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IORI side
1組の隣にある階段に差し掛かったところで、後ろを振り返る。
陽向ちゃんは相変わらず、ぼーっと窓の外の景色を眺めている。
まるで、1枚の絵のようだと思う。
彼女は気づいていないみたいだけど、物憂げに外を見つめるあの様子は、儚げで目を見張るものがある。
自然とそっちに目が行く。
彼女を魅入ってしまう。
本当に、困った子だ。
「あ、百目鬼。新島がさっき怒ってたぞ」
階段の手前で止まっている俺を見つけた友達が、面白半分にそう告げる。
その言葉に、俺は「またか」と苦笑交じりに答えた。
そしてふいに思い出す、この前の澪の家でのこと。
…首の傷、だいぶ消えたみたいだな。
彼女の首には、もう絆創膏は貼られていない。
もう一度、窓の外見る彼女を見る。
陽向ちゃんを見ていると、澪との会話を思い出した。
「澪」
放課後になってすぐ。
澪に借りた電子辞書を返すために6組にやってきた。
澪の名前を呼べば、澪は俺を見るなり、嫌そうな顔をした。
「ご挨拶だな」
「…どうかした?」
にこりという効果音がぴったりの笑顔を俺に向けた澪の目は笑っていない。
何にそれだけ怒ってるのか知らないが、俺の友人はたいてい機嫌が悪い。
「これサンキュ」
「あー‥そういや貸してたね」
澪に電子辞書を手渡した俺は、6組を一度見渡す。
文理混合クラスなだけあって、文系クラスの俺のとこと比べると男子の人数がやはり多い。
あー、うらやましいー。
「あれ、朝倉は?」
「さぁ。部活に行ったんじゃないの?」
黒板に書かれた曜日を見て、澪は首を傾げながら言った。
今日は水曜日だ。
確かに弓道部の活動日だ。
「あれ、でも、」
さっき職員室にいたときに、先生たちが興味深いことを話していた。
なんでも、宮田先生が弓道場のカギをぶっ壊したとかなんとか。
だからしばらく弓道場の扉は開かないから、弓道部は早めのテスト期間に入るんだとか。
目の前の男は、どうやらそれを知らないらしい。
そして朝倉も、それについてこいつに何も言ってない。
と、いうことは。
「お前今日も一緒に帰るの?」
「神崎か?」
「しかいないじゃん」
他に誰と帰るの、お前。
「まぁそうなるんじゃない?」
「なんで疑問形なんだよ」
「別に。深い意味はないよ」
そう言って、澪はごまかすように笑った。
「つーかさ、お前これいつまで続けんの?」
ずっと思っていたことを澪にぶつけると、澪はごまかすために貼り付けていた笑みに困った色を混ぜた。
なんていう顔するんだと思ったけれど、何も言わずに澪の返答をとりあえず待つ。
澪と陽向ちゃんが今の関係を持つようになって、1か月くらいは経つ。
「そろそろ、潮時なのかもね」
澪は困ったように笑ってそう言う。
その笑顔にはどことなく影がちらついて見えた。
「…別れるの?」
「わかんない。でも、もともとそういう約束だったから」
「約束って」
「僕も人の本質を見抜けないほど馬鹿じゃないよ」
その言葉に、俺は何も言えず、ただ澪を見るしかなかった。
その先の言葉はもう、決まってる。
「だから、そろそろ終わりにしないとね」
そうでしょ?と、澪の目はいつものように雄弁に語る。
「お前はそれでいいの?」
「僕がいいとか悪いとかじゃなくて、もともとそういう約束だった」
「でもお前、」
「このままじゃ、」
離れられなくなる、と。
澪は珍しく弱弱しい声で俺にそう言った。
離してあげられなくなる、とも。
「まさかこんな後悔することになるなんてね」
皮肉げに言った澪は、教科書が入ったカバンを肩にかける。
「じゃあ僕もう行くけど…あ、伊織そのまま部活行くんでし?悪いんだけど神崎に図書室いるから迎えに来てって言っといて」
「は?」
「お願いね」
澪はそう言うと、教室から早々と出ていく。
その後姿を見送った俺はため息をこぼすしかなかった。
「……足枷、だな」
澪のとの会話を思い出した後にまた陽向ちゃんを見る。
確かにあの2人がここまで近くなれたのは、あの約束があったからだ。
それは紛れもない事実。
だけど、ここまで来ると、それはもう足枷でしかなく。
ただただ、あの2人を縛る約束でしかない。
陽向ちゃんがどう考えてるかはわからない。
けれど、彼女にとって澪が大きな存在になってきているは確かで。
そしてそれは澪も同様で。
まさかあの澪をあそこまで追い詰めるとは思ってもみなかった。
きっと、澪にとっても計算外なんだろう。
「百目鬼、お前さっきからつったって何してんだ」
「西之谷先生」
1組の担任である西之谷先生に、教室から出てきてすぐに声をかけられた。
相変わらずのワイルドイケメンだ。
「さっきからっていつから見てるんですか」
「お前がこの階段に来てからだよ」
「けっこう前ですね」
「そんなにうちのクラスの神崎が気になるか?」
「‥珍しいですね、先生が生徒の色恋沙汰に興味を示すなんて」
この先生はそういう話をあまりしないと、女子が依然言っていたような気がする。
「俺のクラスの生徒なら別だ。とくに神崎はな」
「‥陽向ちゃんは特別ですか」
「学年1の秀才と付き合われちゃなぁ」
ガシガシと頭を乱暴にかいた先生は、ちらりと神崎を見る。
「ていうか、それわかってて神崎が気になるかって聞いたんですか」
性格悪いな、おい。
先生はにやりと口角を上げる。
「だってよ」
先生は言葉をつづける。
「煩わしいんだよ、あいつら」
「え、」
「じゃあ俺もう行くわ」
「ちょ、先生」
ひらひらと手を振った先生は、俺の前から姿を消す。
煩わしいって。
いったい、あの人は何を知ってるんだ。




