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「はぁ‥」
「さっきからため息しかついてないね」
「ため息もつきたくなるわ」
「幸せ逃げるよ」
「幸せがあるのかもわかんないよね」
「リア充が何言ってんの」
パシッと頭を叩かれて、恨めしげに聖を見れば「信じらんない」なんて言葉まで返ってきた。
つーか痛いんだけど。
「王子様と付き合っといて幸せじゃないって、あんたどんだけ理想高いの」
「いや、確かにそうなんだけどさ、」
違うじゃない、と言いかけた言葉を呑み込んで、またため息をこぼした。
「そこの2人喋ってるくらいなら掃除してー」
「「やってまーす」」
持っていた箒で廊下の床をはいて言葉を返す。
何で今日に限って掃除当番なんて当たったんだろう。
もう、ありえない。
「陽向ちゃん見っけ」
「げ、」
「げ、とはご挨拶だなぁ」
はははーと、麗しい笑みを私に向けてやってきたのは、チャラ男もとい伊織さん。
あの日以来、なんだかんだ挨拶や会話をする仲になってしまった。
おかげさまで、私への嫉妬の視線は倍増だ。
何してくれるんだ。
「部活?」
「そ。もうすぐ期末1週間前で部活禁止になるからさ。長いこと吹いておきたいんだよね」
「伊織君って音楽に対しては真面目だよねー」
「今"は"って言葉強調したよね?」
「え、気のせいじゃない?」
強調したけど。
だって事実だし。
未だに新島さんと揉めてるみたいだし。
さっき、新島さんがこのクラスの風紀委員にぼやいてたの聞いちゃったし。
「いいのかなー、そんなこと言って」
「は?」
「せっかく澪から伝言預かってきたのに」
「伝言?」
「そ、伝言」
フフンと鼻を鳴らす目の前のイケメンはどことなく上機嫌だ。
「直接言いに来ればいいのに」
面倒な手段を選んでくれたもんだ。
「だって今日、本当なら部活なんでしょ?」
「本当ならって、伊織君知ってるの?」
「さっき職員室でたまたま聞いちゃったの」
「‥なんていうか、伊織君って抜け目ないよね」
そういうのちゃっかり聞いちゃってるあたり。
普通ならそんなの「ふーん、そうなんだー」くらいに流しちゃうのに。
「でも澪は知らないと思うよ?朝倉がわざわざ言うとも思わないし」
「あー‥瑛太は言わないだろうな」
面白がって。
ほんと、顔に似合わず可愛くない性格してる。
私は箒で廊下を掃きながら、散らばっていたごみを一か所に集めていく。
それを見た聖が塵取りを持ってきてくれて、その中にごみをいれていく。
「さんきゅ」
「いーえ。じゃあ陽向、私今日部活あるからあとよろしくね」
「はーい」
私の返事を聞いた聖はそそくさと教室に戻っていって、すぐに鞄を持って出ていってしまった。
その後ろ姿を見送った後に、ちらりと目の前のイケメンを見て、ため息。
「人の顔見てため息ってどうなの」
「うるさいな。今日はため息が多い日なの」
乙女は忙しいのよ。
乙女かって聞かれたら頷きかねるけど。
「その原因は澪?それとも…五十嵐?」
「…なんでそういう情報って回るの早いの」
「ほんと光速並みだよねー」
そう言って笑うけれど、伊織君の目は全然笑ってない。
「五十嵐をふったのは、澪との件があるから?」
「…伊織君は全部知ってるんだね」
「まぁ、全部ってわけじゃないけどね。澪が珍しいことしてるから聞いたっていうのが正しいよ」
「そう」
と、そんな返ししか思いつかない。
廊下にある掃除用具入れに箒をしまって、仕方なしに彼の隣に並んで窓の外をぼうっと見る。
「どっちだと思う?」
「そうだなぁ‥正直わかんないよね、そこは。でも澪のことがなかったといえば嘘になる、ってところかな」
「そうだね、その通りだよ」
ぽつぽつとグラウンドにいる人たちを見ながら、私は笑みをこぼしてしまう。
だけどそれは、どちらかと言えば自分をあざ笑うかのような、そんな笑みだ。
「でも、桐生がいるから、五十嵐君をふったわけじゃないよ」
そうだ、悩んだことは確かだけど、でも、そこに桐生のことは関係ない。
「たとえ桐生とこうなってなかったとしても、私は五十嵐君をふってたと思うよ」
「‥本当に?」
「うん。私ね、イケメンってタイプじゃないんだよね」
そう言って、私は隣にいるイケメンを見る。
「それ俺を見ながら言う?」
「でも事実だもん」
「澪が傷付くよ、そんなこと言ったら。珍しいよね、イケメンが嫌いって」
「そう?顔が良い人にろくな奴はいないって、経験上知ってるからね」
「そこに澪は入るの?」
「………入れば、よかったのにね」
「え?」
「ううん、何でも」
本当に。
桐生だって、例外なく、そこに入ればよかったのに。
ううん、最初は桐生だって顔だけはいい、ろくでもない奴だったんだ。
‥なのに。
いつからだろう。
彼がそうじゃないと気が付いたのは。
私の中の彼が、どんどん大きくなっていったのは。
「澪、図書室にいるってさ」
「え?」
「澪からの伝言。部活終わったら図書室に来てって言ってた」
「そう、」
「じゃあ俺は部活行くね」
伊織君はそう言って、手を振りながら廊下を歩いて行く。
その後ろ姿を見送りながら、私はまた、外を見やった。




