【1】月が満ちる前に、わたしを見つけ出して
暗い 暗い 穴の中を 何処までも落ちていく。
一体いつまで続くのか。
ふと、思ったのは。
――― ああ、約束を守れなかったな。
瞼の裏に浮かぶのは、一人の少女。
艶やかな黒髪を撫でれば、嬉しげに黒檀の瞳を細めた娘。
もう、二度と会えない。
ごめん。
心の中で謝った直後、彼女の意識は暗転した。
夜の闇に、少女の歌声が響く。
「月が満ちる前に、わたしを見つけ出して……」
歌を紡ぎながら、夜空に浮かぶ月に手を伸ばす。
自分と同じ名を持つ月に。
「ルナ」
低い声に名を呼ばれ、彼女は振り返った。
金色の髪を持つ男の燃えるような紅の瞳が
闇色の髪を持つ少女のただ静かな黒の瞳を捕らえた。
瞬間、彼女を炎が包む。
だが、その炎が彼女を傷つけることはなかった。
炎は、ただ、その冷えた身体を優しく暖めてくれた。
「今夜は冷える」
男は、バサッと乱暴にマントを少女に被せた。
「ありがとう」
礼を言う少女に男は溜息をついた。
「満月の度に、屋敷を抜け出すのはやめろ。メイド長が半狂乱になってお前を捜していた・・・」
「ごめんなさい」
そういって、目を伏せた彼女に、男は再び溜息をつくと、手を振り、魔術を発動させた。
彼らを優しく炎が囲む。
「これで寒くないだろう。ほら、続けろ」
少女の歌が再び夜の森に流れ出す。
それは月夜のことだった。
火の竜族長が一人の少女を拾ったのは。
森の中、一糸まとわぬ姿で、気を失っていた黒の娘。
彼女が持つのはただ、月と同じルナという名だけ。
何の気まぐれか、彼はその娘を我が子とした。
彼は知らない、少女が『虚無』と言う穴に落ち、
この世界に舞い降りた、異世界の竜であることを。
その月のように神々しい本当の姿も。
少女は彼に教えない。
その本当の姿も真実も。
それは、この穏やかな生活を失うことを意味するのだから。
たとえ、満月になるごとに、故郷をおもい胸が軋み
仲間をおもい
友人をおもい
家族をおもい
月に向かって歌わずにいられないとしても。
もはや、かえることのできぬ
月のように遠い世界をおもって今宵も彼女は歌う。
これは、そんな彼と彼女の物語。




