第85話 褒め殺し
うー、落ち着かないよぉ。誰も私なんかに注目してないと思うんだけど、それでも自意識過剰になっちゃうよ。皆の会話が陰口に聞こえて仕方ないよ……。
「今日は随分とソワソワしてるね?」
貴方のせいだよ! 貴方が無責任に目を出せとか言うからぁ!
「うん……。顔を出してるから……」
皮肉っぽい言い方になっちゃったけど、多分鳩山君なら気にしないよね。そもそも目隠れスタイルの人に対して髪を切れって言うのは、わりと正当な意見だし。ウチの学校はゆるいから見逃されてるだけで、厳しい学校ならさすがに先生から注意されると思うし。
「ちょっと失礼」
「きゃっ!?」
近いって! 視力悪いの!? 息を吐いたら相手にかかる距離だって! ちゃんと歯は磨いてるけど、それでも気にしちゃうから!
「は、鳩山君? 近い……」
息がかからないように精一杯のけぞる。相手がこんな対応したら普通は自分も引くと思うんだけど、鳩山君はマジマジと私の顔を見てる。この人、人のコンプレックスをどこまで刺激するのぉ……。
「うーん? どこをどう見ても、堂々とするべき顔をしていると思うんだが?」
「ど、どういう……こと?」
「そのままの意味だよ。美人が顔を隠す意味がわからないんだ」
ま、またそういうことを! なんで面と向かってそういうこと言えるの? 仮に私が本当に美人だとしても、普通同級生にこういうこと言わなくない?
「美人って……私なんて……そんな……」
「違うのかい?」
違うよ! 一目瞭然でしょ! だって、そんなこと今まで誰にも言われたことないし……。っていうかそのキレイって、美容院効果でしょ? そりゃまあ、前よりは少しだけ雰囲気よくなったけども……でもあくまで雰囲気だよ? マスクつけたらワンチャンって感じじゃない? 後ろから見ればワンチャン可愛い的な……。
「だってタレ目だし……」
「その優しいタレ目の何がダメなんだ? 見ているだけで優しい気持ちになれる」
は、はいぃ? タレ目ってマイナスでしかないでしょ! ぶっちゃけ前髪伸ばしてた一番の理由だよ! 優しい気持ちじゃなくて哀れみの気持ちでしょ!
「な、何を言ってるの? 鳩山君……」
「鼻も口元も、全てが可愛らしい」
ほ、本当に分からない……可愛いの基準がバグってる……。だって私、異様に鼻が小さい……気がするし。口元だって子供っぽいというか、色気の欠片もないし。
「…………」
ここまでくるとバカにされてる気がしてくるけど、それでもニヤけそうになる。鳩山君、真剣すぎるんだよ。そんな真面目な顔と優しい声で褒められたら、美容院効果で可愛くなったと誤解しちゃうじゃん。美容院に行ったところで鼻とか口元に影響なんてないのに。
「よく見ると、首の後ろの方にホクロがあるね? セクシーじゃないか」
何言ってんの!? さすがに気持ち悪いよ!? 褒めるところが特にないから無理矢理絞り出した感凄いよ!?
「み、見ないでっ」
うー……別にこんなの気にしてなかったんだけど、ああいうこと言われると急に恥ずかしい部分に思えてきたよ。髪切ったから隠せないし、どうすればいいのー!
「す、すまない。もう絶対に触れない」
あっ、さすがに分かってくれたみたい。せっかく褒めてくれたのにこんな反応するなんて、私ちょっと酷いかな? 少し気持ち悪い褒め方だけど、もしアレが本音なら嬉しいし。気持ち悪いのも事実だけど嬉しいよ、本音なら。でもこればっかりはさすがに本音じゃないよね? だって、セ……セクシーって、私に最も似つかわしくない言葉じゃん。可愛いってのも大概過大評価だけど、それは鳩山君の基準がゆるいってことで説明がつくよ。でもセクシーはさすがに価値観とか基準の問題じゃなくて、おべっかだよ。
「だが一つだけ言わせてくれ……」
ま、まだ言うの? 私の機嫌なんて取ってどうするつもりなの? 私のお母さんにでも依頼されたの? 先生から〝雨宮さん係〟にでも任命されたの?
「……な、何?」
「俺は心の底から魅力的だと思ってる。隠すなとまでは言わないけど、堂々としてていいんじゃないかな」
……普段人から褒められることがないから知らなかったけど、私は褒められるの大好きかもしれない。別に鳩山君に可愛いって言われたからって私が可愛いってことにはならないんだけど、それでもやっぱり嬉しい。気持ち悪い男子が言ってきたら嬉しさより強さが勝るけど、鳩山君は美形で紳士的だし。
……心の底からかぁ、さすがにそれは盛り過ぎだろうけど……とりあえず本音って意味で捉えて良いんだよね?
「べ、別に隠してるわけじゃないよ……? というか、今まで意識してなかった」
「そっか、変なこと言ってゴメンよ」
本当だよ、ホクロがセクシーとかあんまり言わないほうがいいよ? 私以外の子はわりと本気で嫌がると思うから(私も最初はちょっと引いたけど、ジワジワと嬉しくなってる)。
「……いつも変だよ。鳩山君は……」
「ハハハ、よく言われるよ」
対応がイケメンすぎる! 私の知ってる陽キャ男子は『陰キャのくせに陽キャの俺をバカにしやがって』みたいな感じで、ムッとなるはずなのに。
「でも……ありがとう」
あっ……なんか分かんないけど、ついお礼を言っちゃった。え、なんのお礼? もしかしてだけど……おねだり? もっと褒めてほしいっていう深層心理が私の言語回路みたいな部分を刺激した? は、恥ずかしい……ただでさえ褒め殺しで顔真っ赤なのに、こんな失態を……。
「どういたしまして」
わー! 紳士的すぎて辛い! 大人の対応が心にくる! ここで変に聞き返したりしないところが優しすぎる!
……もうお手洗いに行く時間もないし、なんとか興奮を鎮めないと……。こんな状態で先生に『雨宮、この問題を解いてみろ』とか言われたら死んじゃうって。今まともに声出ないもん。




