第10話 判官贔屓
いいか? どうか落ち着いて聞いてくれ。
無事だ! 俺は無事だ!
雨宮さんに言われるがまま家に上がったけど、当初の約束通り足の裏を見るだけで帰してもらえた。厳密には足のマニキュア……ええっと、テディベアじゃなくて、なんとかペディアみたいなのも見せられたけど。
……エロかったなぁ、足裏。っていうか洗わずに見せられる心理がわからん。男でも気にするんだから、女性なら尚更じゃないか? 見せるだけとはいえ、普通は洗うよな? 家にいたならまだしも、学校に行った時点で絶対に臭いが発生するんだし。
「おはよう、鳩山君」
良い挨拶と良い笑顔のお得なセットだが、もう純粋な気持ちで見られない。あんな間近で足裏を見せられて……しかもあえて口にはしなかったけど、パンツまで見てしまったし。絶対気付いてるはずだし、なんならわざと見せた説が濃厚だぞ。おかしいなぁ、女子同士でもなるべく見せないタイプだと思ってたんだけど。
「おはよう、良い朝だね」
「昨日見た物とどっちが良かった?」
……朝から何を言ってんだ、コイツ。しかもわざわざ、他の生徒に聞こえるぐらいの声量で言いやがって。
「あんなところ、男の人に見せたことなかったから……緊張したよ」
わざと? わざとなの? 誤解を招く表現だけど、意図的にやってる?
ほらぁ、皆ヒソヒソ話してるよ。人が少ない時間帯で、まだ良かったよ。いや、この場にいない人間のほうが変な伝わり方しそう。
「あ、ああ……。足に塗るマニキュアなんて初めて見たよ!」
足裏ではなく、なんとかディアのほうを強調しよう。それしか助かる道はない。いや、男子に足のマニキュア見せるのも大概なんだけど。
「でも鳩山君は紳士だよね。家に上がったのに、ペディキュアだけ見て帰ったんだからさ。親がいなかったのに」
ね、ねぇ? なんで知られたくない情報をバンバン公開するの? 俗に言う匂わせじゃない? これ。
待て待て待て、雨宮さんはそんな子じゃないさ。中山に対する態度も、俺が穿ち過ぎなだけさ。
「正直ね、疑ってたんだ」
は? 誠実な接し方をしてる俺を疑ってた? 聞き捨てならんな。
「何をだい? 俺の何が疑わしいんだい? 詳しく聞こうか」
待て、聞かないほうがよかったか? 少なくとも、この場で聞くのは失敗な気がするぞ……。
「だってね? 足なんて学校でも見れるよね? なのに、私の家で見たいって言い出したから……ちょっと怖かったかなぁ」
あれれれれれ? 俺そんなこと言ったっけ? 人がいないところで……とは言ったけど、雨宮さんの家に行くってのは彼女の提案であって……。
「でもゴメンね? 地味な下着だったから、がっかりしたよね?」
勘弁してくれないか? 気付かれてるとは思ってたが、何もここで言う必要はなくないか? しかもこの流れってさ、下着が地味だから萎えて手を出さなかった……という解釈ができないか?
「いや、こっちこそすまない。見る気はなかったんだが、キミが階段に座りながらマニキュアを見せてきたから……」
「ううん、気にしないで。鳩山君が女の子に興味ないのは知ってるから」
うん? 待ってくれ、どっちの方向に誘導したいんだ? もしかして匂わせとかそういうのじゃなくて、俺を貶めたいだけ? いやしかし、俺好みのマニキュアをするぐらいだし……。いや、それがまさに思い上がり……? 実は蛇蝎のごとく嫌われていた? 毎日絡まれるのが鬱陶しかったか?
「雨宮さん、何か誤解していないか? 俺は異性愛者だぞ」
「あっ、ゴメン……。この言い方は語弊があったね」
語弊があったという表現も語弊がある気がするぞ。頼むからもう何も言わないでほしい。寡黙な性格が直ったのは喜ばしいことだけど、今度は多弁すぎる。俺に対して不満があるなら是正するし、謝罪もする。だからこれ以上は勘弁してください。
「あっ、そういえば次の土曜日も両親いないよ」
誰がそんなことを聞いた? もう二度と行かないが?
「鳩山君の要望通り、着飾らない地味なのにするね」
マニキュアな? マニキュアの話な? 流れ的にパンツだと誤解されかねないからさあ、マジでやめてくれないか? 俺に恨みでもあんのか?
「雨宮さん、もう何も言わないでくれないか?」
「え……? あんなにお口のトレーニングをさせてきたのに……」
挨拶な? 声出しの練習な? なんでさっきから考えうる限り最悪の表現をするんだ? 俺の居場所を奪いたいのか?
「わかった、わかったよ。しつこく褒められたのが嫌だったんだよね? もう褒めないから……可愛いとか言わないから……もう勘弁……」
「え……? 言わないの……? もう言ってくれないの……?」
え? 言ってほしいの? じゃあ何? 何に対する不満が爆発したの?
「髪を切ったり、マニキュアしたり、鳩山君の望む女になろうと頑張り続けてきたのに……もう捨てるの?」
いや、望んだと言えば望んだんだけど、そういうのじゃなくてな? 捨てるってのもよくわからんし……。
なんでこんな急に性格変わったんだ? どこでスイッチが入ったんだ? 俺は何を間違ったんだ?
よしっ、人目があるけど今は気にせず、強気でいこう。
「ゴメン、本当にやめてくれない? こういうことされると、雨宮さんとお話するの嫌になっちゃうからさ」
「………………」
あの……? 雨宮さん? その……雨が頬を伝ってますよ? 虹が掛かりそうですよ? なんで? 俺のせい?
「鳩山が雨宮さんを泣かせたぞ」
「かわいそー……」
「もう飽きたんかアイツ」
俺のせいかどうかはさておいて、民草共は俺を下手人だと判定してるぞ。判官贔屓やめてください。
俺は……俺はただ……自己主張ができない気弱な少女を、真人間に変えようとしただけなんだよ。善意だけで行動してたんだよ。どうしてこんなことに……。




