黒猫のお守り②
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あれから2週間が平和に過ぎようとしていた。
さすがの私も師匠にあれだけうるさく言われたので
『お守り』を肌身離さず持ち歩いていた。
それに……名前もつけてやった。
黒猫なので「夜刀」
子供の頃、家に居た黒猫の名前を拝借した。
不思議な事に……この夜刀を身につけてから、夢の中にまで黒猫が出て来るようになっていた。
しかもその黒猫は、人の言葉で自分は夜刀だと言っていた。
私の力が大きくなってしまっているので少しでも自分で制御出来るように夢の中で夜刀が教えてくれている。そのお陰で最近、昼間は眠くて仕事中にウトウトしてしまう事もしょっちゅうだった。
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「光は明日の飲み会どうするの?出席する?」
同僚の仲川順子に話しかけられてハッとした。
そうそう仕事中だった……。
「あらら? ぼんやり考え事? もしかして恋の悩みとか?」
順子は興味津々で私の顔を覗き込む……。
「無い! それは絶対に無い! 今はそれどころじゃないし」
私は順子の頭を丸めた雑誌でポンポンっと叩いて否定した。
「いたぁーい! ごめんねー! 色恋は光には縁遠い話でした」
その言葉に更にムカついたので今度は少し力を込めて叩いてやった。
「順ちゃんはどうするん? 飲み会出るん?」
返事はわかっていたが私は順子に一応聞いてみた。
「もちろん行く! 飲み代会社持ちですからね~」
円安の影響で会社の業績が前年度よりも上がったらしく……会社の経費で飲み会をする事になったようだ。
宴会好きの私の部署はきっとみんな揃って出席する。
「私も久しぶりにただ酒飲ませてもらおうって思ってるよ」
私は名簿の参加の文字に丸印をつけて順子に渡した。
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その日の夜、夢の中で夜刀が心配そうに私に聞いてきた。
「光は自分の力の事が気になって人を好きになれないの?」
唐突に聞かれて、私は少しどう答えようかと言葉に困った。
「別に力の事を気にして恋しないわけでは無いよ!惚れた腫れたということに私自身が興味を持てないだけで、もしかしたらある日突然誰かを好きになって恋が始まるって事もありえるわけで……夜刀が心配することは無いよ」
夜刀は頭を掻きながら少し申し訳無さそうに言った。
「昼間の会話が気になって、つい余計なことを聞いてしまった…ごめんよ光」
その後、沈黙が続いてこの気まずさをどう取り繕うかと悩んでいたらふと目が覚めてしまった。
起き上がってお守りの夜刀をギュッと握りしめる。
「心配してくれてありがとう」
夜刀は余計な事と申し訳無さそうだったけど、私の事を心配していてくれてる事に変わりはないのだから私はすごく嬉しかった。
それに、夜刀はいつでも私の事を見守ってくれている。夜刀は子供の頃に実家で飼っていた黒猫に似ている。
その黒猫はいつの間にか家の庭に居着いて祖母に『夜刀』って呼ばれていた。私は祖母に何故夜刀なのか?と聞いた気がする。そして祖母は優しく話してくれた。
「黒猫は神聖な者と言われるからね。夜刀神という神様の名前を借りて『夜刀』にしたんよ」
祖母は紙に『夜刀』って書いて私に見せてくれた事を今でも私は憶えている。
そして夜刀は祖母が亡くなった次の日姿を消してしまった。
家族みんなで何日も家の周りを探した。
けれど見つからなかった。
生きているのかも判らないまま月日は過ぎていた。
だから師匠からこの黒猫のお守りをもらって夢の中に夜刀が出てきた時はすごく驚いたけどそれ以上に嬉しかった。
きっと私を心配した祖母が夜刀を寄越してくれたんだろうと思って涙が出た。
「出来れば夢の中だけじゃなくて起きてる時も話せたら良いのに……」
つい口に出して言ってしまった。
「光はいつまでも甘ったれなんだね」
そう言って夜刀は苦笑いをしながら、私をまた子供扱いするのかも知れない。