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王子様のからくり  作者: ゆきうさぎ
<第1部>
36/145

35:

伊織君が帰った後、結局、桐生が片づけを全部やってくれた。

だから、私はすることがなくて、ふてぶてしいこの猫のぬいぐるみと戯れている。

嫌だわ、ちょっと愛着わいちゃってる。

どうしようかしら。


「神崎、コーヒー飲む?」

「あ、ほしい」

「了解」


片付け終えた桐生は、棚からマグカップを2つ取り出してコーヒーを淹れてくれる。

コーヒー独特のにおいが部屋中に広がって、鼻孔を掠めた。


「はい」

「ありがとー」


ミルクがすでに入れられたそれに口をつける。

この何とも言えないほろ苦さが好きで、いつからかコーヒー好きになってしまった。


「神崎、」

「なに?」


テーブルを挟んで反対側に座った桐生は言いにくそうに話を切り出す。

思わずこっちまで緊張してしまう。


「あの、さ、」

「うん?」

「その……悪かった」

「は?」

「巻き込んで悪かったよ」


俯きがちにそう言った桐生は、そっと伏せていた瞳をこちらに向ける。

漆黒の瞳は濡れはしないものの、まるで泣いているように見えた。


「怪我までさせたし‥ほんとにごめん」

「怪我って‥別に大した怪我でもないんだから」


そんな謝られても困る。

そりゃあ巻き込まれて病院にでも送られたら文句の1つや2つは出るかもしれないけれど。

こんなかすり傷のようなもの。

正直、子どもの頃によくした火傷とかのがよっぽど重傷だ。


「でも巻き込んだ。巻き込んだし、」

「し?」

「…怖がらせた、よな」


その言葉に、私は何も言い返せない。

だってそれは、間違ってないから。

あの時私は、少なからず怖いと感じた。

そしてそれは、あの北高生をではなく、目の前にいる桐生を、私は怖がった。


「ごめん」

「…それなら、私だってごめんだね」

「………は?」


そうだ、私もごめんなさいだ。


「桐生を怖がったのは事実だから。ごめんなさい」

「お前が謝ることじゃないだろ」

「ううん。助けてくれようとした人を怖がるなんて、やっちゃいけないと思うんだよね、私は」


申し訳ないよ、やっぱり。

あの時、桐生は私を庇ってくれた。

それも紛れもない事実。


「ありがとう」

「‥助けたのは俺じゃない」

「確かに伊織君だけどね」


伊織君来てなかったら、状況的に結構ヤバかったし。

桐生も困り果てた顔してたし。

もうお手上げです、みたいな感じがひしひしと伝わってきてたもん。


「でもありがとう」

「…俺は何もしてない」

「始めに庇ってくれたのは桐生だったじゃない。だから、ありがとう」


本当に、助かったのは事実だから。


「…お前本当に変わってるな」

「そうかな?まぁ否定はしないけどね」


そう言って桐生に笑いかけると、桐生も同じように笑ってくれた。

それはいつもとは違う、柔らかい笑みだった。

なんだか見てるこっちが、少し気恥ずかしくなるくらいの綺麗な笑顔だったから、私は隣にいた猫のぬいぐるみをぎゅうっと抱きしめる。


「それ、持って帰れよな」

「いらないって何度言えばわかるの」

「ここにあっても持て余すだけだ」

「ほら、もうここのソファと馴染んじゃってるしいいじゃない」


ほら、周りととけちゃって風景の一部に化してるよ。

いいじゃない、シンプルな落ち着いた部屋に特大サイズの猫のぬいぐるみ。

すっごい存在感あるけど。


「どこがだよ。めちゃくちゃ浮いてるじゃねぇか」

「ええー‥こんなの私の部屋においても同じだよー」

「俺の家にあるよりマシだろ」


桐生はそう言って、私の腕の中にある猫を睨みつける。

抱き心地はいいんだけどね。


「そろそろ愛着わいてるだろ」

「うーん‥実はちょっとわいてる」

「だろ。持って帰ってくれ。あっても困る」


桐生はどうやら本気で困っているらしい。

顔がそう言ってる。

私は抱きしめている猫をしばらく見た後にため息をついて「わかった」と一言だけ言った。

処分されるくらいなら持って帰ろう。


「助かる」

「‥なんでもっと可愛いやつにしなかったかな」

「うっせぇな。目についたのがそれだったんだよ」

「まぁ‥目は引くけど」


ブサイクだし。

でもやっぱり抱き心地はいい。


「神崎そろそろ帰るか?」

「んー‥そうだね、もう9時なっちゃうしね」


電車、何分があるんだろう。

普段乗らないから時間とかまったくわかんないや。


「30分ころにあったと思う。ちょっと待ってて、着替えてくる」

「え、ちょ」


と、声にならない声を聞かなかった桐生は、部屋から姿を消した。

着替えてくるって…なんで。

思わず、抱きしめている力が強くなる。


「悪い、待たせた」

「いや、待ってないけど」


初めて見た桐生の私服は、意外にも旭とよく似ていた。

…お洒落さんだなぁ。


「送ってく」

「え、いーよ」

「よくない。てか、お前ここから駅までの道わかんの?」

「…知らない」

「なら送られろ」

「…はい、」


そう言われちゃったら頷くしかないじゃないか。

桐生にうながされて、玄関まで行って、履きつぶしているローファーを履く。

桐生が先に扉を開けて外に出る。

それに続けて外に出ると、ひんやりとした空気が肌を掠めた。

そろそろ、夜に出歩くにはコートがいるかもしれない。

吐く息は白く、外気に触れた手はすぐに冷たくなる。


「さむ、」

「ちょっと待ってて」


また?と聞き返す前に、桐生は部屋の中へと戻っていく。

そしてすぐに出てきた桐生の手には、なにやらふわふわとした白いものがあった。


「はい」


そう言った桐生は私の首に白いマフラーをかけた。

もこもこのそれは、寒い今の時間帯にはとても暖かく感じる。

ふわりと、桐生独特のにおいがした。


「今晩冷えるみたいだから」

「…あり、がと」

「どういたしまして」


そう言って桐生はふわりと、極上の笑みを私に向ける。

その笑顔に、私の心臓は今までにないくらい煩く鳴り響いていた。








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