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「桐生ー?生きてるー?」
帰ってきて、桐生に冷えピタを貼って、そのまま放置してしばらく。
お粥を作ったから桐生を様子を見に部屋に入った。
そーっと部屋のドアを開けると、中は当たり前だけど真っ暗で、ベッドのほうでなにかがもそっと動いた。
「電気つけるねー」
壁についてあるスイッチを押すと、とたんに明るくなる部屋。
いきなり明るくなったことに驚いたのか、ベッドのふくらみは体をびくつかせた。
「生きてるー?」
「…勝手に殺すな」
「うん、元気そうで何より」
「黙れ」
「口答えできるくらいの元気があるんだからいいことだって」
ちょーっと前までなにも言えなかったんだから、それに比べたらマシなったよね。
でもまだ熱はあるんだろうけど。
ほっぺた赤いし。
「熱はー?」
「知らね」
「知らねじゃなくて測ってよ」
なんで体温計を嫌うんだ。
病院嫌いは百歩譲っていいとしても、体温計まで嫌ってやるなよ。
「うーん…まだ熱いね。寒くない?」
「ちょっと肌寒い」
「そっか。また上がるかもね。汗は?」
「かいてない」
これは長引くかもなぁ。
冷えピタをはがした桐生のおでこに手を当てながらいろいろと考えていると、こっちをボーっと見る桐生の目と目が合った。
吸い込まれそうなほどに黒い瞳は、熱のせいで少しばかり潤んでいる。
「どした?」
「…神埼の手きもちいー」
「…ああ、うん…そりゃ、ね。冷たいから」
いきなりそんなことを言われたら戸惑うんですけど。
なに、風邪引くと素直になるわけ?
「桐生、」
「手、もうちょっとだけ」
「…いい、けど」
どうした。
いやマジでどうした。
めちゃくちゃ可愛いんですけど。
「桐生ご飯食べられる?おかゆ作ったけど」
「肉食いたい」
「食べられないもの言わないで」
「精力つけたい」
「今は先に消化のいいもの食え」
風邪引いてる人から肉食べたいっていうリクエストされたの初めてなんだけど。
それとも胃は元気なのか?
「食べる」
「ん。じゃあ準備して持ってくるからちょい待ってて」
ふっと桐生のおでこから手のひらを離す。
その一瞬だけ見えた桐生の顔は、どことなく寂しそうだった。
桐生の部屋から出て、お盆におかゆの入った茶碗とスプーン、あと果物と薬をのせて、また戻る。
「食べれるだけ食べて」
サイドテーブルにお盆を置いて、寝ている桐生に言うと、桐生はのっそりと体を起こした。
その動作すらしんどそうに見える。
「自分で食べるか食べさせられるか、どっちがいい?」
「それ、俺に選択させるんだ」
だってこんなの選びたくないじゃない。
食べさせるんだよ!?
あーんだよ!?
いまどきバカップルでもそんなことしないし!
「じゃあ食べさせて」
「え、本気で言ってる?」
熱上がってきたんじゃない?
それか高すぎてちょっとおかしくなった?
「全部もれてる」
「うそ、」
「いいから食わせろって。しんどいんだよ」
「…なんか偉そう」
ちょっぴりむかつくぞ。
「選択肢出したのお前だろ」
「そうだけど」
「じゃあ食わせろ」
「…はいはい」
渋々といった感じで、私はお盆の上においてある茶碗をとると、スプーンにすくって少し冷ましてから桐生の口元にもっていく。
それをじっと見ていた桐生はパクリ、と、スプーンをくわえた。
あーんってしちゃったね。
これ学校とかじゃなくて本当によかった。
でもって他に人いなくて本っ当によかった。
「味薄い?」
「…風邪引いてるからわかんねぇ」
「あ、そっか」
なんて会話をしながらも、しっかりスプーンにはおかゆが乗ってて、桐生は食べている。
最初こそどうしようなんてテンパっていたけれど、数回繰り返せば慣れるものだ。
「そろそろいらない?」
食べるペースが落ちてきている桐生を見て聞くと、桐生は力なく頷いた。
そしてお盆にのっているもうひとつの皿のほうを見た。
「オレンジだけど食べる?」
「食う」
はい、と、皿ごと渡すと、桐生は自分でオレンジを口の中に放り込む。
オレンジと入れ違いでお盆においた茶碗には半分くらいおかゆが残っていた。
「それ食べたら薬ね」
そういうと、桐生は顔をしかめた。
そんなに薬が嫌なのか。
どんだけ子どもだよ。
「薬飲まないと熱下がんないから。しんどいままだよ」
空になったオレンジの皿を受け取って、かわりに薬とスポドリを桐生に渡す。
なにも言葉を発しないけれど、桐生からは飲みたくないという言葉がすごく聞こえてくる。
「飲まなきゃ怒るよ」
「もう怒ってる」
「口答えするなって」
飲め、と少し強めに言うと、観念したのか、ため息をついた後にぐっと薬を飲んだ。
「まっず」
「うまい薬があったら見てみたいね」
良薬は口に苦しって言うでしょ。
「ずっと寝ててしんどいだろうけど寝なよ。薬も効いてくるだろうし」
そう言うと、桐生は素直に布団をかぶって体を横にした。
なんだかんだいっても、起きているのは辛いんだろう。
そんな桐生に苦笑していると、横になった桐生と目があった。
「電気、」
「これ」
消したほうがいいね、という前に、桐生は枕元にあったリモコンで電気を消してしまった。
真っ暗になった部屋は、ドアも閉め切っているため明かりが全くない。
しばらく真っ暗の部屋でなにもしないで座っていると、だんだんと目が慣れてきてものが見えるようになった。
「冷えピタいる?」
きっとまだ熱いと思うし。
そう思って立とうとしたら、桐生に腕を引かれた。
バランスを崩した私は、元いた位置よりもベッドに近くなる。
つかまれたところがすごく熱くて、桐生が火照っているのがすぐにわかった。
「熱いし」
いるじゃん、冷えピタ。
「これでいい」
「………え?」
そういった桐生は私の手を自分のおでこにのせた。
いきなりのこと過ぎて頭がついていかない私はしばらくフリーズ。
「寝るまで、こうしてて」
手を引こうとしたとき、それを悟られたように桐生は言って目を閉じた。
手のひらからは異常なほどに熱い体温が伝わってくる。
ジンジンと。
寝るまで。
彼はそう言ったけど。
いつまでもこうしていたいと。
心のどこかでそう願ってしまうあさはかな自分がどこかにいた。




