第9話 初めて
俺、知らなかったよ。雨宮さんってさ、結構強かなんだよ。
山中……あっ、深雪ちゃんのことね。山中からネイルを外した件を言及されたんだけど、『大事な物だから、特別な日につけたい』って返答したんだよ。結果的に好感度を稼ぎながら、ネイルをつけない理由を確立できたっていう。
まっこと恐ろしい女ぜよ……。山中が立ち去った瞬間、笑顔が解除されたのも含めてさ……。
「鳩山君、ちょっといいかな?」
「え? 何?」
「ちょっと待ってね」
まだ了承していないのだが、お構いなしに靴下を脱ぎ始める。え、何が始まるんですか? 教室だよ? 後ろの席とはいえ、他に生徒がいるんだよ?
それはさておき……。
「雨宮さん、見えちゃうよ」
忠告しつつ、体ごと目を反らす。俺って紳士だろ?
「そうだよね、見たくないよね。ゴメンね、こんな汚い……」
「いや、見たいけど……傷つけちゃうかなって」
「じゃあ見ても別にいいよ? 見せたいのはそれじゃないんだけど」
いいの? いや、見ないけども。
おかしい……こんな性格じゃなかったはずだ。いや、性格を変えようとしておいて何を言ってんだって話だけど、違うんだ。こういう性格にしようとした覚えはないんだよ。清楚でありながら社交的ってのが理想形であって、友達を無下にするビッチを育成しようなんてこれっぽっちも……。
「見せたい物だけ見せてよ。もう準備いい?」
「そう……。うん、いいよ」
なんで残念そうなの? そんなにパンツを見せたいの? はは、まさかね。
とりあえず雨宮さんの言葉を信じて、ゆっくりと振り返った。
「マニキュア……?」
ゴメン、無知で申し訳ないんだけど、足の爪にマニキュアってするもんなの? サンダルを履くならまだしも、学校なんて常に靴下履いてるだろ?
「うん、厳密にはペディキュアっていうんだけど」
「ウィキペディア? テディベア? え、なんて?」
「ペディキュアだよ、もう。ふふふ」
へー、手と足で名称が違うんだ。そんなことより……良い笑顔だねぇ! 山中に見せた笑顔よりも遥かに良い笑顔だねぇ! 笑顔を見せてくれるのは嬉しいけど、同性の友達にこそ見せてあげなよ。ネイルをしてくれた恩人だろう? 夢を応援してるんじゃなかったのか?
「こっちも飾り気がない感じにしたんだけど、どうかな?」
「可愛いよ。足の小ささも含めて」
「も……もー……。鳩山君は本当に……もー」
「男なんて皆こんなもんだよ。足の裏とか好きだし」
距離を置くためにも、ちょっと気持ち悪い発言をしてみた。この際、ちょっとぐらいなら変な噂が流れてもいいや。
「足の裏……? それはいつものヤツ?」
「いつもの……?」
「ほら、可愛い子に限るみたいな」
俺ってそんなルッキズムの塊みたいな印象なの? 基本的に平等だよ?
「そりゃ誰彼構わず欲情はしないよ。相手によっては、コイツのは見たくないって思うだろうし」
「じゃあ私のは見たいんだよね? だっていっつも可愛いって言ってくるし……」
俺の返事も待たず、足の裏を見せてきた。自分の可愛さを自覚し始めたのは良いことなんだが、これはちょっと絵面が……。
「だ、だから、見えちゃうって」
「この席なら鳩山君以外には見えないよ」
そりゃ位置関係で言えばそうかもしれんけど、俺になら見られてもいいってわけでもないだろ? というかパンツが見えずとも、この光景を見られるのが嫌だよ。幸いにも、他の生徒からは注目されてないけど。
「……どっちも見たくないんだ。へぇ、やっぱり可愛いってのは嘘だったんだ。心にもないことを言って、遊んでたんだ。嘘告のノリだったんだ」
嘘告の意味はわからんけど、俺が畜生扱いされてることはわかった。でも誤解を解くには直視しなきゃいけないわけで……よし。
「放課後、放課後に見せてよ。他の人がいない場所なら……」
「今日、家に誰もいないんだけど」
………………まずいですよ。
「雨宮さん、さすがに……」
「そうだよね。ドブスの家に上がるなんて、耐えられないよね」
出会った頃のような卑下じゃなくて、外交手段としてこういうマイナス発言をしてるよ。強くなったなぁ……。
「……可愛いよ、雨宮さんは」
「じゃあ家に来てくれるよね?」
「……お邪魔させていただきます」
完全に押し切られたよ。こんな暴走機関車みたいな女性だったとは、思いもよらなかったぞ。
女子の家に上がるのは初めてじゃないし、なんなら最近上がったばっかりだけど、絶対言わないほうがいいんだろうな。
なんか他の男子と俺で、扱いに差がありすぎるんだけど……どういうことだ? グイグイいきすぎたせいで、嫌われてる可能性を危惧していたのだが、杞憂だったらしい。代わりに別の可能性を危惧するハメになったけど。
「変なことしないでね……?」
「ああ、勿論だとも。足だけ見たらすぐ帰るよ」
最高に意味不明な訪問理由だけど、他に用事がないから仕方ない。まあ、下手に学校で見せてもらうより安全だよな。誰に見られてるかわかったもんじゃないし。
「ふふ、楽しみにしとくよ」
「えっと……? 俺の方こそ……?」
何が嬉しいんだろう。何が楽しいんだろう。何がしたいんだろう。
ひょっとしてなんだけど、距離を置くタイミングをミスった? 遅すぎた? 引くに引けない関係性まで来てしまったのでは?
わっかんねぇ……。一体俺に何を求めてるんだ? なんで俺好みのマニキュアをしてるんだ? 全てがわからん。ただ隣の席ってだけなのに、他の男子と何が違うんだろうか? 席替えしたら別の男子がターゲットになるのか?
「あっ、そうそう」
出た。これもきっと頭語だ。俺にとって良くないことを言い出すときの頭語だ。
「私……男子を家に上げるの初めてなんだ」
「そっか……」
だろうよ。だって最近まで、友達と遊んだこと自体なかったんだろ? そりゃ男が家に上がるシチュエーションなんて訪れないよ。
「他の男子が上がるなんてことは、これまでもこれからもないんだ」
「ハハハ、これからはわからないだろう?」
「……わかるよ?」
……私、怖いです。




