきた。この次が見ものだな。違う数字を宣言するか、それとも?)
「次は、『6』を宣言します。」
『姉』は通る声で言った。
(やはり変えてきたか。多分、『姉』から見て自分の手牌に『7』がもう一枚もないっていう断定は出来てないだろう。それでもなお、『7』を宣言して『7』がもうないということを確認するのではなく、最速での勝ちを目指して宣言を変えてきた。この人はやはりこういう性格なんだよな。)
そして、その宣言『6』も当たりである。
彼女は3連続で宣言を当て、手牌を3枚減らした。
残っている彼女の手牌は1、2、4、6の4枚。
「次の宣言も『6』です。」
彼女は淡々と、続ける。
(何だよ……いきなり、4連続で当ててくるか……。)
背筋がゾクッとした。
まさか、このまま最後まで連続で当てて、ゲームを終わらせてしまうのか。
その最悪の想像が思い浮かぶ。
(落ち着け。これぐらいはよくある事だ。大きい数字は含まれている可能性が高いんだから、大きい数字から宣言していけば、4回ぐらい連続で当たることは、ある。)
自分を落ち着かせようと、自分に言い聞かせる。
(ここまで彼女の宣言は、7、7、6、6。たぶん次は順当に5を宣言するだろう。そうすれば彼女の手番は終わりだ。)
今の彼女の手牌は1,2,4だ。
『5』は含まれていない。
『5』を宣言すれば、彼女の手番は終わり、僕の手番になる。
そうすれば反撃開始……。
「次は、『4』を宣言します。」
彼女の声が聞こえて、時が止まったような気がした。
ショックのあまり目の前が暗転する。
(どうして……。どうして、5回連続で当てたりすることができる?)
幼い巫女が『姉』の手牌から『4』を抜いている目の前の風景が、不思議と遠くで起きているような錯覚を覚えた。
現実感が、ない。
彼女の手牌はもう1、2の2枚しかない。
その2枚を当てられたら、全てが終わる。
(待てよ……まさか、まさか……。)
僕は、ある可能性に気づき、震えた。
(この勝負はまさか……不正が行われている……!?)




